第174話 モフモフは正義
わーいわーいと喜びながら走るエルフ少年の姿は、まるで海を目の前にして波打ち際に駆け出す小学生男子のようであった。両手に風魔法を纏わせたデスウィンドマンティスのハンティングナイフを持ち、押し寄せる魔物を素早く切り裂き蹴散らしながら、トーリは笑っていた。
魔物から魔物へと飛び移りながらころころと頭を落とすリスも「す」と笑っていた。
その姿を従魔のアークの目を通して見たカミーユは「狂気を感じる……」と頭を抱えた。
「カミーユさーん、トーリくんは大丈夫なんですか?」
馬車の屋根からヴィクトリー・ハーメイが尋ねた。
「トーリは大丈夫だが、魔物は大丈夫じゃない」
「はい? カミーユさんはなんで魔物のことを気遣っているんですか?」
「あの姿を見たら、ちょっと魔物が気の毒になってくるぞ」
無邪気に笑い、喜びに溢れながらナイフを振るい、すべてを消し去って進んで来る美しくも恐ろしい少年の姿を見た魔物は、決して人を恐れない、邪悪で攻撃的な存在であるはずなのに、向かってくるトーリに対しては足をすくませていた。
「魔物をビビらせるとか、おかしいだろ」
だが、最前線で戦う冒険者たちは、そんなトーリの戦いにまだ気がつかない。
少し離れた先では、大剣を使う馭者のロッドがトツゲキウシに突撃し、ざっくざくと調子良く真っ二つに斬っていく。物理攻撃が通じる魔物には無敵の猛者である。
その手前では、『輝ける雄牛』のブルサンが斧で魔物を叩き割り、シーラは聖なる光の槍で魔物を貫いていた。
自称忍者のファイブルは効果がよくわからない忍法を使って魔物の数を減らしている。明るい草原にいてもなぜか暗がりにいるように影が薄い、謎の小男である。
「闇より出し我が眷属よ、その力を持って我が敵を蹂躙せよ!」
自称『闇に生きる乙女』である、まだ少女の冒険者ロワーナは、召喚した無数の魔物を操って魔物の群れを大波のように飲み込んでいた。よく見るとツノの生えた黒いウサギなので、戦闘力はさほどなさそうなのだが、数の暴力でなんとかなっている。大量のウサギにたかられた魔物は、全身をツノに突かれて倒れていった。
おまけに、召喚された黒ウサギは倒されてもすぐに再召喚されて、ロワーナが開けた『黒き虚空の扉』からぴょんこぴょんこ飛び出してきりがない。どうやら彼女は人間にしては大量の魔力を持っているようだ。
魔物にツノを刺しては消え、刺しては消えるというウサギの無限の攻撃は、ひとつひとつが微々たるものでも確実に体力を削るので、魔物たちはみるみるうちにその数を減らしていく。
そんな具合に大まじめに戦っているところに、ぶんぶんナイフを振り回しながらトーリがやって来た。
「えへへ、来ちゃった!」
「す!」
振り返った一同は思わず「『来ちゃった』じゃねーよ!」とつっこんでしまった。
「ロワーナ、彼をウサギで守って!」
リーダーのシーラの指示に「ウサギじゃなくて、闇より出し恐怖の化身」と文句を言いながらも、ロワーナは大量の黒ウサギを召喚する。
トーリの周りではモフモフした黒ウサギが壁となり、彼を攻撃から守ろうと小さなツノを振り立てた。
「うわあ、可愛い……」
思わず呟くトーリの顔を、少しやきもちを焼いた肩のリスの尻尾が叩いた。
「エルフの少年、可愛がらずに恐れよ」
ロワーナに重々しく言われたトーリは「モフモフ怖い、怖いよー」と言ったが、思いきり笑顔だったので、今度は黒ウサギにそっと足を踏まれてしまった。小さなウサギに足を踏まれても可愛いだけだったが、トーリが「わあ、許してください」と言ったので、黒ウサギは満足そうに鼻をひくひくさせた。
駆け寄って来たロッドも、魔物がやってくる方向に立ちはだかるようにしてトーリを守る。
「トーリさん、危険だからそこから動かないでくださいね」
「えー、大丈夫ですよ?」
「まだ大型の魔物もいます。油断しないように」
トーリは困った顔をした。
いつの間にか背後に近寄っていた謎の小男が「仕方がない、俺がこの子を担いで馬車に戻る。シーラ、援護を……」と言いかけた時。
上空から魔獣フクロウが降りてくると、その口からカミーユの声を発した。
『トーリは適当に放しておいて大丈夫だぞ。そいつはおそらく、高ランクの冒険者だ』
斧をぶんぶん振って魔物を切り散らしながら、ブルサンが反対した。
「適当にって、いや、それは無理がある。いったん馬車に戻そう」
トーリの頭に、念の為にと黒い子ウサギを乗せたロワーナが言った。
「この子は目から攻撃魔法を放つ。闇の波動に貫かれた魔物は、その命を狩られるだろう」
頭の上で、居心地が良さそうに子ウサギに座られたトーリは「それはすごいですね。でも、落ちるといけないのでお返ししますね。僕、あっちから駆けてくるバッファローバードの亜種を倒してきたいんです」と言って、優しく抱きおろした子ウサギに頬ずりをしてからロワーナに返した。
「また亜種が来るのですか?」
馭者のロッドが驚いて言った。どうやら目の良いトーリだけが亜種を視認していたようだ。
ロッドが「バッファローバードの亜種は、身体が大きい上に、羽毛がミスリル並みに固く魔法攻撃も通りにくい。皆、急いで退避しましょう!」と叫んだが、それよりも早くリスと共にトーリが飛び出した。
「なに!?」
「なんなの、あの速さは!」
本気を出したトーリはあっという間に距離を縮め、金色の光の矢のように巨大なバッファローバード亜種に刺さった。
いや、刺さるかのような勢いで接近すると、ハンティングナイフを振りきって頭を落とし、そのまま続けて来る亜種たちを次々と切り裂いていった。
バッファローバードはダチョウくらい身体が大きいのだが、亜種となるとさらに大きく子牛くらいの体格だ。
だが、そんな魔物もトーリとリスの敵ではなかった。
「す! す!」
リスのベルンも『少しはよこしなさい』と言わんばかりに亜種の頭を落とす。オーバーキルされたバッファローバード亜種は、塵のように消滅していった。
「しまった、魔石を壊しちゃうとお肉が消えちゃう。この魔物、絶対美味しいやつですよ」
「す」
リスは『そいつは大変です』とひとつ頷き、今度は丁寧に片手剣を核に突き刺し、破壊しながら鳥から鳥へと飛び移った。
リスは木の実しか食べないのだが、トーリがたくさん美味しいお肉を食べられるようにと気を使っている。友達思いのリスである。
「たぶんね、これは今日の魔物で一番美味しいやつ!」
「す!」
トーリも核狙いでさくさく倒していったので、地面にはたくさんのバッファローバード亜種の身体が転がった。
「綺麗な羽だから、高く売れるかもしれませんね。とりあえず、一匹を残してマジカバンにしまっておきましょう。あ、鳥だから一羽かな? ふっふっふ、今夜は美味しい焼き鳥ですよー」
周りの魔物はリスがすべて始末してくれるので、トーリは倒したバッファローバード亜種を「やっきとり♪ やっきとり♪」と鼻歌まじりに拾って、すべてマジカバンに詰め込んだのであった。




