第12話 ドキドキ、冒険者ギルド
騎士ラジュールは、鋭い瞳でトーリの肩を見た。
「そのリスはおまえの従魔なのか? だとしたら、この町に入れるには冒険者ギルドでの登録が必要となる」
従魔とは人に従う魔物で、冒険の手助けをしてくれる心強い仲間だ。戦闘力が高いものが多いため、街中に連れてくるには許可が必要なのだ。
だが、このリスは可愛いが従魔ではない。
と、森の妖精ピペラリウム(愛称ピピ)が言っていた。
「魔物じゃないので大丈夫です。ベルンはただのリスですよ」
「す」
「む?」
騎士ラジュールは、話の内容がわかっているように頷くリスを見て「単なるリスにしては賢すぎるな」と眉根を寄せた。
「なるほど、非常食代わりに連れているのか」
「なんてことを!」
「すっ!」
リスが尻尾の毛を逆立て、肩の上で足踏みをしながら怒っているのを見て、ラジュールは「もちろん冗談だ」と言った。
「だが、そのリスは人の言葉を理解しているようだな。なにか特別な事情があるのではないか? 例えば、呪いでリスに姿を変えられた人であるとか、実は人の言葉を解す神獣であるとか」
「ええっ? なるほど、そういう可能性もありますね。ベルンは本当は人なの?」
「すーすー」
「じゃあ、やっぱり神獣?」
「すーすー」
ちゃうちゃう、というように首を振ってから肩をすくめるリスを見て、ラジュールは『絶対にただのリスではない』とさらに警戒を深めた。
「ラジュールさん、このリスは信用できる友達に紹介してもらった子なんです。悪い子ではありません。このつぶらな瞳を見てください」
「すっ」
つぶらな瞳を騎士に向けてアピールしつつ、ちっちゃくサムズアップするリスを見て、ラジュールはため息をつき「可愛い目だ。だが、トラブルを避けたければ、人前では『普通のリス』の振りをしておけ」と、真面目な顔でリスに忠告した。
騎士に思いがけず可愛いと褒められてしまったリスは、小さな手で頬を押さえて「す」と照れた。
ベルンの中でラジュールに対する株が上がったようだ。リスはトーリの肩からラジュールの肩に飛び移るとどこからか木の実を取り出して『おひとついかがですか』と言わんばかりにラジュールに渡そうとした。
「いや、勤務中に金品を受け取るわけにはいかない。気持ちだけ貰っておく」
ベルンは木の実を隠すと、トーリの肩に戻ってきた。
「本当にただのリスなのか?」
「ただのリスです」
トーリは「ちょっとドキドキします」と言いながら、ギルドのドアを開けた。
もうお昼をかなり回った時刻であるが、冒険者ギルドの中にはそこそこ人がいた。ふたりが入ると人々が一斉に顔を見て来たので、エルフの少年はその場に止まってお辞儀をする。
「こんにちは。お邪魔します」
冒険者たちは、笑顔が優しそうで、サラサラの金髪に紫の瞳をした美貌の少年で、肩に仁王立ちした偉そうなリスを乗せたトーリを見て、彼をどう位置付ければいいのかと悩んだ。そして、その後ろから騎士ラジュールが姿を現すと、さっと目を逸らした。
「トーリ、あそこの総合受付に行け」
ラジュールに促されたトーリは、身長が二メートル近くありそうな、岩山のような大男が頬杖をついてちんまり座っている総合受付を見た。
(大きな人ですねえ。巨人族、なのでしょうか? 僕よりも年上っぽいですね)
顔に大きな傷があり、鋭い眼光でトーリを観察する男に、トーリは笑顔で近づいた。
「こんにちは。僕はトーリと言います。この町に初めて来たんですけど、騎士さんに総合受付に行くといろいろ相談にのってもらえるって紹介してもらいました。よろしくお願いします」
「……おう、よろしくな」
男は腕組みをすると、じっとトーリを見る。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
トーリはキラキラした瞳で男に顔を近づけた。
お互いの名前を知ることが、友達への第一歩。自分はもう、誰もが走って逃げる怖い顔のおっさんではないのだ。この優しそうな顔ならば、普通の交友関係が築けるに違いない。
(もうラジュールさんともお友達だし!)
友達付き合いの経験がないトーリは、雑談ができたらそれはもう友達なのだと勘違いしていた。悲しみのぼっちである。
男はしばらくしかめ面をしていたが、やがてため息をついた。
「俺の名はシーザーだ。兄ちゃん」
「僕はトーリです、エルフなんですよ。よろしくお願いします」
「トーリ。俺が怖くないのか?」
「え? 怖くないですけど……」
前世の自分の凶悪顔に比べたら、この男は苦味走ったイケオジに過ぎない。
風間桃李だった頃は、夜中にトイレに起きた時にうっかり鏡を見てしまい、チェーンソーを持った殺人犯が強盗に入って来たのかと一瞬警戒して、一気に眠気が吹っ飛んだものだ。
ホラー映画より鏡が怖い、気の毒なおっさんであった。
「けど? なんだ?」
「その顔面の傷跡。攻撃を顔で受けたんだとしたら、シーザーさんは肝の据わった人だなって感心しました。ずいぶんとざっくりやられてますよね。相手はなんですか?」
「タチの悪い魔物だ。毒を持っていたせいで、傷が綺麗に治らなかった……ラジュールよぉ、なんだこいつは。ずいぶんな性格をしたエルフじゃねえか」
ギルドマスターの表情を見て、騎士ラジュールは今日初めて笑った。
「彼は期待のルーキー、といったところかな。シーザー、世話を頼む」
「おまえさんのお墨付きってわけか」
トーリの肩でリスが偉そうに「す!」と手をあげたので、ラジュールは「ついでにこのリスもよろしく」と言葉を添えた。




