第179話 一緒に買い物
貧乏といっても一応は貴族なので、容量は小さく時間も普通に経過するものではあるが、ヴィクトリーも旅行用のマジカバンを持っていた。
トーリに買ってもらった棍棒と解体用のナイフをカバンにしまって宿に戻り、今度はなにをさせられるのかと緊張するヴィクトリーであったが、「それじゃあ、僕は町の中を散歩して買い物をしてきますね」と解放されて目をばちくりさせた。
今まで友達がいなかったトーリには、ヴィクトリーと一緒に買い物に行くという考えがなかったようだ。
『意外にあっさりしているなあ……』と、助かったのになぜか寂しさを感じるヴィクトリーは、肩のリスとなにやら楽しそうに会話するトーリの背中を見送った。
そして、彼らの姿が人ごみにまぎれそうになると「ああもうっ!」と言って走り出した。
「トーリくーん」
名前を呼ばれて振り返ったトーリは「どうしたの、なにか忘れ物?」と背の高いヴィクトリーを見た。
「せっかく来たんだから、一緒に買い物しようよ」
きょとんとするトーリに、ヴィクトリーは「あとね、武器を買ってくれたお礼に、夕飯を奢るよ」と言った。
「でも、ヴィクトリーさんはお財布がきびしいでしょ? 僕がご馳走してもいいですよ」
「やめてよ、僕が子どもにたかる変な人みたいじゃない」
ヴィクトリーは肩を並べて歩き出した。
「この町は前にも来たことがあるから、どこになんのお店があるか知ってるよ。美味しいごはんが食べられる店もね」
「す」
珍しく役に立ちそうなので、リスが『それは助かりますね』と褒めた。リスの言葉はわからないけれど、ヴィクトリーには伝わったみたいで、得意そうに「ふふん」と言った。
「この町の薬屋さんに行ってみたいんですよね」
「トーリくんは薬に興味があるの?」
「僕、水系の回復魔法は得意ですけど、変わった薬があったら欲しいんです。一時的に能力を底上げするやつとか、変身するやつとか?」
「変身するのは、僕も聞いたことないかな。リスを人間にしたいの?」
「えっ、できるの?」
「す?」
「できないと思う」
「もう!」
「す!」
トーリとリスに軽く小突かれたヴィクトリーは、楽しそうに笑った。そして、こんな風に友達と冗談を言いながら知らない町を散歩するのが初めてのトーリは、嬉しくて心が浮き立っていた。
(ヴィクトリーさんって、本当にいい人ですね。これはしっかりとスキルを身につけてもらって、なんなら有名な冒険者として活動できる下地を整えてあげなくっちゃ、ですね)
トーリがにこにこしながら顔を見上げてくるので、顔を綻ばせたヴィクトリーは「なんだよう」と言ってトーリの肩をかるく叩き、ついでにリスの頭も撫でた。
彼は、自分が深い墓穴を掘っていることに気づいていない。
人がいいけれど残念な貴族のぼんぼん、ヴィクトリー・ハーメイであった。
薬屋に顔を出したが、この町には変身薬は売っていなかった。
ヴィクトリーが知らないだけで、もしかするとこの世界のどこかにリスを人間にする薬があるかもしれない。だが、その前にリスの寿命を延ばす方法も探さなければならない。
「トーリくん、ほら、あの店は美味しい果物のジュースを売ってる店なんだ。絞るんじゃなくて粉々に砕く、どろっとしたジュースなんだけどさ」
「ミキサーで砕いているのかな?」
トーリたちはジューススタンドに近寄った。そこには籠に入った果物と、魔石を動力にしたミキサーが置かれていて、好きな果物を選ぶとその場で砕いてジュースにしてくれるようだ。
「いらっしゃい」
ジューススタンドのおばさんは「今日はあまり果物が入荷していなくてね。種類がさほどないんだよ」と済まなそうに言った。
「昨日、ちょっとした魔物の群れがやってきてね。町に被害はなかったんだけど、果樹園との行き来が制限されてしまって、少ししか運んで来られなかったのさ。まあ、店が開けただけでありがたいってもんだよ」
思い当たることがあり過ぎたので、トーリとヴィクトリーと、おまけにリスのベルンも顔を見合わせた。
魔物の発生は彼らの責任ではないのだが……少しだけ、申し訳ない気持ちになってしまった。
おばさんはそう言ったけれど、屋台の店であまり売り上げがない日は場所代を払うのが精一杯になってしまう。
そこで、トーリが申し出た。
「おばさん、よかったら僕が取ってきた果物を少し、卸値でお分けしましょうか?」
「えっ、あんた、果物を持っているのかい? とても助かるよ」
「僕はミカーネンの町で活動していた冒険者なので、マジカバンにいろんなものをしまってあるんですよ」
「へえ、まだ若いのに大したもんだねえ」
「うん、トーリくんは大したもんだねえ」
なぜかヴィクトリーまで感心している。
「夕方までお店を回すなら……こんなもんでいいかな?」
あまり高い果物では小さな町では売れないかと思ったのだが、せっかくなのでパナプルやリバンバン(パイナップルとマンゴーに似ている)も加えつつ、庶民にもお馴染みのアプラとラージェ(リンゴもどきとオレンジもどきである)を空の籠に乗せた。
だが、確かにお馴染みではあるが、アプラもラージェも貴族の食卓に出してもおかしくない、最上級の甘くみずみずしい果実なのだ。
果物に関しては目が確かなおばさんは「あらまあ! なんてすごいアプラとラージェなんだい! 品質が良いにもほどがあるってもんだよ! って、パナプルとリバンバンじゃないか、あんた、なんてものを出すんだい!」と、最後は悲鳴混じりの声をあげた。
「こんなにいい果物を……せっかくのありがたい申し出なんだけど、あたしには代金が払えそうにないよ。
申し訳なさそうに言われたが、トーリは「まだまだたくさんあるから、お安くお分けしますよ」とにこにこした。
「おばさん、この子はこう見えても、かなり腕のいい冒険者でね、ザクザク魔物を狩ったから懐があったかいのさ。遠慮なく分けておもらいよ」
「そうかい?」
おばさんは、うんとがんばれば大銀貨一枚(一万円相当)払えると言ったので、トーリは「それじゃあ、もう少しおまけをしますよ」とさらにパナプルを乗せて籠を山盛りにした。よく熟れたパナプルはとても良い香りを放ったので、ジューススタンドに人が集まってきた。
「僕はパナプルジュースをください。ヴィクトリーさんはなににする? リバンバンが好きって言ってたよね?」
「覚えててくれたの?」
「うん。おばさん、これ、代金ね」
断ろうとするおばさんに銀貨を押しつけて、ジュースを二杯作ってもらう。トーリは手早く魔法で冷やすと、ヴィクトリーに「はい、これはご馳走するよ」と渡した。
「夕飯はお願いね」
「もちろんさ」
よく冷えた果物のジュースは、甘くてコクがあって爽やかでとても美味しく、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干してしまった。
ぷはあ、と満足げな二人を見て、おばさんに次々に注文が入った。
「おばさん、ご馳走さま。冷えてる方が美味しいから、籠に冷却魔法を仕込んでおくね」
トーリは一日効果がある冷却魔法をかけると、びっくり顔のおばさんに「混んできちゃったから、もう行きますねー」と手を振り、その場をあとにした。今日のジューススタンドは、大儲けできること間違いなさそうだ。




