第177話 打ち明け話
「僕はさ、これと言って秀でたものがない人間なんだよね」
ヴィクトリーは手を動かしながら言った。
ちなみに、彼の焼き鳥の串打ち技術は秀でている。
「勉強も今ひとつだし、商才もないんだ。ハーメイ家の七男として、家を盛り立てるためになにかをしなくちゃならないと思うんだけど、文官の試験にも落ちてしまって……いまだにお金を稼げなくて親に頼っている。でも、うちはずばり言っちゃうと貧乏な底辺貴族家だからさ、申し訳なくて。せめて自分の食い扶持くらいはなんとかしたいんだよね」
ヴィクトリーはため息をつく。
「貴族の友達に頼るのはあまり良くないんだけど……ほら、貴族ってやつは家同士のしがらみとか、面倒なことが多いんだよ。最悪の場合はハーメイ家と縁を切ってしまうっていう手もあるんだけどね、両親が反対していて」
トーリは「僕って役立たずの貴族のぼんぼんなのさ」と肩を落とすヴィクトリーを見て、悲しい気持ちになった。
「ヴィクトリーさんは剣術のスキルを持ってますよね? それを生かす仕事はどうですか?」
「前にも話したけど、僕の剣術は演武専門のガラクタ剣術なんだよね。いや、剣術が悪いんじゃなくて、僕がガラクタなんだけど。僕はとても怖がりで痛がりで、模擬戦で相手から打たれると恐怖で立ちすくんでしまうんだよ。実戦の経験はないけれど、やったことないし、そんな目に遭うなんて考えたくないね! 怖くてうずくまっているうちに殺されて終わりさ。きっと魔物に食べられちゃうよ」
「そうなんですね」
「父のお使いでこの近くに来て、気晴らしにジェームズくんのところに寄らせてもらったんだけど、ちょっと愚痴をこぼしてしまってね。そうしたら彼が「これはわたしのひとりごとなのだが……エルフの冒険者であるトーリくんに出会ったら、なにかが変わるかもしれないな」と呟いたんだ。どういう意味かと尋ねても「いや、今のは聞かなかったことにしてくれたまえ」と言って、詳しいことは教えてくれなかった。ジェームズくんは人の悩みを冗談にするような人物じゃない。これはもしや、なにか秘密の情報なのかと思って、ミカーネンの町で調べてみたら、エルフのトーリくんという人物がこの馬車で旅立つことを知ったのさ」
君はとても人気者なんだね、町ではたくさんの人が別れを惜しんでいたよ、とヴィクトリーに言われて、トーリは少し泣きそうになった。
そういえば、とトーリは思い出した。
ミカーネン伯爵に、トーリに関する情報は極力外部には流さないと話していた。本人は大したことではないと考えているが、伯爵夫人が展開するコリスクッキー販売と化粧品事業にトーリが絡んでいることや、ミカーネン兄妹、及び伯爵本人とおまけの騎士団のディックが急速に力をつけたのはトーリが行った特訓の成果である、といったことを他の貴族が知ったら、彼を利用しようと考えた悪い人間に誘拐される可能性があるのだ。
ミカーネン伯爵の心に『なんなら、一度誘拐されてもらって貴族の中に巣食う腐った考え方をすべて叩き潰してもらう、というのもアリだな』という考えもよぎったのも事実だ。だが、それに勘づいたマルガレーテ夫人に「大恩人である、罪のない子どものトーリさんに対してそのような邪な考えを持つとは、あなたこそが最初に叩き潰される存在ではなくて?」と、非常に美しく、それだけに恐ろしい笑顔で叱られてしまったので、慌てて否定したのだった。
そのような次第で、トーリに関することは一切秘密であった。
(それなのに、ジェームズ様はヴィクトリーさんに僕との接触を勧めたんですね。これはきっと、ヴィクトリーさんの悩みを僕に解決して欲しいという、ジェームズ様の願いなのでしょう)
トーリは、大切な友達の望みならば全力で叶えなければ! と、決意した。それに、同じ馬車の旅を通して、ヴィクトリーも彼の友達になったのだ。
「なんとなく事情はわかりました。冒険者である僕にできるのは魔物を狩ることなんです。ということは、ジェームズ様はきっと、ヴィクトリーさんにも僕のように楽しく魔物を狩れるようになってもらいたいと考えているんですよ」
「……そうかなあ。僕がとんでもなく根性なしであることは、ジェームズくんもよくわかっていると思うんだよね」
「お言葉を返すようですけど、ジェームズ様って友達思いなだけじゃなくて、とても勘がいいし、頭もよく働く方なんです。そのジェームズ様が、内緒の約束をちょっと曲げてまで僕にヴィクトリーさんを紹介したんですよ。騙されたと思って、僕と行動を共にしてみませんか?」
「うーん……」
トーリはにっこりすると「あのね、魔物狩りって、すごく儲かるんですよ」と囁いた。
「確かに危険がある仕事ですけどね、リスクを減らす方法もあるんです。しかもヴィクトリーさんには天賦の才能があるでしょ?」
「うーん……」
ビビりのヴィクトリーはまだ悩んでいる。
先ほどのトーリたちの戦い方を見たのだから、それは仕方のないことなのだが。
「無理にとは言いませんけど……ご家族のために、大儲けできる仕事に就きたいならば、冒険者はお勧めですよ」
「す、す」
ヴィクトリーの肩に乗ったリスが『人には、ふんばらなければならない時があります。逃げてばかりの人生を変えるチャンスですよ?』と、優しく彼の頬を撫でた。トーリの友達にはとても優しいリスなのだ。
ヴィクトリーは、リスの言葉がわからなかったが、彼を励ますその気持ちが伝わってきた。
「僕に……できるかな?」
「す」
リスは『できるかな、ではなくて、やるんです』と頷いた。
こんなに小さなリスですら、剣を握って勇敢に戦ったのだ。幼い頃より剣の腕を磨いてきたこの自分が、なにも挑戦しないままで生きて老いて死んでいくだけの日々を過ごしていていいのか?
目の前の困難に怯えて背を向けてきた男は、ほんの少しだけ、足を踏み出す決意をした。
ヴィクトリー・ハーメイは、リスのベルンに「励ましをありがとう」とお礼を言って、リスがどこからか取り出した門出を祝う木の実をひとつ、受け取って食べた。




