第178話 がんばれヴィクトリー
次の日、各自テントを畳んで出発の準備を済ますと、乗客は馬車に乗り込んだ。この日は宿場町に寄って一泊し、必要なものがあればそこで購入する。
乗客のための宿は、すでに馭者のロッドがそこそこ良いところがあらかじめ手配してある。高級な乗り合い馬車なので、サービスが手厚いのだ。
やがて馬車は田舎の宿場町に到着した。まだ日が高いが、馬車から降りて宿の前で解散となった。
トーリはヴィクトリーの腕を引いて「棍棒を買いに行きましょう!」と誘った。
「武器屋を見つけておきました」
彼はロッドの隣に腰かけて、町の様子を観察していたらしい。
「どうして棍棒? 僕、一応片手剣なら持ってるよ。安いやつだけどさ」
ヴィクトリーは頭ひとつ分は小さいエルフの少年に引っ張られながら言った。ついていきたくないのだが、身体強化を巧みに操るトーリに手を引かれると、自然と身体がそちらに進んでしまうのだ。
「初心者はまず、棍棒で戦いに慣れた方がいいですよ。殺す気満々で自分めがけて向かってくる魔物に、訓練した通りに剣を振ることができますか?」
「もちろんできないね!」
こういう時だけ自信たっぷりに言う。
「それは初心者なら仕方がないことですから、気にしなくていいですよ。じゃあやっぱり棍棒が最適です。ヴィクトリーさんの新しい門出を祝って、僕がプレゼントしますからね、かっこいいやつを探しましょう」
「あんまり贅沢はできないから、それは助かるけどさ……子どもの君にたかっているようで複雑な気分だよ……ねえ、なんで手首をつかんでいるの?」
「僕の冒険者としての勘が、離すとヴィクトリーさんが逃げるって教えてくれるんです」
「ひどいなあ。いや、逃げるけどさ」
「逃げても秒で捕まえますよ」
「うん、知ってた」
そんなことを話しながら歩き、トーリたちは宿場町の小さな武器屋に到着した。
「ヴィクトリーさんには、とにかく稼げる冒険者になってもらおうと思います」
「言葉だけ聞くと、とても魅力的に響くよ」
トーリは武器屋の店舗に足を踏み入れながら「こんにちはー」と挨拶をした。武器屋の親父が店の奥から出てきて、彼らを見るなり言った。
「おう、ここは武器屋だ。包丁なんかは道具屋で買え」
「もちろん武器を買いに来たんです」
肩にリスを乗せた細っこいエルフの少年に、頼りない雰囲気のひょろりとしたヴィクトリー。
彼らをじっくり見た武器屋の親父はもう一度「ここは武器屋だ。草刈り鎌や木を叩き切るナタも道具屋が扱ってるぞ」と言った。
「解体用のナイフも道具屋ですか?」
「それはここにも置いてある。なんだ、坊主が解体するのか?」
「いえ、僕は使い慣れたものがあるので大丈夫です」
「す」
リスは『自分も愛用のものがあります』と言ったが、武器屋にはリスの言葉はわからなかったので「おう、可愛いリスを連れているな」とベルンを褒めた。
リスは、話の流れによっては愛用の解体用ナイフを見せようと思っていたので、少し残念そうだったが、可愛いと褒められたので黒い目をあどけなく見開いて「す」とお礼を言った。
礼儀正しいリスなのである。
「武器屋さん、この人にいい棍棒を見繕って欲しいんです。初心者向けの棍棒はありますか?」
「棍棒は、楽に振り回せる重さと握りやすさで選ぶといいぞ。初心者向けの武器として棍棒を選んだのは賢いな。よし、兄ちゃん、まずはこいつを持ってみろ」
さほど広くない店内だが、武器によってコーナーが分かれている。武器屋は棍棒コーナーにある、シンプルな木の棍棒をヴィクトリーに渡すと、「店の外に出て振ってみろ」と試し振りをさせた。
ガリガリ体型のヴィクトリーだが、意外にもしっかりと棍棒を振ることができたので、武器屋の親父は「兄ちゃん、案外やるな」と言った。
「重さはどうだ?」
「少し軽いかな? しっかり握れる太さです」
なんだかんだ言いながら剣の鍛錬をずっと続けてきたヴィクトリーは、見た目よりも身体がしっかりしているようだ。
「こっちの棍棒は、表面に薄く金属が貼ってあるから、重さがあるが攻撃力は高い」
ヴィクトリーは「これも大丈夫そうです」と言いながら棍棒を振った。下半身が安定して、しっかり棍棒に力を乗せることができていた。
「さすがですねヴィクトリーさん、なかなか決まってますよ! 草原の魔物くらいなら薙ぎ倒しそうな雰囲気です」
「いやあ、僕なんて全然駄目だよぅ」
魔物と聞いた途端、身体に力が入ってしまったようだ。バランスを崩して倒れそうになる。
武器屋は「その棍棒なら、草原の魔物はたいてい倒せるぞ。安心して使ってくれ」と言った。
ヴィクトリーは解体用のナイフも持って握りを確かめると、オーソドックスなタイプのものを選んだ。
「トーリくん、けっこういい値段がするけど……本当にいいの?」
「うん、昨日の狩りで、バッファローバード亜種をたくさん狩って、マジカバンにしまってあるんだ。あれを売ったらひと財産になるからね」
トーリのマジカバンには、ミカーネンのダンジョンで稼いだ一生かけても使いきれないほどのお金が入ってるのだが……どうやら確認していないようだ。
「はあ? バッファローバード亜種だって?」
武器屋の親父は、にこにこしているエルフの子どもが冗談を言ったと思っていた。
「坊主は冒険者なのか? まあ、地道に努力していれば、いつかは本当に狩れるようになるだろうから、がんばれよ」
「ええと、はい」
励ましてくれる武器屋には本当のことを言わずに、トーリは「ありがとうございます、がんばります」と言った。




