第111話 宝箱
「ダンジョンの七不思議かつお楽しみの、宝箱が出ましたね。でも油断は禁物ですよ」
「す?」
トーリの肩に立って宝箱を眺めていたリスは可愛く首を傾げた。
「大喜びで飛びつくと、宝箱に擬態した魔物のミミックだったり、恐ろしい罠が仕掛けてあったりなんて場合があるんですよ。毒の煙がもくもく出たり、すべてを溶かす液体が飛んできたり、矢とか槍が飛び出してきたり、他の階へ強制的に転移させられたりといった罠です!」
「す!」
リスは『宝箱とはそんなに恐ろしいものなのか』と驚いた。迷いの森では宝箱は出現しないのだ。
「とまあ注意喚起をさせていただきましたが、ボスモンスターを倒して現れる宝箱は基本的に安全なものだそうです」
「すー」
『なんだよー』とリスはちっちゃな手でトーリのほっぺたを引っ張った。
そして、宝箱を指さす。
「そうですね、気を抜かずに宝箱を見たら罠を見破る練習は常にしていきましょう」
リスは腕組みをして考えてから、どこからか殻つきの木の実を取り出してトーリに見せた。そして、殻をノックする。
「急におなかがすいたんですか?」
トーリが尋ねると、リスは『ちゃうちゃう』と手を振ってから、また木の実をノックした。そして、ひとつ頷くと殻を割って中身を見せ、カリカリと食べてしまった。
床に殻を捨てたリスは、ぴょんと跳ねて宝箱の上に乗った。
小さな拳でこんこん、と蓋を叩く。何ヶ所か叩いて耳をすませてから、床に降りて側面もぐるっと叩く。
何度も叩いてから頷き、トーリにサムズアップしてみせた。
「あっ、もしかして、叩いた音で宝箱に罠があるかとかミミックじゃないかとか、分かるんですか?」
リスはドヤ顔になり、もう一度サムズアップした。
「ベルンはすごいリスですね!」
感心するトーリを、リスは手招きして『叩いてみろ』と宝箱を示した。
「気配察知だけでなく、音でも察知するんですね」
トーリは宝箱の前にしゃがむと、リスの真似をして全体を叩いてみた。その響き方を聞いているうちに、なんとなく中身がわかってくる。察知スキルのレベルが上がったのかもしれない。
「なるほど、魔物じゃないことがわかってきました。入っているものがアイテムなのか罠なのか……もう少し叩くとわかるかな?」
「す?」
リスとエルフはその場に座り込んで、ひたすら宝箱を叩いて耳をすませる。叩き過ぎて手が痛くなってきたので、武器の柄で叩いてみたら澄んだ音がしてわかりやすくなった。
「……よし、察知しました! この中身は金属製の武器です!」
「す!」
頷き合ってから、ゆっくりと蓋を開けてみると、そこには鉄製のモーニングスターと卵くらいの大きさの金塊が入っていた。どうやらふたりは罠看破という便利なスキルを身につけたようだ。
「これは普通のミノタウロスのドロップ武器なのかな。お小遣いも入っているところが嬉しいですね」
リスも『これで木の実がたくさん買える』とご機嫌だ。モッフモフにした尻尾を左右に振って、脚は小粋なステップを踏んでいる。
トーリはリスに「モーニングスターは使わないから、買取り所で売っちゃいましょうか。使い方が難しそうですしね」と言って両方ともマジカバンにしまう。
「さて、現れた階段で下に行きたいところですが、シーザーさんに叱られちゃうから今日のところはやめておきましょう。一階への転移を試してみますよ」
「す」
ふたりがボス部屋から出ると、扉が閉まった。しばらくすると、この部屋に新たなミノタウロスが湧くのだ。
ギルドの図書室にある本によると、十階層のボスは十分もかからずに復活するらしいが、一度倒した者が扉の前で待っていると現れなくなるという。だが、もう一度一階からやり直せば湧いてくる。
謎のダンジョンルールであったが、ダンジョンは謎の塊のような存在なので仕方がないのだ。
大広間に戻ってきたふたりは、右側にある通路に入る。しばらく歩くとエアカーテンのような抵抗を感じ、そこを抜けるとダンジョンの一階に転移していた。
「わあ、不思議です。一方通行とはいえ、このようにすぐに帰ってこられるルートがあるのは楽ですね」
「すー」
ふたりが外に出ると、管理官が「お疲れ様でした」と言って出口を通してくれた。
「お売りになるアイテムなどありますか? あちらに出張買取り所があるので、よかったら使ってください」
「ええっ、ここでも買い取ってもらえるんですか?」
「はい」
前回はごたごたする中でダンジョンを後にしたため、トーリは知らなかったようだ。
「それは便利でいいですね。でも、また中に入るので、帰る時に売りますね。十階層のボスを倒して転移する資格を得たので、試してみたところなんです」
「おや、おめでとうございます。ご熱心ですね。気をつけていってらっしゃい」
トーリがまだ子どもなので、管理官も優しい。笑顔で送り出してくれた。
今度はトーリがミノタウロスの首を落とした。ナイフの切れ味が上がったので、簡単に切断できるのだ。
「……またモーニングスターと金ですね」
「すー」
「もう一回、やる? 今度は弓なしで」
「す!」
ふたりは一階に戻ると最短距離を走破して、ボス部屋に戻ってくる。
武器を手にしてミノタウロスに立ち向かい、モーニングスターの攻撃をかいくぐりながら斬りつけて、見事ボスを倒した。
「……また同じ中身ですね」
「すー」
ふたりは一階に転移すると、「今度は魔物に一度も触らずに行ってみましょう!」と縛りを設けてボス部屋に行く。
扉を開けると、そこには武装したオークを二匹従えたミノタウロスがいた。
「希少種が出ましたね。張り切っていきましょう!」
「す!」
爆発矢を景気よく打ち込んで、爆炎の中を突き進み、音もなくオークの首を落とすと、ミノタウロスの両腕を斬り落としてから喉をひと突きし、核を破壊した。
魔物の身体は消え去り、今までよりも大きな魔石が残った。
ちゃんと罠を看破してから宝箱を開ける。
「またモーニングスター……あれ? 少しデザインが違いますね。『神鑑定』」
トーリが鑑定すると、中に入っていたのは『鋼鉄製のモーニングスター』という少し良い武器であることがわかった。
さらに、大豆くらいのミスリルも入っている。
「やったね! もっと続けたらいい武器が出るかな?」
「す!」
やる気に満ちたエルフとリスは、そのままボスループを続けた。
「さあ、十回目の宝箱を開けてみましょう、ジャーン! ……えええええっ、うっそ! これ、ミスリルのモーニングスターですよ!」
「すーっ!」
トーリが鑑定すると『ミスリルのモーニングスター・十回連続ボス踏破記念(一度限り)』とあった。どうやらボス戦を周回するような変人は、これまで誰もいなかったらしい。
「最後は三匹の赤いミノタウロスが出てきましたからね、さすがにいいアイテムを入れてくれました」
ダンジョン初日にメタモルミノタウロスを三匹倒したエルフとリスは、大喜びで戦利品をしまい込んだ。




