第171話 貴族のぼんぼんは戦わない
魔物の群れに対峙した馭者のロッドは、大剣を軽々と振り回して魔物を倒していく。魔力を乗せているのか、剣の先からなにかが飛んで遠くの魔物にも攻撃が届いている。
カミーユはトーリが作った三角柱の上に岩の足場を作り(そのまま立つと酷く冷えるのだ)そこから魔法を打ち出している。
特等席に座らされたトーリは、肩にリスを乗せてカミーユとロッドの見事な戦いっぷりを観戦していた。
大剣を扱うロッドは強火力で、向かってくる大型の魔物を危なげなくなぎ倒し、カミーユは上空を飛ぶ従魔であるナイトメアオウルのアークと視界を共有して、的確な魔法を打ち込んで敵の数を減らしていく。
強力な火魔法というのは爆発を伴うことが多く、慎重な魔法使いでないと味方に被害が出てしまうのだが(そのいい例が、慎重さに欠けるトーリの爆発矢である)、カミーユは状況の判断も魔法のコントロールも優れているため、ロッドとの連携が見事にとれている。
「すごいなあ、あれが熟練者の技というものなんですね」
「す、す」
「うん、僕たちもあと何年か冒険者活動をしたら、あんな風に戦えるようになれるかもしれません」
「すー」
「僕の爆発矢、そんなにヤバい?」
「す、す」
「えー、全然大丈夫だと思うんだけどなあ」
リスに『自覚がないのが一番ヤバいのですよ』とほっぺたを引っ張られてしまった。トーリは「わかったよ、気をつけるよー。威力が大きければいいってものじゃないよね、うん、ちゃんとわかってるってば」と言い訳をしつつ、リスの頭を撫でて手触りを楽しんだ。
恐ろしい魔物の群れを目の前にしてリスといちゃいちゃする姿を見て、いつの間にか馬車の屋根によじ登っていた貴族のヴィクトリー・ハーメイが「トーリくんは大物っぽいね」と声をかけてきた。
「トーリくんは、魔物を狩りに行かないの?」
「行きたいんだけど、止められちゃったんです」
「そっかー。っていうか、アレを見て狩りに行きたくなるのかー。やっぱり大物だね」
ヴィクトリーは押し寄せる魔物の波を見て顔を引き攣らせた。
「おい、あんた! 危ないから出てくるんじゃねえ! 命の保証をしねえぞ!」
振り返ったカミーユに叱られたヴィクトリーは、亀のように首をすくめると「すみません」と謝った。
「トーリ、奥からデカいやつが来やがった。もう少ししたらいったんロッドを引っ込めるから、魔物のど真ん中に矢を打ち込んでくれ」
「わかりました!」
トーリが嬉しそうな顔をして、いそいそと弓を準備し始めたので、カミーユは両手でトーリの肩をがしっとつかんで言った。
「いいか、さっきの威力の半分でいい。半分だ。は、ん、ぶ、ん。続けて言ってみろ。は、ん、ぶ、ん」
「は、ん、ぶ、ん」
「す、す、す、す」
「よし。欲を言えば、半分のやつを二度に分けて撃ち込んでもらいたいんだが……できるか?」
「あっ、それなら五、六発連続でいけまーす」
「マジかよ!?」
カミーユが目を剥いた。
「余裕っす!」
トーリがギドの物真似をした。
リスだけがわかって「すっ」と笑った。
カミーユの方は『半分の威力とはいえ、あれを五、六発もだと? なんだよこいつ、お綺麗で世間知らずのエルフだとばかり思ってたが、とんでもねえ危険物じゃねえか……もしや、名の知れた冒険者だったりするのか?』と笑顔の美少年エルフを見た。
「おう、それじゃあ、間隔を開けて五発だ。最初は中央、あとは左右に順番にいけるか?」
「任せてください!」
ふたりのプロフェッショナルな戦闘を見てテンションが上がり、『僕もあんな風にかっこよく戦いたい!』と願っていたトーリは、出番がもらえてにっこにこだ。
カミーユはまだ馬車の屋根にいるヴィクトリーに荒っぽく声をかけた。
「おい、貴族のボンボン。とっとと馬車に戻れ。落ちて怪我でもしたら面倒だ」
「あの、ですね。よければトーリくんの戦闘を見学させて、もらいたいなって、その、思う……んだけど……駄目かなあ……」
「駄目だ。邪魔だ。戻れ」
カミーユにサクッと拒否られたが、ヴィクトリーはおどおどしながらも引かなかった。
「落ちないようにつかまってますから、そこをなんとか」
「くどい! 貴族の乗客を怪我させるわけにはいかねえんだよ、わかんねえのかよっ、おまえはアホか!」
ヴィクトリーはびくびくしながらも「あうううう、でも、見たいんです」と食らいついた。
「いいじゃないですか、カミーユさん」
自分の戦いを見たいと願われて、いい気持ちになったトーリが言った。
「怪我したら僕が秒で治すから問題ありませんよ。死ななければ全然平気! そうだ、これをあげますね」
トーリは馬車の屋根に飛び移ると、マジカバンから出した紐をヴィクトリーの腕に結んだ。
「これは『身代わりの紐』っていうアイテムで、即死するような攻撃を受けても一度無効になる便利な紐なんですよ。これがあればばっちりですから、なんなら降りて魔物と戦ってみますか?」
すると、ヴィクトリーはゼリーのようにブルブル震えて「いやいやいやいやいや」と首を振った。
「大丈夫ですよ、死ななければ治すから。力いっぱい戦えますよ?」
「見学でっ、あくまでも見学でお願いしますっ!」
「いい剣を持ってるので、お貸ししましょう。すごく楽しいですよ」
「違うんだ、僕は遠慮してるんじゃないんだよ、本当にやめて、怖いからやめて? ね? ね?」
「そーお?」
「すーす?」
エルフとリスがなぜか残念そうに揃って首を横に倒したのを見て、ヴィクトリーは得体の知れない恐怖に襲われたのだった。




