第167話 おとぼけだけどマックはいい人
「よし、今夜は俺がうまいもんを作ってやる。と言っても男の野営飯だがな」
「そういうのが一番美味しいんですよ。僕、お鍋に入ったシチューをそのまま持って来ているから、それも一緒に食べましょう」
「鍋ごとかよ! とんでもねえことをするエルフだな」
というわけで、カミーユにマジカバンから出した肉や野菜や果物を渡し、起こした火で冒険者料理なるものを作ってもらいながら、野営の準備を終えたトーリは魔獣フクロウに頼んで羽毛のモフモフを堪能させてもらった。
「鳥も可愛いなあ。もちろん、リスが一番好きですよ?」
「す」
トーリの心が自分にあることを確認すると、リスは満足そうに『まあ、フクロウもいいものです』と余裕の表情で頷いた。
フクロウのアークは、トーリが相棒と仲良くなってくれたことに気をよくして、おなかの羽にトーリの顔を埋もれさせるなどの大サービスをしたので、大喜びのエルフ少年は子どもらしく笑い声をあげた。
「いいなあ、フクロウのおなかはふわんふわんだね」
「す!」
『リスはもっといいの!』と、すかさずトーリの顔に張りつくリスが可愛くて、トーリは大笑いした。
目付きが鋭く、人を寄せ付けない雰囲気があるため、馬車の客たちはカミーユから距離を置いていた。だが、トーリが食事を作るカミーユの近くで楽しそうに笑っている様子を見て、皆は『あれ? イメージが違う?』と思ったようだ。
「トーリくん、トーリくん、おやつ食べる?」
干した果物を串に刺し飴がけした日持ちのする菓子を手にして、さっそく近寄ってきたのは、ボンド商会の息子のマックだ。
彼は挽いたコーヒー豆と鍋も持ってきている。
「甘いおやつには、このコーヒーが合うんだけどさ、トーリくんに飲めるかな? 飲んだことある? すごくいい匂いがするんだよ。僕が作ってあげるね」
トーリは、まさかコーヒーが出てくるとは思わなかったので、「わあ、嬉しいです!」とマックを歓迎した。
「ここでコーヒーを出すとは、さすがは商会さん! 洒落てますね」
「えへへ、まあね」
キャンプで飲むコーヒーは美味しいので、トーリはわくわくしながらカップを用意した。
ひょろりとした頼りなさそうな体型に、一応腰にナイフをぶら下げているマックは、商売人の息子だけあって人の懐に入るのが上手いようだ。カミーユにも「コーヒーはお好きですか? よかったら一緒に飲みましょうよ。カップを出してくださいね」と人懐こく誘いをかけた。
「トーリくん、お湯を沸かすから鍋に水をもらってもいい?」
「もちろん」
息をするように水魔法が使えるトーリは「早く沸くようにお湯を入れますね」とマックの出した鍋を熱い湯で満たした。
「へえ、お湯を出せるなんて、魔法の使い方に応用力があるね」
「温度が違うだけですからね。お湯も氷も出せますよ」
「たいしたもんだよ」
魔法使いのプロであるカミーユも「それを簡単にこなすなんてのは、なかなかできるもんじゃねえぞ」と感心しているようだ。
「でもこのお湯は、このままだと飲んでもあまり美味しくないんですよね。鍋に入れて少し沸かした方がいいです」
「水が純粋すぎて味わいがねえんだろうな」
「そうみたいです。美味しい井戸水や湧き水には、いろんな混ざりものがあるんでしょうね」
「自然なものは美味いよな」
そしてカミーユは「トーリ、もっと肉を出せるなら、商人のボンボンの分も焼いてやるぜ」と言った。
少し離れたところで、リスと共に二大巨頭モフモフ会談を行っていたフクロウのアークが、優しい視線でカミーユを見た。カミーユのことを大切に思うフクロウは、彼が他人との間に作った強固な仕切りが少し緩んだことを喜んでいるようだ。
「もちろん、提供させてもらいますよ。マックさん、よかったらシチューもどうぞ。ミカーネンの町の名料理人が作ったものだから、とっても美味しいんですよ」
「えっ、いいのかい? ふたりともありがとう! それじゃあ、僕もお礼になにか美味しいものを持ってくるよ」
トーリの容量無限大で時間停止機能付きのマジカバンには、ダンジョンでドロップした上質な肉がたくさん入っている。
「カミーユさん、赤身肉の方がいい?」
「ああ、脂っこいやつよりも美味いぞ」
トーリはメイジオークがドロップした、極上のヒレ肉を取り出してカミーユに手渡した。
「こりゃまた上等な肉だな。責任重大だぜ」
さらに肉を焼いていると、マックが瓶を片手に戻って来た。
「魚の燻製はどうだい? 軽く炙ると美味いから持って来たよ」
「肉と魚でバランスがいいですね」
カミーユが焼いている肉がほぼ出来あがり、ご馳走が揃ってきた。そこへ馭者のロッドが「いいですね、堅パンしかないけどまぜてくださいよ」と、木の実とドライフルーツを混ぜ込んだパンを持って参加した。
「だいぶいい匂いがしてきましたね」
「肉と野菜の串焼きだから珍しい料理じゃねえが、作るやつごとに違ったスパイスの配合があるからな。さあ、もう焼けたから食おうぜ」
普段はひとりで携帯食をかじることが多いというカミーユと、そんな彼をなにくれとなく気にかけているロッドは、ちょっとおしゃべりだけど人の良さそうなマックが中心となって盛り上がる夕食を楽しんだ。もちろん、トーリもだ。
「美味しいなあ。僕はソロ活動がメインでやってきたんですけど、こんな風にわいわい過ごすのも楽しくていいですね」
「そうなのかい? それは意外だなあ」
マックは「もしかすると、君は目立つから、余計に他人を警戒しなければいけなかったのかな。大丈夫、僕はちゃんとした商会のちゃんとした息子だからね! ボンド商会の商品に人間は含まれていないよ。もちろん、エルフもさ!」と胸を張った。
「それを聞いて安心しましたよ」
「ほ、ほ」
「す、す」
フクロウとリスがさりげなく会話に混ざって『我らの目が光っているから』『悪さは許しませんよ』と釘を刺したので、マックが「これはまた、頼りになりそうなボディガードだなあ!」とおどけた声をあげて、笑いが起こった。




