第176話 焼き鳥を作りながら
魔物の群れもだいぶ数を減らした。残りが遠くに去っていったので「あれくらいなら、向こうの町で冒険者が喜んで狩るでしょう」ということで、馬車を岩壁から出して旅の続きが始まった。
「トーリくん、なんかすごかったらしいね」
商人の息子であるマック・ボンドが「怖いから見に行けなかったけどね、すごい音がしてたよ。トーリくんは危ないことなかった?」と、まだ子どものエルフの身を心配した。
「トーリくん、冒険者だって聞いたけど無理はしちゃ駄目よ」
マックの妹のポーラも、トーリが『子どもなのに冒険者だから駆り出されてしまった』のだと誤解しているようだ。
父親のジャック・ボンドだけは、ベテラン商人の勘でトーリが見た目以上の実力の持ち主であることに気づいているらしく「トーリくん、売りたいものがあったら、ぜひお声がけくださいね」とちゃっかり商人アピールしていた。
魔物の群れに対応していたせいで旅程が遅れてしまい、馬車を飛ばして夜遅くに宿場町近くに着き、そこで夜を明かすか、無理なく進んで途中の野営地を使うか、の二択になったが、カミーユが「肉を料理するなら今夜も野営でもかまわねえよな?」と乗客に確認した。
「トーリが倒した鳥の肉を振る舞ってくれるってよ」
「わあ、トーリくんも魔物を倒したんだね。すごいや」
「うん、たくさん倒したんですよ。みんなで焼いて食べましょうね」
というわけで、途中の野営地で野営することになった。
そして、トーリがマジカバンから出したバッファローバード亜種を見て、マックとポーラはひっくり返りそうになった。
「トーリくん! なにしれっと出してるの! これ、亜種じゃないか!」
「どうして……ああ、みんなで狩ったのを預かっているのね? そうなのね?」
ふたりとも商人のたまごなので、この魔物がどんなに強敵なのかを知っていたようだ。
「僕がベルンと倒したんですよ」
「す」
「ええー、それは無理があるよー」
まだ子どものエルフが、こんな強い魔物を倒せるわけがない。常識的にそう思ったマックが「子どもだから、見栄を張りたくなっちゃったんだね」と訳知り顔で言ったので、リスが「す、す」と見せてやるように催促した。
「本当に狩ったんですってば。ほら、こんなに入ってます」
トーリが器用に、マジカバンの中から大量の鳥頭を頭だけ出したので、不気味な花束のようになった。
「ひゃあ!」
ポーラは大きく後ろに飛び退き、マックは今度こそひっくり返った。
野営地に着きテントの仕度を済ませると、初心者の頃から魔物の解体をしてきたトーリは手際良くバッファローバード亜種を解体した。リスも、鍛冶屋で作ってもらった小動物用解体ナイフ(風魔法が通る特別仕様)を振るってお手伝いした。
魔獣フクロウのアークは、その様子を見ながら「ほっ、ほっ」と鳴いて『解体までこなすとは、オールマイティなリスですね』とベルンを褒めたたえた。
で、山のように現れた鳥肉を見てカミーユは、仏頂面で「大量の焼き鳥をひとりで作るのは無理だ」と言った。
「この馬車は食事サービス付きじゃないんだ。食いたかったら各自で料理しろ」
「えー、カミーユさんの作ったやつが美味しいんだもん」
「すー」
わがままを言うトーリの肩で、リスが『せっかくだから、作っておやりなさいよ』とカミーユを説得しようとした。
「す、す」
器用なリスが『筋を取って一口大に切るところまではやりますよ』と、小さな小動物用包丁(鍛冶屋はがんばった)を見せながら言ったので、カミーユは腕を組みながら「うーん」とうなった。
「ったく、こんなに働かされるとは思わなかったぜ」
「わー、ありがとうございます!」
「仕方ねえから作ってやるが、食いたいやつには全員、手伝ってもらうからな。代金は身体で払え」
トーリは大喜びで、大量の焼き鳥用の串を取り出した。
「なんでそんなものまで携帯してるんだよ」
「森の中でバッファローバードを倒すと、千本単位でドロップすることがごく稀にあるんです」
「おまえ、どれだけ魔物をヤったんだよ」
ごく稀に落とすはずの串の束を十以上も見せられたカミーユは「焼き鳥屋に転職しやがれ」と言った。
「食べ物の屋台も楽しそうですけど、やっぱり僕は魔物を狩りたいな。冒険者ですから!」
「はいはい、わかったわかった」
馭者のロッドが、焼き鳥パーティー参加者たちに仕事を振り分けて(脅威の全員参加である)、リスやフクロウも加わっての準備が始まる。ロワーナの召喚獣は皆、闇の世界に戻って行ったが、トーリに懐いた子ウサギだけはまだ彼の頭に乗っていた。丸まっているので、帽子が乗っているような感じになり、誰も気にしていない。
「ところで、ヴィクトリーさん」
「なんだい、トーリくん」
ヴィクトリーは意外にも器用な手つきで肉に串を打ちながら返事をした。
「ヴィクトリーさんは僕をスパイするためにこの馬車に乗ってるんですか?」
「痛い!」
ヴィクトリーが自分の指に串を刺してしまったので、トーリは素早く抜いて『アクアヒール』『浄化』『クリーン』と綺麗に治してやる。
「串を打っても、ヴィクトリーさんの指なんて誰も食べないですよ」
「怖いこと言わないでよ」
少し気の弱いヴィクトリーは、すっかり治った指を見ながら言った。
「あとね、どうして僕がスパイだなんて思ったの?」
「乗り合わせてから、僕のことを観察してたでしょう? 危険察知には引っかからなかったから放置していたけど、僕はこれでも冒険者ですからね、気づいていましたよ」
「そうだったのか……うん、ごめんね。確かに君のことをずっと見ていたよ」
話を聞いていたカミーユが『こいつ、ストーカーか?』と恐ろしい目で睨んできたので、ヴィクトリーはまた指に串を刺しそうになる。
「ええと、悪いことは考えてないからね? 実はね、僕みたいな貧乏貴族がミカーネンからの帰りにこの馬車を選んだのは、君が一緒に乗るって耳にしたからなんだよ」
ヴィクトリーは肩をすくめるようにして「ジェームズくん繋がりなんだ」と笑った。
「ジェームズ様?」
「そう。僕はもう学園を卒業したんだけど、ミカーネン伯爵家のウィリアム……あのうちの長男だよ。ウィリアムと学友でね。その関係で、後輩のジェームズくんとも割と仲が良くて、今回も旅の途中でミカーネン伯爵家に立ち寄ったのさ」
「学園のお友達だったんですね」
学校の友達がひとりもできなかったトーリは、少し羨ましげに言った。




