第126話 お手なみ拝見
「トーリの弓は、先制攻撃に適しているな」
ジェームズがそう言うと、トーリは「はい。弓で先制して撃ち漏らしをベルンと一緒に近接で仕留めるというのが、うちのチームの基本的な闘い方ですね」と頷いた。
「チーム? 君はソロで活動していると聞いたが……」
「ベルンと僕とでチームなんですよ。火力がどうしても足りなくて困っているから、これから付与魔法を学んで、攻撃力を底上げできないかなあって考えています。僕は回復魔法が得意だし、魔力も限界がないから、火力さえなんとかなればふたりで行けちゃうよね?」
「す」
リスが『任せろ』というようにサムズアップした。
「え? リス?」
ジェームズとシャルロッテが不思議そうな顔をする。
ついでに大人たちも、不思議そうな顔をする。
まさか、こんなにモッフモフで可愛くて、くりんとしたあどけない瞳を持つ小動物が、見事な片手剣さばきでオークの頭をころころころりと落としまくっている、クールで危険な魅力を放つ戦士であるなどとは、誰も想像できないだろう。
ラジュールだけは、さっきベルンにもらった木の実を口に放り込んで、コリコリと食べている。常在戦場の騎士はエネルギー補給の機会を決して見逃さないのだ。
「す」
さりげなく、ラジュールにお代わりの木の実を渡す。
クールで危険だが、思いやりに満ちたリスなのだ。これほど力強い味方はいない。
「それじゃあ、ジェームズ様、ちょっとだけ打ち合ってみますか? 木の武器を借りられるといいんですけど。僕のナイフは切れすぎて危ないですからね」
「そうなのか? 武器も良いものを手に入れたのだな」
「デスウィンドマンティスの鎌を山ほど集めて、ハンティングナイフを二本作りました。風魔法のノリがいいんですよ」
トーリはマジカバンからナイフを一本取り出すと、自慢げにジェームズに渡した。ジェームズは鞘から抜いて刃を確かめると「なるほど、こんなナイフを二本も扱うやつとは戦いたくないな」とトーリに返した。
「あと、こっちがベルンの片手剣です」
「リスにも作ったのか」
ジェームズが剣を受け取ると、シャルロッテが「まあ、可愛らしい」と微笑んで人差し指の先でそっと剣に触れた。
「す! す!」
トーリの肩で、リスが『お揃いなの! お揃いなの!』と嬉しそうに飛び跳ねる。
その姿を見て皆はほっこりしたのだが、ジェームズはちっちゃな片手剣を鞘から抜いて、顔を引き攣らせた。
「トーリ?」
「デスウィンドマンティスの鎌を、こちらにもたくさん使いました。ベルンは森のリスですから、風魔法と相性が良くて、使いこなしていますよ」
「これは……かなり使い込まれた剣のようだが。リスがこの剣を? いや、まさか……」
「す」
ジェームズは『お揃いなの』と小首をかしげる可愛いリスを見て、もう一度「まさか、な」と言った。
トーリは木製のナイフを二本持ち、ジェームズは同じく片手剣を手にすると、手合わせを始めた。
休憩だった騎士たちは子どもの手合わせには興味がないようで、訓練に戻っている。
「トーリの防具はかなりの性能なのだな」
「思いきり来てもらって大丈夫です。怪我をしても死なない限り治せますし」
「おいおい、物騒だな!」
ジェームズが剣を構えて足を踏み出すと、もうそこにトーリはいない。
「はい、首を刺しました」
喉にトン、と触れた。
トーリの木製ナイフが急所に当てられているのに気づき、ジェームズは背筋をぞくりとさせた。
「……まったく反応できなかった」
「僕の強みはこの速度なんです」
トーリはゆっくりとナイフを外すと、数歩後ろに下がった。
「弓で奇襲すると同時に魔物の急所をナイフで斬り裂きます。突くのではなくて斬るのは、ワンアクションで次の魔物に行けるからなんですよ。複数の魔物の位置を瞬間で把握して、なるべく効率的な流れで倒します。特に、群れのボスがいる場合には最初の攻撃で雑魚をすべて片付けておく必要があるんです。こちらは人数で負けていますからね」
「少人数での戦いならでは、なのだな」
「はい」
トーリは「どうしますか?」とジェームズに尋ねた。
「今回の視察では、ジェームズ様とシャルロッテ様にはなるべく多く戦ってもらって、経験値……ダンジョンの力を身につけて強くなっていただく、という目的もあると聞きました」
「うむ、できる限り力をつけておきたい」
「となると、今、問題点を洗い出して、もっと動きをよくしておいた方が良さそうですよ。僕が弱らせた魔物の止めを刺すだけの戦いをするなら別ですが」
貴族ってそうするんですか? とトーリに尋ねられて、ジェームズは嫌そうな顔をした。
「きちんとした実力をつけておきたい」
「わかりました。それではちょっとやってみましょうか」
トーリはにっこり笑った。
ジェームズは知らない。この優しそうな顔で笑うエルフは、えげつない訓練方法をぶっ込んでくることを。
「ジェム、顔をあげて! ギリギリまで攻撃を見極めないと、一発食らいますよ!」
「ぎゃあっ!」
身体強化された蹴りを受けて、ジェームズが地面を転がった。
「相手は魔物、卑怯もクソもないんです! そら、立たないと喉を食いちぎられて死にます」
そのまま横に転がってトーリのナイフを避けたジェームズは、顔を酷く歪めると胸を押さえた。
「折れたかも……」
「『アクアヒール』『アクアヒール』『アクアヒール』ヒビでしたね。ちゃんと身体強化していれば折れませんからね。はい、治ったから立って」
ジェームズは立ち上がると同時に横っ飛びに飛んで、被弾を避けた。先ほど油断して一撃を食らい、同じ場所を二度骨折するという痛みを体験したのだ。
だが、トーリが地面を蹴り上げて起こした砂ぼこりがジェームズの視界を奪った。
そのまま剣を持つ手が強化されたナイフで打たれて、ゴリッという嫌な音を立てた。
「ぎゃあっ!」
「『アクアヒール』はい、くっついた。今は砂ですが、魔物によっては火魔法を撃ってきますからね。顔面が焼け爛れて戦闘不能になったら終わりですよ」
トーリは『多少無理をしても、すぐに治すから大丈夫』だと言って、剣術を学んできた貴族にありがちな『正々堂々とした攻撃にしか対応できない』という癖を治すべく、徹底的な訓練をジェームズに施していた。
「こっ、ここまでやらねばならないのか!」
「ジェームズ様の剣は、綺麗な対人特化のものなんですよ。ランダムとか想定外とか騎士道精神を無視している攻撃に対応できないと、ダンジョンに潜っても接待戦闘しかできませんからね」
にっこり、と美しい笑顔を見せたトーリは「大丈夫です、僕の回復魔法でいくら怪我をしても治しますからね。身体を使って学ぶと習得が速いですよ」と恐ろしい宣言をした。
兄の無惨な姿を見ていたシャルロッテは、気丈なところを見せて「トーリさん、すぐに着替えて参りますので、わたしの訓練もお願いいたします!」と屋敷に急いだ。
「シャルロッテさんが来たら、連携の確認もしていきましょうね。それではいきますよー」
「うわあああーっ!」
伯爵夫妻は、最初こそぼっこぼこにされる息子の姿に驚いたが、現役の冒険者に稽古をつけてもらえるとは幸運だということで、温かく見守っていた。
この世界では、弱い貴族は生き残れない。伯爵も血の滲むような努力をしたからこそ、今のミカーネンの繁栄があるのだ。
途中でジェームズの稽古を担当したらしい騎士が飛んできて「なにをしているのだ!」と抗議してきたが、トーリに「ジェームズさんの師匠さんですか。ジェームズ様の剣筋はとても綺麗ですね。基本がしっかりしているから、ダンジョンの狩りに対応できるように、技術の応用しています」と指導を褒められ、ジェームズにも「止めてくれるな。わたしはさらなる強さを手に入れたいのだ」と言われ、さらに伯爵が「やはり、わたしも稽古をつけてもらいたいのだが。離せアシュリー、剣を取ってこなければ!」と叫び羽交い締めにされているのを見て「……わかりました」と身を引いた。




