鈍感な魔王さま【雇われ魔王×薬屋少女】《3分恋#4》
回復薬の在庫が、足りない。
下の階層の後輩魔女が寿退社し、回復役が消えたのだ。
『コチラ「魔王:グラシス」。外出ヲ要請スル』
返事は「ノー」。
日和が、我の外出に適していないという。
『薬屋のレネ嬢が参りますよ』
氷のベッドへ掛け、本を開いた――が。
事務が頼んだ薬屋は来ない。
100本は頼み過ぎただろうか。
日さえ沈めば、この氷を溶かさず取りに行けそうだ。
『御免』
薬屋の主人の姿はないが、奥で物音はする。
声の方へ向かうと――。
「だ、だずげでっ」
青の炎に包まれた女が、床の上で転がっていた。
「……ッ!」
女の悶える唇をこじ開け、氷の息で塞ぐと――やがて炎は消えた。
「コノ瓶ハ……」
蒼サラマンダーの粉末。
状態異常「高温やけど」を引き起こす劇薬と書いてある。
ぐったりした女を診療所へ預け、自分の階層へ帰還した。
「助カッタ、トハ思ウガ」
眠ることができない。
あの女――レネに触れた時の温度が、今も唇に宿っていた。
「魔王」などと名を与えたのは、人間。
我はただ、力を持つだけの存在。
ギルドに「観察脅威」とされて久しいが――。
人間が柔く温かいものだと知ったのは、初めてだった。
「助けてくれて、ありがとう」
あれから3日。
レネは俯いたまま、薬の山を届けてくれた。
働けるほど回復したらしい。
念のため、触れたことを謝罪しようとしたが。
「……初めてだったんです。アレ」
唇に触れたレネは、逃げ去ってしまった。
嫌われたか――人間に嫌われるのは、いつものこと。
だというのに。
あの熱が、声が、頭から離れない。
「初メテ……ソウ、ダッタノカ」
氷の結晶で編んだ花を抱え、薬屋へ「謝罪」に赴くと。
レネは「お茶を淹れます」と奥へ通してくれた。
小さなテーブルに、向かい合って座ると。
「配達時間に遅れそうで、瓶をひっくり返してしまって」
我が来て助かった――真っ直ぐな瞳に、「嫌われているのでは」という不安は溶けていった。
「でも、あの時の熱が忘れられないんです」
この意味、分かりますか――?
潤んだ視線に、「ノー」と返した。
同じ感覚を反芻した――が、分からない。
「嫌ワレテイナクテ、安心シタ」
「……はぁ」
「ナンダ? 我ハマタ何カ――」
彼女は何かを茶に入れ、飲み干した。
あれは――瞬間、身体が青い炎に包まれる。
なぜ、など考えている時間はない。
氷の息吹を肺一杯に溜め、レネの全身を冷やした。
今度は、唇へ触れないように――。
「ナゼ飲ンダ!」
今のは故意だ。真剣に叱ったつもりが。
レネは満足げな笑みを浮かべた。
「今度はキス、してくれなかったですね」
「ハ……?」
「だって魔王さま、私の気持ちに気づかないんだもの」
魔性の微笑みに、ようやく気づく。
「ソレハ、ツマリ……」
胸に灯る、かすかな炎を自覚した瞬間。
手を覆う氷が、静かに溶けていった。
「……スルカ? 今カラ」
指先を伝う雫を感じながら、呟くと。
顔を背けた彼女の耳が、薄く染まった。