第162話 仲良しの友達へ
さて、その真面目な性格のために挨拶回りに時間がかかってしまい、なかなか旅立てなかったトーリであるが、ようやくひと段落ついたので、銀の鹿亭に泊まっている『暁の道』メンバーでのお別れ会が開かれた。
片手剣のマーキー、棍棒と盾使いのギド、槍使いで雷魔法の付与が得意なアルバート、そして、ぐんぐんと火魔法の火力を上げてきているうえに、杖術まで身につけ歩く凶器となったジェシカのお馴染みの顔と、トーリ、そしてテーブルの上にはリスのベルンが座っている。
ちっちゃなカップにお茶を注いでもらったリスは、お気に入りの木の実をかじりながらわいわい盛りあがる子どもたちを見守っていた。
ちなみに、残念エルフお姉さんのいる『烈風の斬撃』は依頼で別の町に行っている。トーリに関することだと妙に過保護になるイザベルがトーリの旅立ちを邪魔しないように、メンバーたちが気を使ってくれたようだ。
「最初はどこに行くの?」
エールで乾杯すると、ジェシカが尋ねた。
「水の都アガマーニャに行ってみようと思って。地図でいうと、左の上の方だよ」
「ああ、あっちの方の町ね。水路を使って人や物を運んでいる都市でしょう。聞いたことがあるわ」
「僕も行ってみたい場所だよ。実に興味深いところだ」
ジェシカとアルバートは博識なので、地理にも詳しい。
「俺も行ってみたい! 美味い魚が町ん中に泳いでるんだろ? つかみ取りし放題だぜ!」
ギドは食べ物に結びつけた知識で覚えているようである。
と、そこへジョッキを持ったロナがやってきた。
「トーリお兄ちゃんに、エールのおかわりでーす」
「ありがとう、ロナちゃん。今夜もしっかりお手伝いできて偉いね」
「そなのよー、ロナは働き者なのよー」
トーリが明日、このミカーネンを離れると聞いた看板幼女のロナは、お手伝いをしながらちょいちょいトーリの脇に近寄ってくるので、そのたびに頭を撫でている。
先日大泣きしてトーリを当惑させたが、さすがは宿屋に生まれた娘であって、旅立つ冒険者を笑顔で送ろうと健気にがんばっていた。
「す」
優しいリスが『いい子にはこれをあげますね』と、炒った木の実を渡してからロナの頬を撫でたので、髪をふたつ結びにした可愛い幼女は「ありがとうね、ベルンちゃん。ベルンちゃんのくれる木の実が一番美味しい木の実なの……よ……」と、鼻声になりながら厨房に戻って行った。
ロナはリスとも仲良しなので、もうモフモフした可愛いリスが肩に乗ってくることもないと思うと、とても寂しくなってしまったのだ。
トーリは小さな背中をじっと見てから、仲間に向き直った。
「この前ようやく領主都市を見て回って、旅の買い物もしてきたんだけど、こことは違った雰囲気で面白かったよ。アガマーニャはもっと違うんだろうな」
「アガマーニャには、もちろんダンジョンがあるんだろう?」
「うん。基本的に、ダンジョンのある所を回ろうと思ってるんだ」
「そうか。まさか、水没したダンジョンじゃねえだろうな?」
そう尋ねるマーキーに、トーリは笑って答えた。
「さすがに水没はしてないと思うけど、中に湖とかあるらしいよ。浅いところはゴブリンとかコボルトとか、あとはオークが出てくる普通の感じらしいけどね。中層まで行くと、脚の生えた魚が襲ってくるんだって。怖いよね」
「マジかよ、脚の生えた魚に追いかけられたら……そりゃ、不気味だな」
「ぴちぴち足音がして、見ると槍を持った魚が死んだ瞳でこっちを狙ってるんだって」
「うひゃー、やべー」
ギドは、魚を捕まえるのは好きだが捕まるのは嫌なようだ。
「美味い切り身をドロップするなら、まあいいけど」
「出るらしいよ」
「出るのか! よっしゃー!」
「食べると寿命が伸びるって言われているほど、美味しい白身魚の切り身が落ちるって、冒険者ギルドの本に書いてあったよ」
「そんなに美味いの? よかったなあ、トーリ! うんと食ってこいよ!」
ギドが自分のことのように喜ぶので、みんなは笑った。
「そんなダンジョンじゃあ湿気っぽいから、武器や防具が錆びそうだね。でもまあ、トーリは武器も防具も金属じゃないから、大丈夫かな」
「金属の人は手入れが大変そうだよね。特に鉄製だと厳しいだろうなあ。ミスリルが少しでも混ざっていると、錆びにくいって聞いたわよ」
「それなら、ミスリルがここよりもいい値段で売れるかもね。トーリ、ダンジョンでドロップしたミスリル、ちゃんと取ってある?」
アルバートとジェシカは、やっぱり賢そうな意見を述べる。
「うん、いざという時のために、取ってあるよ。僕のは錆びにくい武器で助かったよ」
「すー」
ベルンが『リスのも平気ー』と言って、トーリに出してもらったコリスクッキーをこりこりかじった。
デスウィンドマンティスの鎌で作ったナイフとちっちゃな片手剣は、見た目がアクリルっぽい材質で錆びにくい。半透明で美しいが、切れ味が鋭く魔力もよく通すところをトーリは気に入っていた。
翌朝、アガマーニャ行きの馬車の出る待合所に行ったトーリは、そこに『暁の道』のメンバーが揃っているのを見て驚いた。
「どうしたの、みんな?」
「見送りに来たに決まってるじゃんかー」
朝に弱いギドがあくび混じりに答えたので、トーリは思わず「まさか、このために徹夜なんてしてないよね?」と聞いてしまった。
「大丈夫、寝たし……また寝るし……」
二度寝する気満々だ。
「トーリは仲間だからな。絶対に旅立ちを見送ろうって決めたんだ」
マーキーは「俺たちもそのうち、世界を股にかける有名なパーティになるからな。おまえもがんばれよ」と笑った。
アルバートが「これ、手拭いなんだけど、みんなで刺繍してみたんだ」と、素朴な木綿の布をトーリに手渡した。
「すごい! 強そうなライオンだね! 肉をくわえているんだ」
「あの……それ、リスよ」
「うん、木の実を食べているリスなんだけど」
「ライオンみたいに強そうで精悍なリスなんだね! もしかして、ベルンなの?」
「そうよ! わかってもらえてよかったわ」
「ベルンのモフモフした感じを出そうとしたら、毛深くなっちゃったんだよ」
「す、す」
リスのベルンが刺繍を見て『それなら仕方ありませんね』と頷いた。刺繍のモデルが自分だと知ってご機嫌だ。
「ありがとう。大切にするね」
まさか、お別れのプレゼントがもらえるとは思っていなかったので、トーリの胸が嬉しさで熱くなった。




