閑話 マチルダさんは恋人募集中です
マチルダは考えた。
トーリに好みの男性のタイプを聞かれた時、「歳下で無邪気な少年の瞳を持った、年齢以上にしっかりした人」と答えていたら、将来有望なトーリが付き合ってくれたかなあ、と。
だが、彼女はすぐに考え直した。
「いやいやいやいや、ないわ! トーリくんとお付き合いする? 無理でしょう、だいたいあんなキラッキラした美少年の隣に立って町をデートできる? いや無理、まじ無理、絶対に無理。いくらわたしがお姉さんからおばさんにシフトしかけた肝の据わったダンジョン引取り所受付係だとしてもよ、町中の晒し者になるのを辛抱するなんて到底無理な話よ。だいたい彼がわたしにそんな気持ちを持つはずがないもの、あの子はまだ子どもなのよ。やっぱりトーリくんは弟分として可愛がる存在なんだわ」
「マチルダさん、僕がどうしたんですか?」
町を歩きながら妄想していたマチルダは、目の前にいる美少年エルフの顔を見て飛び上がった。
「今、弟分を可愛がるとかなんとか……」
「ななな、なんでもないの。ほら、わたしはダンジョン前の受付係じゃない? ダンジョンに潜る冒険者みんなのお姉さんみたいなものなのよ。トーリくんにもお姉さんがなにか美味しいものでも食べさせてあげようかなって。君はこのところがんばっているでしょ? だから、ご褒美をね、あげようかなって、それだけよ。下心なんて全然ないのよ」
「さすがはマチルダさんです! 広い心をお持ちなんですね」
実はトーリは心の中で『やっぱりお子様の僕は、マチルダさんみたいな綺麗なお姉さんにとっては下心の対象外なんですね……うん、知ってたから傷つきませんよ』とひっそり落ち込んでいたのだが、空元気の笑顔に隠した。
「そんなマチルダさんに、今日は僕がごはんを奢りますよ。昨日の狩りで大儲けして、懐が温かいんです」
彼がダンジョンに潜るたびに大儲けしていることをマチルダは知っていたのだが、一人前の顔をして胸を張る歳下の少年にお金を使わせるのはためらった。
「そんな、トーリくんにご馳走してもらうわけには……」
「こう見えてもね、僕は三十九歳の自立した男子なんですよ。だから、たまにはいい思いをさせてください」
マチルダは少し悩んだが、期待の目で見つめるトーリを見て「わかったわ、それではご馳走になるわね。ありがとう、嬉しいわ」と言った。
「こちらこそ、ありがとうございます! デートですね」
にこにこしながらそんなことを言われて、マチルダは思わず「おませさんねえ」と笑ってしまった。
「マチルダさん、もっと高級なお店でよかったのに」
屋台で飲み物と串焼き肉を買い、町の広場にあるベンチで食べながら、トーリは「マチルダさんのお勧めの店は、確かに美味しいけど」と少し不満そうに言った。
「そういうのはね、本気のデートにとっておくものよ」
「えー、僕を弄んだの? デートだって思っていたのに」
少し恨めしそうに見るトーリに、マチルダは「お気持ちだけ受け取るわね、ありがとう」とお礼を言った。
そんなふたりの横を、ひとりの騎士が通りかかった。
「トーリ殿ではありませんか! こんにちは」
「ディックさん、こんにちは」
ミカーネン騎士団に所属し、トーリの特別な訓練を受けて盾マスターの称号を得た、ディック・カートンであった。
「今日は非番ですか?」
「はい。これからダンジョンに入って盾の技を磨こうと……おおっ、貴女は!」
ディックはマチルダを見て、文字通り跳ねた。本気で驚いているらしい。
「こんにちは、ディックさん。何度か買取り所の受付でお会いしましたね。マチルダです」
「マチルダさん! もちろん存じ上げておりますよ! あの、本日はお休みなのですか? 私服姿も一段とお美しく、見違えてしまいました」
「まあ、お上手ですこと」
ディックは貴族の五男坊なので、女性に対するマナーもしっかりと身につけているのだ。
だが、彼はどうやらお世辞で言っているのではないらしい。
「自分、本気で言っております! 本当にいつもお綺麗な方だと思っておりましたゆえ!」
ショートヘアのマチルダは、コミュニケーション力も高く仕事もできて性格が良いお姉さんだ。そして、可愛らしい魅力がある。そのため、冒険者たちのアイドル的存在で、褒められるのにも慣れていた。
「まあ、ありがとうございます」
余裕でかわすマチルダだが、ディックは「いえ、突然このような不躾なことを申し上げて恐縮なのですが、お時間がございましたら少し自分と話をしてもらえないでしょうか?」と彼女の瞳を見つめた。
「あれ? ディックさんはマチルダさんが好きなの?」
「直球すぎます!」
ディックはまた飛び上がって「トーリ殿! もう少しこう、雰囲気を考えて、でありますよ」と狼狽えた。
「ねえマチルダさん、例の話、歳上っていうのは絶対?」
「例の話って……ああ、あのことね! 別に、絶対っていうことではないわよ。なんとなくこんな感じで、くらいの話よ」
「ディックさんはとても真面目で、腕っぷしも強いんですよ。あと、リスにも優しいし、しっかりしたいい人だと思うんです。結婚相手にいいんじゃないかな?」
「す」
リスも『そうですよ、お嬢さん』とディックを推した。
「トーリくん! そんな、ディックさんは貴族の方なのよ? 失礼を言ってはいけないわ」
マチルダは慌てたが、ディックはチャンスを活かす男である。
「マチルダさん、自分は貴族といっても五男ですし、これからもミカーネン騎士団に所属してお仕えしていこうと考えております。もしも妻を娶るようなことになりましても、決して不自由はさせません」
「まあ、ディックさんまでそんな冗談を……」
「自分は本気であります。マチルダさん、最初はお友達でかまいませんゆえ、自分がどのような人物か見極めていただきたいのです。どうか機会を与えてください」
彼は恋愛でも体当たりの男であった。
「いいんじゃないですか? 僕はディックさんが信用できる人だと思っています」
「す」
トーリとリスの後押しもあり、マチルダは「それでは、お友達からでよろしければ……よろしくお願いします」と、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ということで、マチルダさんはディックさんとくっつきました」
「くっつきましたじゃねーよ!」
「あれ? もしかして、シーザーさんもマチルダさんに気があったんですか?」
「聞くんじゃねーよ! ったく、おまえにはデリカシーってもんはないのかよ……」
しょんぼりするシーザーを見て、トーリは「ごめんなさい、たぶん、デリカシーというスキルは持ち合わせてないです」と謝った。
そして、リスのベルンはシーザーの手に『強く生きるのです』という気持ちを込めて、そっと木の実を握らせたのであった。




