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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第157話 鍛えて欲しい人もいる

 時間停止の機能の付いたマジカバンを無事に手に入れたトーリは、そのまま冒険者ギルドに向かった。


「おう、どうした」


 総合受付にちんまりと収まっている大男のギルドマスターがトーリに声をかけると、奥からアダムが顔を出した。


「トーリさん、ちょーっとそのままギルドにいてくださいね! お願いしますよ」


 彼は返事も待たずに、奥に引っ込んだ。珍しく慌ただしい様子のアダムを見て、シーザーは「なにか緊急事態でも起きたのか? 俺んとこには連絡がねーぞ」と怒鳴った。


「ああいうのは良くねえな。ギルドの雰囲気が変に緊張しちまうから、冒険者の気持ちに影響が出る」


「それをいうなら、ギルドマスターが毎日こうして総合受付に座っているのも、変に緊張すると思いますけど」


 トーリのつっこみに「大丈夫だ、俺に慣れてりゃ大型の魔物にもビビらなくなるからな、はっはっは」と笑うシーザーだが、自分が魔物並みに恐ろしいと認めてしまっていることに気づいていない。


「シーザーくん、受付はギルドの顔なんですよ」


「だからなんだ? あと、シーザーくん言うな」


「冒険者ギルドが魔物の巣窟そうくつだと誤解されないように、あっちのちゃんとした受付のお姉さんに、接遇せつぐうについて教えてもらって方がいいと思います」


「接遇? なんだそりゃ。食べ物の一種か?」


「シーザーくん、ふざけない。そういうところが駄目なの」


「あっ、はい」


 トーリに「めっ!」とされて小さくなるギルドマスターを見て、今日も笑いをこらえる冒険者たちである。


「おっと、用事を忘れちゃうところでした。僕が旅に出てから、木の実屋のヘラルさんがこのマジカバンに美味しいものを詰めて送ってくれるらしいんです。送料を全部、僕持ちにしたいので、手続きをよろしくお願いします」


「そいつはよかったな。だが、マジカバンを輸送するのはちっとばかりリスクがあるな。下手すると盗難に遭うぞ。このミカーネンは特別に治安がいい場所なんだからな。どこもこんなだと思っちゃ間違いだ」


「そうですね。治安のいいここでも、マジカバンに手を出そうとする人がちょいちょいいますからね」


 そして、天罰の雷を受けてピクピクしながら転がるのだ。


「僕のマジカバンみたいに、女神様の加護が宿っていればいいんですけど……」


 カウンターに乗せた新しいマジカバンの横に、トーリは自分のマジカバンも乗せて、どこが違うのかと観察した。

 すると、トーリのマジカバンから親指の先くらいの小さな蝶がひらひらと飛び立ち、新しい方に止まった。


「あれ? 新しいマジカバンに蝶のマークが付きましたね」


「女神アメリアーナの印が、確か蝶だったぞ」


「鑑定してみますね」


 トーリがてみると、『マジカバン 時間停止の効果 女神アメリアーナの加護付き 使用者はトーリ及びヘラル一家に限定』とあった。


「わあ、女神様の加護付きになりました。助かったー。加護って伝染うつるんですね」


「そんなの、聞いたことねーよ。だがまあ、気にしたら負けだ。トーリだから仕方ねえ」


 たいていのことは『トーリだから』でスルーして、精神の健康を保つシーザーであった。


 シーザーに『送料はトーリ持ち』の印である金属のふだを鎖でマジカバンに付けてもらい、トーリは冒険者ギルドをあとにし……ようとしたところを、また奥から出てきたアダムに止められた。


「もう、待ってってば! トーリくんは僕に冷たいですよね!」


「だってアダムさんは……だし」


 『スパイ』のところは口パクにするのは、トーリの優しさだ。


「もうすぐ旅に出るので、面倒な依頼とかごたごたとかに巻き込まれたくないんですよ。それじゃ」


「待って、お願い、ほんと待って!」


 副ギルドマスターは半べそだ。


 と、ギルドの前に豪華な馬車が止まり、扉を開けて紳士が入ってきた。彼は足早にトーリの前にやってくると、丁寧に頭を下げた。


「トーリさん、ご無沙汰をしております」


「伯爵のところの家令のゼールさん、でしたよね?」


 トーリはミカーネン伯爵家を訪問した時に出会った、家令を務めるフィリップ・ゼールが現れたので驚いた。そして『さてはアダムさんが呼びましたね』と副ギルマスを見る。

 アダムは目を逸らした。


「トーリさんに名前を覚えていただき、光栄に存じます」


「ただの子どもに対して、そんなにかしこまらないでくださいよ」


「す、す」


 リスのベルンも『頭をおあげなさいな』と、ゼールの肩に乗って耳をさすった。ゼールは思いがけず可愛い小動物が肩に来たので微笑みそうになったが、なんとか表情を引き締める。


 ギルド内の冒険者たちは「あっ、またあのエルフがなにかやらかしてるぞ」「自分で『ただの子ども』とか言ってるけど、冗談か?」「よせよ、本気で言ってたら怖いだろう」と囁いている。

 トーリはちょっとむっとした。

 こそこそ話している冒険者の方を見ると、彼らは慌ててギルドの建物から飛び出していった。


「トーリ、次の獲物を探すのはよせ」


「シーザーくん! 僕をなんだと思っているんですか」


「あれだろ、地獄の特訓の犠牲者を選んでいるんだろ」


「酷いよ……地獄とか言わないの。あれはとても効果がある、どんな冒険者にもお勧めの訓練なんですからね」


「みんな逃げ出すじゃねえか」


「受けた人は逃げ出しませんー、みんな最後までやり遂げて、実力アップにスキルアップしてますー」


 エルフの少年がぷんすかしながら抗議すると、なぜかゼールが明るい顔をした。


「トーリさん、その素晴らしい訓練を、ぜひとも我が主人あるじにご教授いただきたくこうして突然訪問させていただいたのでございます。どうか、正式な依頼として受けてもらえませんでしょうか?」


「ゼールさん……よくわかっているじゃあありませんか! いいですよ、あまり余裕がないので短期集中訓練でよかったらお受けします」


 トーリはそう言うと、シーザーに向かって鼻を膨らませたすごいドヤ顔をして見せた。


 シーザーは「あれを、伯爵本人にやるのか? そりゃあヤバいんじゃねーのか?」とゼールに言ったが、家令は「どうしてもやりたいと、それはもううるさいので、アシュリー・バートン氏がとうとう根を上げたのでございます。こうなりましたら二度とわがままを言わぬように、思う存分鍛えてくださいますよう、お願いいたします」とにこやかに話すのであった。

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