1話
それは、私があげは学院の生徒になる、ちょっと前の出来事だ。
「服装チェック…スカーフもスカートの丈も…うん、大丈夫!」
鏡の前で学院の制服を着用し、入念にしっかりと整える。そうすれば鏡の向こうには、学院に入学する私の…【姫赤イロハ】の姿ができあがる。
(夢じゃ…ないんだよね……私、本当にあげは学院の生徒になれるんだ…!)
制服の左袖に施された、学院の紋章。
噂によればこの制服を拵えたのは、学院内の裁縫科の生徒たちだと言われてる。それにどれだけの価値があるのか、あげは学院を知る人ならば誰もが理解してることだ。
… … …
「うわぁ〜〜〜ん!こんな調子で眠れるわけないじゃ〜ん!」
我に返れば制服に着られ、自信のなさが浮き彫りになった自分の姿が。
時刻は午後10時。次に日が昇ればあげは学院の入学式が待っている状況だった。
【国立あげは学院】は、並大抵の努力じゃ決して入学はできない超名門校。もちろん、単純に学力で比べたらあげは学院を上回る所はいっぱいある。けれど学力では測れない分野なんてこの世には沢山ある。歌や曲、料理や芸術などがそうだ。
あげは学院はその分野に特化したところだ。"声を届け心を動かす"。その一点を突き詰めて生徒を育むあげは学院に憧れる子どもたちは数知れない。それは国内外すら問わず、知名度でいったら、話題に困ったらとりあえず振ってしまえば盛り上がるくらいだ。
そんな超名門校が建つ舞台は、「才の方舟」「ようせいの国」とも言われる、海を渡る人工都市【あげは町】。
ここに住む人は皆、学院の生徒か卒業生であり、その実力は生徒ですらプロ並み。卒業生に至っては世界各地からオファーが飛んでくるような名匠ばかりとされる。あげは町が海を渡る移動都市なのもそれによるものだ。
そんな町に正式に住まうことになった、これから入学する生徒たちの心境は誰だってこんな風になる…そう信じたい。
「はぁ…ちょっと外の空気を吸ってこよう…飲み物買うくらいならきっと大丈夫…」
制服に少しでも慣れる為にも、私は玄関の扉を開け、夜の町を歩く。新品の革靴も相まって、余計に自分の自信のなさが目立つ気がするけど…慣れていくしかないよね…
「えっと、確か自販機はこの辺に…」
しばらく歩いていると、目的の自販機にたどり着いた。でもなにか光り方がおかしい。まるで何かがへばりついているような…
スマホを取り出し、ライトをつける。
「…んぇ?」
真っ暗な陰を映し出したのは、ちょうど自販機と同じくらいの高さの……
「か…え…る???」
ゲコッ
「ひいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
(なんで、どうしてでかいカエルがこの町に!?確かに夜の町は出歩くなって言われたけど、まさかこんな奴がうろついてるなんて思わないじゃん!)
ギョロッ
カエルが私の方を認識すると、這っていた身体をペリペリとはがれるように自販機から離れ、四つ足で地面に足をつける。道を塞ぐような大きさに加え、音も大きい上に気持ち悪すぎる。私、トカゲとかカエルとかすっっごい苦手なんだけど……
(落ち着け…落ち着くんだ私…!今の所、じっと見つめられてるだけ…メッチャキモいけど、今なら襲われずに逃げられるかも!メッッッチャキモいけど!)
姿勢をそのままに、一歩、また一歩、ゆっくり後退して距離をとる。ある程度距離が取れたら、頃合いを見て全力で逃げるぞ…!
全力逃走まで、あと5歩、4歩、3…
「しーーーっ…」
カエルに意識が向いている私のすぐ後ろで、静止の息が首を伝う。瞬間、後退する私の動きは完全に止まり、思考がまとまらなくなっていく。
えー…ちょーっと今だけは、人に呼び止められたくないかな〜〜〜…
(そのまま、動かないでくださいね。)
そう囁かれ、息を飲むしかなかった。聞いた感じ、私と同じくらいの女の子の声…けれど落ち着きのあるその声に少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
…が、それもほんの一瞬だ。目の前の光景に意識を戻せば、カエルが臨戦態勢に移っていたのだから。
より明確に表現するならこう言わざるを得ない。
そのカエルは二足で立ち、構えをとっている、と!
肩の力どころか、腰が抜けて尻餅をついてしまった。その異様すぎる光景を遮るように、女の子が私の前に回る。その背中に恐れはなく、完全に迎え討つ雰囲気だ。
まさか、どうにかしちゃうの…アイツを?!
「我が力が示すは"幸福"。道行く者達に幸多からんことを…!」
次の瞬間、眩い光が視界を覆う。咄嗟に目を閉じ、顔を逸らして視界を遮るしかなかった。そこで何が起こったのか、見ることはできなかったけど…
再び目を開けられるようになった頃には、既にカエルは仰向けで倒れていた後だった。
「ほ、ホントにどうにかしちゃった……」
「ふぅ…なんとか被害なく退治できましたね。立てますか?見たところ、新しく越してきた人のようですが…」
「あ、ハイ……」
見透かされたような声色に、私はぎこちない返事しかできなかった。感覚を取り戻すかのようにゆっくりと立ち上がるが、足取りがまだおぼつかない…
「肩、お貸ししますよ。…その調子では、お家まで運んだほうが良さそうですね。」
「あっはは…すみません…」
言われるがまま、支えられながら道を示すことになった。もう15歳になるのに、まさか同じくらいの子にこんな形で助けられるとは…流石に恥ずかしいな…
「大丈夫ですよ。新しくここに住まう人はみんな最初、ゲコに対して油断しちゃいますから。誰もが経験することです。そして今回のような事態に備えて、私が予め控えていたというわけです。」
「ゲコ…私からしたら熊同然のカエル野郎だったけど、やっぱり危ないヤツだったのか…」
「ゲコの恐ろしさについてはまた後ほど。その制服なら、また話す機会はあると思いますから。」
「それ…ってことは、あげは学院の…」
「コホン!申し遅れました。私は【浦波 トワ】。国立あげは学院の【魔法科】所属で、魔法少女、させてもらってます♪」
「え……えーーーーっ!?」
(どういうこと?知らないところで、魔法まで扱えるようになってるとか、そんなのアリなの…?)
「まあまあ、魔法科は学院でも特例なので、まず入ることはないと思ってもらえれば…その代わり人よりはゲコに詳しいので、心得はお教えできるかと。」
やっぱり、世界って広いんだな…
だけどあげは学院は、科目としてそこにあれば、たとえ魔法でも人の心を動かそうとしているということになる。
学院の持つ科目はかなり多いって聞くし、それだけでも明日の入学式への不安感が少し拭えたような気がした。
「ここで大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます!後は一人でも大丈夫です!」
「ふふっ、元気が良いですね。…あなたの未来に幸多からんことを。」
優しい月明かりが夜の町を照らしている。トワ先輩に重ね重ねお礼を言いつつ、私は手を振って見送った。
トワ先輩はその足で飛ぶようにその場を去った。
…というか、実際に空高く跳んで帰っていった。
「… … …」
やっぱり広いな、世界って…アハハ…
初めまして。読んでいただきありがとうございます。
拙いながらも、創作を形にすべく、ここで書いていこうと思います。
多少のズレはあれど、週一ペースで更新していく予定です。よろしくお願いします!