第153話 思いやり
『トーリと言ったか、エルフの少年よ。おまえはアクアヴィーラの良き隣人なのだな』
魔鳥スクランブルバードは、巨大な翼をバッサバッサいわせながら言った。
『まさか、精霊に分身体を作るよう願うとはな。そのようなことを、長い間誰も思いつかなんだ。おまえは賢いし優しい者であるな』
スクランブルバードの起こす暴風に髪をなびかせながら、トーリはリスが飛ばないように押さえた。
「ありがとうございます。今の状態が当たり前だと思ってしまうと、新しい考えが思いつかないものなんですよね。まさか、アクアヴィーラさんがずっとここにひとりでいるなんて思いませんでした。すでに分身を使って、あちらこちらに顔を出しているものだと考えていましたよ」
「その通りよ、諦めてしまっていたわ」
彼の左肩に乗った湖水の精霊の分身は「それにね、トーリに願われたから、こんなに簡単に分身体を生み出せたのですよ。わたしひとりの努力では、たとえ思いついても、分身体を作るために長い年月が必要だったと思うわ」と言った。
「心から他人を思いやる暖かな気持ちは、大きな力を秘めているのです。とても大きなトーリからのプレゼントだわ」
「す、す、す」
リスのベルンが『トーリだけでなく、古い友達であるピベラリウムとスクランブルバードの気持ちも、きっと大きかったのだろうな』と賢者の面持ちで呟いた。
「さすがはベルン、きっとそうですよ! この場にピピとスクランブルバードさんがいたことも、願いを叶える力になったんだと思いますよ。友情っていいですね」
トーリがにこにこしながら言ったので、ピベラリウムとスクランブルバードは少し照れながら「ええ、そうかもしれなくてよ。わたしはもっとアクアヴィーラとお話したいと思っていましたもの」『うむ、それはあり得る話だ』と同意した。ふたりとも、アクアヴィーラのことが大好きだったからだ。
「さて、そろそろお暇しようかな」
『帰りも我が連れて行こう。俊敏なエルフとはいえ、人の足では時間がかかるからな』
「助かります。スクランブルバードさん、ありがとうございます」
『うむ、良い』
親切なスクランブルバードが『これからトーリを送るが、アクアヴィーラも共に空を飛んでみぬか?』とアクアヴィーラを誘った。
アクアヴィーラの分身体が「ピベラリウムをピピと呼んでいるのね? それなら、わたしのことはヴィラと呼んでくださらないと!」とおねだりしたので、皆は分身体をヴィラと呼ぶことになったのだが、ヴィラも肩に乗せて空の散歩を楽しむことになった
ずっと湖に住んでいたアクアヴィーラは、もちろん空を飛ぶのは初めてだったし、ピベラリウムは親しい友達と一緒に飛ぶのが楽しかったので、ふたりは手をつなぎながらきゃっきゃとはしゃいで喜んだ。
リスはひとりトーリの右肩で森の木々を眺めているので、「ベルンはまざらないの?」と尋ねたのだが、「す」とクールに笑うだけであった。
さすがはひとり森をあとにした孤高のリスである。ちょっとかっこいい。そして、ものすごく可愛い。
スクランブルバードの風魔法で守られた空の旅はとても快適で、魔鳥が森の出口付近に到着した時には寂しい気持ちになったほどだ。
「スクランブルバードさん、連れてきてくれてありがとうございました。ピピ、ヴィラ、元気でね。きっとまた会おうね」
「す」
「トーリも元気でね」
「ベルンもよ、素敵な冒険を楽しんでね」
『うむ、また我が飛ばせてやろうぞ』
森の妖精たちも見送りにやってきた。
彼らは『トーリ、また来てね』『お茶会しようね』『お花もたくさん摘もうよ』『今日のお土産に果物を集めたよ』とにぎやかに飛び回りながら、トーリのマジカバンに様々なものを詰め込んできた。
彼は『あとでなにをもらったか、リストをチェックしないといけませんね』と考えながら、たくさんの光る球にお礼を言った。
なにが入っているかを知ったトーリは、びっくり仰天することになるのだが……。
迷いの森を出たトーリは、そのまま町の入り口まで走った。
「この道をミカーネン・ダンジョン都市まで歩いた日が、つい昨日のように思えますね」
「す」
「今はこんな風に、馬よりも早く走れるようになりました。この町でずいぶんいろいろなことを覚えましたね。スキルも魔法も身につけたし」
「す」
「うん、美味しい木の実の見分け方とかね! 覚えたよね!」
リスの『木の実第一主義』に思わず噴き出してしまうトーリであった。
「ラジュールさーん」
門番に通してもらったトーリは、事件が起こらなければこの付近に詰めているラジュールのもとへと走った。
「トーリか。今日も元気だな」
「す」
「リスも元気そうでなによりだ」
一見とっつきにくいが、子どもや動物に優しいラジュールは、肩に飛び乗ってきて彼に木の実を渡そうとするリスの頭を撫でた。
「大事な木の実が減ってしまうぞ?」
「す、す、す」
リスは『いいんですよ、働き者の騎士さんに食べてもらって、元気になって欲しいのです』とラジュールの手に木の実を握らせた。ちっちゃな手が可愛くて、ラジュールは「すまんな、ありがとう」と目を細めた。
「実は、そろそろこの町を旅立とうと思っているんです。お世話になった皆さんに挨拶をすれば、旅の仕度はもうできているので……一週間くらいで出発かな?」
「そうか。……ひとりで大丈夫か?」
「ベルンも一緒だし、平気ですよ」
「そうだな、このリスは頼りになるからな。旅の仲間にいれば安心だ」
「す……」
騎士ラジュールに褒められたリスは、両手で頬を押さえて照れた。尻尾でぽふぽふラジュールの頬を叩くので、気持ちの良いモフモフ攻撃に騎士ですら負けそうになる。
「そういえば、シーザーが冒険者ランクを上げるようなことを話していたぞ。旅立つ前に手続きをするといい」
「本当に? Dランクになれるの?」
「先日、中層階でも余裕のある戦闘をしていたからな。おまえはもう、ダンジョン中層をソロで狩れる実力がある。となると、Dランクが適正ランクだろう」
実は、ラジュールがギルドマスターのシーザーにランクアップを提言したのだが、そんなことは口にしない。
「だが、ここからは大変だぞ。CランクになるのはEからDに上がるのとはわけが違う。Dランクになれれば上級冒険者と言えるから、ここで終わる者も多い」
「僕はもっと上を目指したいな」
「おまえならそう言うと思った」
ラジュールは珍しく笑顔になると「がんばれ」とひと言、トーリを応援した。




