第107話 貴族のお嬢様
ミカーネンダンジョン都市には、少々変わった防具を売る店がある。それはマギーラ洋品店だ。
防具とは、言わずと知れた防御力を上げるために身につける装備である。
革や金属や魔物から取れる固い素材で身体を覆ったり、防具自体に付与魔法をかけて、様々な機能を与えるものなどがあり、重さや動きやすさを考えて選ぶ。
マギーラ・ジェッツは付与魔法使いであり、腕のいい冒険者でもある。だが、彼女が一番心を惹かれるものはデザインなのだ。
機能重視の防具には魅力を感じず、それならばむしろ普通の素敵な服を作りたいと考えて洋品店を開店した。
だが、服を作るうちに、デザイン自体も魔力を持つことに気づいたのだ。
「マギーラさん、ダンジョンの中層階の真ん中まで行けるという防御機能は素晴らしいと思うのですが、こんなにフリルを増やすと気になって動けないんですけど。だいたい、ちょっとしたフリルっていう話だったのに、これには王子様が着るような大きなフリフリが付いているじゃないですか」
フリルが似合う美少年エルフは、マギーラに抗議した。
彼が着ている水色のブラウスには、胸の前と袖口に大きなフリルがあしらわれていて、そのまま情熱の女カルメンとスパニッシュなパッショネイトダンシングを始めそうなほど華やかな服であった。
これは絶対に、ダンジョン向けでは、ない。
誰が見てもそう思うだろう。
赤いポニーテールの天才デザイナーは「そうは言いましても、このくらい大きくないと効果を増幅するのに不足してしまうのですよ。決してトーリくんがフリルの似合うナイスな美少年なので飾り立てたくなった、というわけではないのです」と厳かに言った。
「これは防御力アップに必要な、唯一無二のパーツなのです」
「……本当に?」
トーリがじーっとマギーラを見つめて尋ねると、彼の紫色の瞳にしばらく見惚れてから彼女が答えた。
「…………本当、です、よ」
視線は斜め上に逃げていた。
「嘘ですね」
「す」
あっさりと嘘を見抜かれたマギーラは「でもでも、それは、トーリくんが美し過ぎるからいけないのです、美しさは罪なのです!」と言い訳をする。
「もしも僕が舞踏会に出席するようなことがあれば、マギーラさんにフリルの付いた服をお願いします。けれど今は、戦闘に特化した、ふりふりは控えめな感じに作って欲しいんです」
「……わかりました。残念ですが、いつの日にかトーリくんを思う存分ドレスアップする時が来ることを夢見て、今はこのセレブリティックワンダホーな閃きは封印することにしますね」
「ご理解いただき幸いです」
「す」
トーリとリスは、天才を刺激しないように落ち着いて言った。
数日後、トーリは作り直しをした服を受け取りに行く。
「こんにちはー」
「すー」
コリスクッキーをお土産に持参してマギーラ洋品店を訪れると、珍しく他の客が入っていた。
ふんわりした金髪をカールさせ、貴族の着るような質のいいドレスを着た少女で、トーリよりも(見た目が)いくつか歳上に見える。側に年若い女性と護衛らしい男性が控えているところを見ると、本当に貴族かもしれない。
「いらっしゃい、トーリくん。服はできていますよ。少しお待ちいただいてもいいですか?」
「はい、大丈夫です。お店の中を見せてもらいますね」
「すー」
トーリとリスは少女に軽く頭を下げると、マギーラにそう言って、店内を見て回りながら待つことにした。
「ロッテちゃんがご所望の胸当てを作るには、レインボーアラクネからドロップする『虹の涙』が三つ以上は必要ですね」
「そうですか。では、冒険者ギルドに依頼を出しておきますわ。材料が手に入り次第、作成に取りかかってもらえるかしら?」
「はい、スケジュールを空けておきますね。ギルドからうちの店に手紙が届くように申し込んでおいてもらえますか?」
「承知いたしました。お願いしますね。では、ごきげんよう、マギーラ姉様」
「ごきげんよう……じゃなくて、ご来店をお待ちしております」
ロッテと呼ばれた少女は柔らかく笑うと、トーリの前を通り過ぎて店の出口に向かった。彼の顔と尖った耳を見た少女は驚いたように軽く目を見張ったが、何事もなかったかのように外へ出て行った。
『貴族のお嬢様もこの店に来るんですね。そういえば、マギーラさんもジェッツ男爵家のお嬢様でしたっけ』
日本で生まれ育ち、身分とか爵位とかに疎いトーリは、誰が相手でも丁寧に振る舞うが、特別へりくだることはしない。
彼は冒険者なので、冒険者ギルドが置かれている国から国へと自由に渡って活動することができて、特定の王家に仕えているわけではない。そのため、貴族に敬意を払うことがあっても、跪き、服従する必要はないのだ。
「お待たせいたしました。こちらがトーリくんの新しいおしゃれな服ですよ!」
「高性能な防具、ですよね」
「そうとも言います」
彼は更衣スペースに行って試着した。
「トーリくんは、冒険者になってまだ間もないのに、ダンジョン入場許可証を手に入れるなんて素晴らしいです。ランクも上がったんですよね?」
「この前の、ダンジョンが変異しそうになった事件での貢献が認められて、Eランクに上がりました。防具が新しくなったらいよいよ十階のダンジョンボスに挑戦して、一階に転移する資格を手に入れたいと思っているんですけど……」
トーリは、フリルをぐぐっと減らした代わりに、艶消し加工をした黒いビーズを刺繍の中に縫い付け、濃い青だが角度によっては虹色の輝きが見られる魔石を磨いて、飾りボタン風に取り付けた真っ黒なブラウスを着て、「これくらいなら許容範囲、かな?」と呟いた。
「そのビーズはカゲイロアライグマの魔石で作られていて、フリルと比べるとやや落ちるのですが、そこそこの付与魔法増幅効果があります。そこに、足りない分を補うためにレインボーアラクネの魔石のボタンも合わせて使いました」
マギーラはナイフを握って動きを確認するトーリに言った。彼は『フリルはどれだけ無敵アイテムなんでしょうか』と遠い目になった。
「その魔石には魔力をチャージする必要があるんですけど、トーリくんから漏れているのを拾って勝手に吸い込みますから、特別なお手入れは不要ですよ。もちろん、自動修復汚染防止加工もしてあります」
「これなら、ミカーネンダンジョンの中層に潜っても大丈夫ですね」
「トーリくんの戦い方は被弾が少ないから、それで充分だと思いますよ。それから、こちらはベルンちゃんへのサービスです」
「いつもすみません」
「いえいえー」
マギーラがリスに手渡したベストは、付与魔法が施された高性能なリス用防具だ。
「す! す!」
トーリの服とお揃いのデザインで作られた黒い刺繍入りのベストを着て、リスは嬉しそうに『可愛い? ねえ、可愛い?』と見せびらかした。




