第113話 泣かせちゃったね
「いいですか、トーリさん」
ダンジョンの隣に設置された買取り所支店で、トーリは目を赤くしたマチルダからお説教をくらっていた。
支店と言っても、ダンジョンに潜る冒険者はかなりの人数がいるので、ギルドの隣のものよりも規模が大きい。
まだ早い時間ではあるが、訪れる者はそこそこ多い。多数の目が『あいつ、マチルダを泣かせたぞ』とトーリたちを見ていた。
そしてトーリは『目を逸らされない喜び』をかみしめていた。日本では誰も、怖い顔のトーリを見ようとしなかったのだ……。
それはともかく。
マチルダは言った。
「ダンジョンから出る武器には、人が作った物よりも大きな付加価値が付いている場合が多いんです」
「ふかかち……」
「す……」
リスもお付き合いでお説教されている。
「トーリさんは鑑定の力があるんですよね? それでは、もう一度このモーニングスターを鑑定してみてもらえますか?」
「はい……『ミスリルのモーニングスター』……あれ? まだなにか見えます。『魔力を通すと使い手の身体を剛健にする』のかな?」
「どうやら装備した者の防御力を上げる性能があるようですね」
「すみません、『攻撃力を1.3倍にする』というのもありました」
「あらっ」
マチルダは前のめりになった。
トーリとリスは引いた。
「ふたつも特殊な性能が付いていますね! これはとても貴重な武器です。これでどういうことかわかりましたか?」
「はい。ダンジョンから出たやつは溶かしちゃいけないやつだということがわかりました」
「す」
エルフとリスは素直に反省した。
マチルダは満足そうに「おわかりいただけて幸いです」と頷いた。
「このような理由から今後ダンジョンから出た武器はいったんわたし共のカウンターに出していただけますと助かります。というか、必ず見せてください。勝手に溶かす前に、見せてください。絶対に、溶かすより高値で買い取らせていただきます、トーリさんに損はさせません。こちらをお約束していただけますでしょうか?」
「わかりました」
「すー」
「あの、オークから美味しいお肉もドロップしましたけど、それも見せますか? 美味しく食べたら駄目なやつですか?」
「……お肉はさすがにいいかしら」
「とんでもない付加価値がついていたら、お見せしますね」
「助かります、ご理解いただきましてありがとうございます、トーリさん!」
というわけで、トーリはマチルダとも良い子のお約束をした。
まあ、そのようなことはあったものの、トーリはマチルダからお得に譲ってもらったミスリルを持って、鍛治師のガンジョーを訪れた。
「ミスリルが用意できたのか? ずいぶんと早いじゃねえか」
「運が良かったんです。十階層のボスで、メタモルミノタウロスが出たので魔石も手に入れました」
「おう、見せてみろ」
トーリが大きな魔石を机に置くと、手にとってしげしげと見たガンジョーは「これはデスマンティス素材と相性がいいぞ。靴に使っちまっていいのか?」と念を押した。
「はい。足での攻撃が加わると、戦いの幅が広がりますからね」
「穏やかそうな顔をして殺気に満ちたエルフだな」
「す?」
「おまえは可愛い顔をして殺気に満ちたリスだ」
ベルンは『えー、そうですかあ』と少し照れながらくねくねして、どこからか取り出した木の実を『まあまあ、おひとつ』とガンジョーに手渡した。
ファンサービスを怠らないリスである。
ガンジョーは木の実をコリコリ食べてから「それじゃ、靴屋に行って足の計測を済ませてこい。できた靴に加工してやる」と言った。
「はい、お願いします」
エルフとリスは武器屋をあとにして、冒険者ギルドへ向かった。
「おう、トーリじゃん」
「やあ、ギド。今日はもうあがり?」
「ああ。子どもは遅くまで働くなって、みんなしてうるせーからな」
「ギド、安全第一だよ。無理は大人になればいくらでもできるんだから、楽しみに取っておきなよ」
「全然楽しみじゃねえぞ」
「僕もやだ」
「おい」
そんなことを話していると、マーキーとジェシカとアルバートというお馴染みのメンバーがやって来た。
「トーリ、ダンジョンはどう? よかったら話を聞かせてよ」
さすがはアルバート、情報収集の大切さをわかっている。
「うん、ごはんを食べに行く?」
『暁の道』のリーダー、片手剣のマーキーと棍棒使いのギドは、トーリと同じ銀の鹿亭に泊まっているのだが、槍使いのアルバートとジェシカは別の宿だ。
「銀の鹿亭のごはんがいいな。あと、僕たちもそろそろ銀の鹿亭に移りたいから、ジョナサンさんと相談しようと思ってるんだ。収入が安定してきているからね」
「そうだね、いい宿に移るのは賛成だね。銀の鹿亭はお勧めだよ」
そんなことを話していると、奥から総合受付に戻って来た大男、ギルドマスターのシーザーがトーリを見つけて手招きをした。
「なんかトーリのこと呼んでるね」
「じゃあ、あとで銀の鹿亭ね」
「了解」
約束をすると、トーリは浮かない顔をするシーザーに近づいた。
「シーザーくん、眉間に皺が寄ってますよ、それじゃあ女の子にモテないよー」
「すー」
「うるせえ、シーザーくん言うな」
鼻にも皺を寄せて、シーザーが言った。
「おまえに訳アリな指名依頼が来てるぞ」
「えっ?」
トーリは驚いた。普通、指名依頼はCランク以上の名前が知られた冒険者に出されることが多いのだ。まだEランクのトーリは、冒険者になってからの日も浅いし、たいした功績も立てていない。
「貴族絡みだから、ちょっと奥で話すわ」
「奥の部屋にご招待なんて、本当に訳アリなんですね」
トーリとリスは『いったい誰が指名してきたんだろう』と思いながら、シーザーについていった。




