第172話 弓が得意なんです
「僕は行かないよ! 見るだけ! 見るだけなんだからね!」
「実戦を経験すると、格段に腕が上がりますよ?」
「いやいや、僕はどっちかというと頭脳派だし! 剣技もね、演武が一番得意なんだよね、痛くないから! 僕の演武はすごく美しいから評判がいいんだよ! それで充分なの!」
「演武……もしかして、剣のスキルを持ってます?」
「持ってるけど戦闘は苦手なんだよー」
ヴィクトリー・ハーメイが馬車の屋根にかじりついていると、大剣使いの馭者ロッドが戻ってきた。
「トーリさん、お手数をおかけしますが……」
「はい、お任せください! さっきの半分の威力の爆発矢、四連続で行きまーす」
マジカバンから弓を取り出したトーリは馬車の屋根から岩壁に飛び移り、流れるような動きで構えると「シッ! シッ! シッ! シッ!」と連射した。
先程カミーユと打ち合わせた通りに矢は綺麗に目的の場所に命中し、爆発を起こし、地響きを立てて突進してきた魔物を消滅させる。
「……ん? 何匹か抜けてきた!」
トーリが声を上げると、カミーユも「まずいぞ、アカイワダンガントカゲまでいやがった!」と頭を掻きむしる。
「あいつらは亜種だから身体が大きく、身体もクロイワに比べて格段に固いんだ。くそっ、火魔法で焼くか? その間、岩壁の強度が落ちちまうが……」
「わたしが出ましょう」
「アカイワダンガントカゲの群れだぞ? 奴らは武器よりも魔法で攻撃するのが基本だ」
「物理攻撃は通りにくいですね。でも、カミーユは防御に集中してください」
「無茶だ! あんたに倒れられたらこの馬車は……」
「どっちみち、あれをなんとかしないと我々は全滅ですよ」
話を聞いたヴィクトリー・ハーメイは、またゼリーのようになってぷるぷるしている。
「うわあ、なんかトカゲっていうよりも恐竜みたい。迫力がありますねえ」
「すー」
大人たちが悲壮な表情で言い争っているというのに、あいかわらずのんきなエルフとリスだ。岩でできた椅子の上に立ち、魔物を眺めている。
「カミーユさん、あれも倒しちゃいますね。急がないとこっちに来て体当たりされちゃうから……シッ! シッ! シッ! シッ! シッ!」
「えっ?」
「はっ?」
カミーユとロッドは、マイペースなエルフ少年を見、そして魔物の群れを見て驚愕した。
そう、トーリの矢は爆発矢だけではないのだ。
ピンポイントで撃ち抜き魔物の核を破壊する矢が、何十と連射された。
堅固な外殻に包まれて魔法でなければ倒すのが困難と言われている、クロイワダンガントカゲの赤い亜種が転がって他の魔物にぶつかり、ボーリング大会のようになっている。
「まさか、アカイワダンガントカゲを一矢で倒しているのか?」
「そのまさかです。トーリくんの力はまだまだ底がなかったんですね」
「底が抜けてるんじゃねえのかよ……」
カミーユは吸い込まれるかのように命中していく大量の矢を見て「こいつはとんでもねえ使い手だ」と呟いた。あっという間に、立っているアカイワダンガントカゲはいなくなった。
「ねえねえ、面白いことになってるじゃないの。わたしたちも参加するよ」
いつの間にか馬車の屋根に登ってきた『輝ける雄牛』のシーラが、「あれは町に到達する前に数を減らしておいた方がいい。エルフの坊やが大物はやっつけてくれたみたいだから、あとはうちらに任せなよ」とロッドに助力を申し出た。
「あっ、それじゃあこれをどうぞ」
いそいそと『身代わりの紐』を取り出して、トーリはリーダーのシーラ、戦斧使いのブルサン、自称忍者のファイブル、召喚魔法使いのロワーナの手首に結んだ。
「ちょっ、あんた、これは『身代わりの紐』じゃないの? なんでこんなものを、っていうかいったいいくらすると思ってるの? こんな風にホイホイ使うものじゃないのよ!」
シーラは無駄遣いするエルフの少年を叱ろうとしたが、彼は「大丈夫ですよ、こういう時のためにたくさん集めておいたんです」とにこにこした。
「死なないようにね。死ななければ僕が治すから、そこだけ気をつけて戦ってください」
「いや、助かるけどさ……」
シーラはトーリの顔を見つめたが、やがて肩をすくめると「ま、いいか。それじゃあひと狩りしてこようかな!」と言い、パーティメンバーを引き連れて魔物の群れに突っ込んでいった。
「ロッドさんはどうしますか?」
「乗客に戦わせておいて、行かないわけにはいきませんからね」
「それじゃ、腕を出してください」
念のためにロッドの手首にも結んでおく。
「行ってらっしゃーい」
「行ってきます」
ロッドは大剣を肩に担いで飛び出した。身体強化を使っているので、そのまま弾丸のように群れの奥に突っ込んで、大剣を振り回して魔物を蹴散らした。
「それじゃ、僕も……」
当たり前のようにトーリが出て行こうとしたのを、カミーユが「待て」と止める。
「おまえはここに座っていろ」
「えー」
「すー」
岩でできた特別席に座らされたトーリとリスは「見てるだけじゃやだー」「すー」と抗議したが、「いいから。ほら、あっちにウサギがいるから矢を撃っていろ」と却下されてしまった。
「大丈夫ですよ、僕たちそこそこ強いんです」
「す、す」
懸命にアピールしたのだが、「子どもは安全な場所でおとなしくしていろ」というカミーユに阻まれて、またしても戦闘の見学会になってしまった。




