第143話 キレてるディック
「これを試してみてください」
トーリはマジカバンの中から銀色に光る盾を取り出すと、ディックに渡した。
「これはまさか、ダンジョン産の防具なのでは?」
「はい、鋼鉄の盾で、防御力上昇(大)の効果が付いています。昨日、オークの連続狩猟に挑戦していたら、宝箱が出てドロップしたんです」
「(大)だと? トーリ殿、これは大変な防具ではないか!」
半ば押し付けられるようにして受け取った盾を構えて、しっくりくる感触に驚きながら、ディックは叫んだ。
「すごい、身体に力が満ちてくる感じで、この盾がただものではないことがわかるぞ」
ディックのみならず、希少なドロップ品に皆驚きを隠せない。
「オークならば低層階だろう。なのに、そのような品質の盾が出たのか?」
「そうですわね、お兄様。トーリさんは連続狩猟とおっしゃいましたが、そこにこの現象の秘密があるのかもしれません」
「連続、か……トーリくんはいったいどれほどの数のオークを狩ったのだろうか」
トーリは昨日、リスと共にオークがみっちり詰まったモンスターハウスを梯子して「わーい、今日はオーク祭りですよー」「すー」とはしゃぎながら三百体を狩って、最後に特別な青いオークを倒していた。これが当たりのオークだったのだろう。
もちろん、普通ではできないことである。
ちなみにその様子を目撃した冒険者たちは「うん、今日もエルフの頭がおかしいな」「子どもは元気でいい」と、軽くスルーした。ダンジョンに潜るほどの冒険者なので、皆これくらいのことでは動揺しない精神力を持っているのだ。
ダンジョンのドロップ品には、人が作るものよりもランクが高いものがある。この盾も防御力が、しかも(大)という高レベルのものが付与されているため、鋼鉄といえども騎士団で支給される武具の十倍以上の値段で取引されるはずだ。
「これを持って、さらに強くなりましょうね!」
努力するものには協力を惜しまないトーリは、服が破れすぎてほぼ全裸になった(大丈夫、下着は無事である)ところに盾を持つ、ディックを激励した。
「さあ、ディックさん。盾の勇者として目覚めてください!」
「盾の勇者……トーリ殿! このディック、全力でがんばらせていただきます!」
感激に声を震わせるディックだが、パンイチに鋼鉄の盾を持つ姿はどこから見ても変質者であった。
見かねたラジュールが声をかける。
「トーリは服の補修魔法とかは使えないのか?」
「浄化や洗浄魔法はできるんですけど……」
トーリは残念そうに答える。
「ならば、これを使え。こんなこともあろうかと、予備の衣類を持参している。年若い淑女の前でその姿を晒すのは、いくら訓練といえども問題があるからな」
「あっ、しまった! 僕としたことが、そこまで頭が回りませんでした! ディックさん、隠しましょう!」
ディックがハッとした表情でシャルロッテを見ると、アプラパイを手に持った彼女は「あら、気になさらないで、野生的でよろしいかと存じますわ」と頷いた。彼女は空気が読める令嬢なのだ。
「これはご無礼を! 申し訳ありません!」
ディックは顔を赤らめて、トーリに全身のクリーンをかけてもらってから、ラジュールが渡した服を着たのであった。
そして、それからのディックは凄まじかった。
「いきますよー」
「うおらあああああーっ!」
腰を落として盾をかまえるディックが威圧咆哮を出すと、弱いゴブリンなどはびくりと身体を震わせて魔石に変わってしまう。
オークすらたたらを踏み、ためらったところにディックの盾が激突する。
彼の鍛え抜かれた下半身はさらなる進化を遂げて、猛ダッシュしてからのシールドバッシュという合わせ技を可能としたのだ!
「いいぞディック! キレてるキレてる重装タンク!」
「ちぎりパン筋肉が輝いてますわーっ! ゴリゴリズドーン!」
「無敵のダッシュ、超絶クラッシュ、バリバリだーっ!」
「爆裂するボディは無敵のグレネード、吹き荒れる爆風ですわーっ!」
兄妹の応援を受け、ディックはテンションがマックスだ!
蹴散らす!
ディックは蹴散らす!
わがまま暴君マッスルに抗えるものなどいないのだ!
ふんむ、ふんむ、と鼻息を荒くしながら、十匹のオークを同時に受け止めたディックは、驚くことに気合と共に押し返した。
「どおりゃああああああーっ!」
そしてそこに突っ込むバズーカ砲弾を思わせる重い盾攻撃。
「イケイケディイイイイイーック!」
兄と妹は心をひとつにして応援した。
ドゴーン、という音が響き渡り、オークたちは宙を飛んだ。
そして、魔石に変わるとパラパラと落ちた。
「一度にあの数のオークを倒せるのか。これは、特殊技能がいくつか生えたな」
「す」
ラジュールとリスは、木の実を食べながら静かにディックを見守っていた。
「いいですね、ディックさん。仕上がってきましたよ」
トーリは拍手をしてディックを褒めた。
「素晴らしい精神力です。ディックさんの前向きな想いが実を結んでいますね。身体強化の技能も爆上がりしていますよ。盾が鋼鉄とは思えないほどの攻撃力を叩き出しています」
「うっす!」
「それでは、特殊技能チェックをしてみましょう」
「うっす、お願いします!」
トーリはディックを鑑定した。
「え、待って、『盾マスター』の称号がついてます! うわあ、すごいや、いきなりマスタークラスが出るなんて、僕もびっくりですよ!」
「『盾マスター』? 自分にマスターの称号が?」
「きっと元々盾使いの才能があったんでしょうね。でも、その才能を伸ばしたのはディックさんの日頃の努力だったと思いますよ。今日の訓練はきっかけにすぎません」
「ディック、すごいではないか! きっと父上も驚かれるぞ。いや、父上はトーリの訓練を受けたがっていたから、嫉妬されるかもしれんな、ははは、気をつけろよ!」
ジェームズは盾の騎士の肩をばしばし叩きながら笑った。
「素晴らしい盾の威力でしたね。わたしもまだまだ努力を重ねなければならないと、がぜんやる気が出てきました。ディックさん、おめでとうございます」
シャルロッテも、美しい笑顔でディックを褒めたたえる。
(自分は、夢を見ているのだろうか? いや、身体に感じられる新しいこの感覚は夢ではない……くっ、なんだか頭がぼんやりしてきた……)
ディックは喜びを感じながらも、身体の異変を感じ取っていた。
それを見たラジュールがトーリに「ディックの様子がおかしい。どうなっているのだ?」と尋ねる。
「……わあ、大変です! ディックさんに『饑餓耐性』が生えてます!」
美味しくごはんを食べている前で、延々と続く訓練をこなしていた気の毒なディックは、飢餓状態になっていたのだ。
「『クリーン』『アクアキュア』『アクアヒール』ディックさん、早くごはんを食べてください!」
「す! す!」
肩に乗ったリスに口の中に入れられた木の実を噛み砕き、ディックはなんとか意識を保つ。
ピクニックシートに座らされたディックは、トーリのマジカバンから出てきた美味しい食事を堪能して、ようやくひと息ついたのであった。




