第98話 なんでリスまで…
「さて、トーリの試験は問題なく合格だな」
「意義なし」
デリックの言葉に、大剣使いのマグナムが片手をあげて賛成した。
「どうする? 戻って正式な許可証をもらうか?」
「待ってちょうだい。確かに戦闘力は申し分ないわ」
意外なことに、リシェルには別の意見があるようだった。
そして、イザベルにもあるようで、トーリの背中にくっついて「もう帰るのか? 早すぎるだろう? まだ試験を続けた方がいいと思うぞ」と駄々をこねていた。
「イザベル、しつこい女は嫌われるわよ。あのね、トーリはソロでダンジョンに潜るつもりなんでしょ? となると、斥候としての技術を身につけていることが必須なのよ。特に罠の見分け方はね。もう少し先に行くと罠が増えてくるから、今から練習しておいた方がいいと思うけど……」
「あ、それはたぶん大丈夫です。僕もベルンも気配察知の特殊技術持ちで、森の中でもずっと展開していたから罠の場所くらいならわかりますし」
「す」
トーリの肩で、ベルンがサムズアップした。
「えっ、本当に? それじゃあ腕前を見せてもらってもいい?」
「もちろんいいですよ」
「す」
というわけで、さらに先へと進むことになった。
イザベルは無表情のまま、喜んでいた。
「落とし穴、発見!」
「す!」
「壁に謎のスイッチ!」
「す!」
「開けると槍が飛んでくる罠!」
「す!」
トーリとベルンが、ふたりだけで魔物との戦いをこなしつつ、完璧に罠を見破っていたので、リシェルは「百歩譲って、トーリの索敵の精度が高いのはともかく、なんでリスまでわかっているの?」とため息をついた。
「あっ、この先の、角を曲がって進んだ所に大きな魔物が潜んでいますよ。ゴブリンっぽいのを連れているから、連携する魔物なのかも。やっちゃっていいですか?」
トーリがリシェルに尋ねると、彼女は「うーん、はぐれ魔物が出ているのかー。ゴブリン以外とは初めてになるけど……デリック、どうする?」とリーダーに尋ねた。
「はぐれは強いからトーリに一当てしてもらい、難しいならすぐにフォローに入る」
デリックは剣を抜き、トーリに「気をつけて行けよ」と声をかけた。
「はい。ベルン、先に爆裂矢で行くね」
「すっ」
彼らは敵の位置を正確に把握していた。忍び足で進んで角を曲がると、トーリはすでに手にしていたエルフの弓で魔力の矢を放った。
すると、爆発音とぎゃっという悲鳴が聞こえた。
「シッ! シッ! シッ! シッ! シッ!」
トーリは矢を連射してからナイフに持ち替えて、ベルンを肩に連れたまま突っ込んだ。
「トーリ、無理するな……って、言おうとしたんだがなあ……瞬殺したかあ……」
彼の後に続いたデリックが声をかける前に、戦闘が終了していた。
地面には、豚に似ているがもっと醜悪で巨大な頭が落ちていて、リスがちっちゃな片手剣でつんつんしている。顔面が半分になっているのは、トーリが放った爆発する矢が命中したからだ。
そして、その周りには喉を切り裂かれたゴブリンが三匹と、頭を射抜かれたゴブリンが五匹、倒れていて、煙になりかかっていた。
「わあ、お見事ね」
「やっぱりオークだったか」
「さすがはトーリだな」
あとから来た三人も、あっという間に戦闘が終わったことに驚いた。
「トーリはエルフの弓を使いこなしているようだ。斥候としての能力が高く、遠距離も近距離もこなす。あと、リスも強い」
イザベルが感心したように言った。
「なるほど、これがオークなんですね」
しゃがみ込んでオークの生首を観察しながら、トーリは「ゲームや小説でよく出てくる魔物ですね。本物に会えてちょっと嬉しいや」とベルンに言った。
「す! す!」
「うん、すごかった。太い首なのに綺麗に落ちたね。ベルンは凄腕の剣士だなあ」
「すっ」
力持ちのベルンが片手剣に大きな首を刺して持ち上げると、こちらも煙となって消えた。そして、ベルンの頭の上にどさりとなにかが落ちてきた。
「すーっ」
下敷きになったリスが文句を言った。
「大丈夫? アイテムがドロップしたみたいだね……あれ? これは真空パックされた、肉?」
トーリがリスの上から持ち上げたのは、ラップのようなもので包まれた豚肩ロース肉の塊だった。
「そいつはすごく美味しい肉なんだぞ!」
マグナムが「運がいいな。これは高く売れるし、食べると美味いし。本当に美味いし」と肉に心を持っていかれた様子なので、トーリは『銀の鹿亭に戻ったら、ジョナサンさんに料理してもらってみんなで食べましょう』と考えながら、マジカバンにしまった。彼は親切なエルフなのだ。
「はぐれのオークがこの階に出ているってことは、この下の地下四〜五階の魔物の密度が異常に上がっているな。オークがいるくらいだから、コボルトも多くいるはずだ」
「コボルト! 群れで出てくる頭が犬っぽい魔物ですね! 行ってもいいですか!?」
「す!?」
エルフとリスが瞳をキラキラさせて見上げたので、デリックは「いいぞ」としか言えなかった。
「誰かがなにか、変なスイッチを入れちゃったのかしらね。迷惑な話だわ」
リシェルは肩をすくめた。
「スイッチですか?」
「うん。その階をモンスターハウスみたいにしちゃうスイッチが、たまに罠とか隠し部屋の中にあるのよ。あと、魔物の強さを変更しちゃうスイッチもある。押さないように、ギルドでも注意してるんだけどなあ。こういうことがないように、斥候の能力を磨いた人がパーティーにひとりいるべきなのよね」
ダンジョンでの失敗は、自分たちが窮地に陥るだけでなく、他人も巻き込んでしまう恐ろしいものなのだ。
「仕方がないわ、わたしたちもお掃除していきましょうよ。幸い浅い階層だけど、弱い魔物だからといっても増えすぎるのはよくないわ。トーリたちには、一応イザベラが付いていた方がよさそうね」
「わたしがフォローする」
「油断しちゃ駄目よ」
イザベルは頷いた。
「あ、イザベルさん、僕に近づく魔物は皆殺し、とかいうのはやめてもらっていいですか?」
イザベルは『皆殺しにしては駄目なのか!?』驚いた顔をしたが、渋々頷いた。




