憑いてる
「いやー、まだ6月だってのにクソ暑いな! これ8月とかヤバそうだよなー」
日差しが容赦なく降り注ぐ昼過ぎ。初夏にしては異例の暑さにぐったりとしながら、俺は近所の商店街をあるいていた。
「なあ、優也もそう思うだろ?」
視線の先。俺の隣を歩いているのは、親友の優也だ。口数の少ない静かなやつではあるが、俺はそんな優也と居るのが心地よかった。
「おいなんだよ、そんな暗い顔して。もしかして和樹のことか? まあ確かに、あいつもいいやつだったけど……こればっかりは仕方ないだろ」
吉村和樹。俺たちのクラスメイトだった彼は、1か月ほど前に亡くなった。階段から足を滑らせたとのことだったが、不可解な点も多いらしい。なんでも、「和樹が突然階段に向かって歩き出し、自分から落ちた」というような目撃証言もあるらしい。
それこそ、何かに取り憑かれていたかのように──。
「俺たちは和樹の分まで楽しもうぜ。きっと和樹も、そうしてほしいって思ってるよ」
優也はその言葉に答えることなく、手に持っていたペットボトルを口にする。俺たちは今日も、目的もなく商店街を歩いていた。
「待ちなさい、少年」
突然横から聞こえた声に、俺たち2人が足を止める。声のほうを見ると、いかにも怪しげな老婆が数珠やら水晶やらを売っていた。
「おぬし、憑かれておるぞ」
老婆がそう言葉を続ける。突然の言葉に面食らった俺たちは、少しの間固まってしまった。
「どういう……ことですか」
「そのままの意味じゃ。おぬしには悪霊が取り憑いとる。早く対処せんと、恐ろしいことになるぞ」
老婆が鬼気迫る表情で優也に詰め寄る。どうやら「取り憑いている」というのは優也に向けた言葉だったらしい。
「わしの知り合いの霊媒師を紹介してやる。必要ならばこの数珠も安く譲ってやろう。ほら、近いうちに空いている日を教えなさい」
老婆がそのままの勢いで怪しさ満点の言葉を並べていく。最初こそ気圧された俺たちだったが、今となってはあくどい商売にしか見えなくなっていた。
「おいおい婆さん、さすがに怪しすぎだろ。ほら優也、もう行こうぜ」
「そういう商売でしたら、結構です。失礼します」
そう言い残すと、俺と優也は足早にその場を後にした。老婆はまだ何か言いたげだったが、俺たちはそのまま振り返ることはなかった。
「いやー、それにしてもさっきの婆さん、びっくりしたよなー」
しばらく商店街を歩いたあと。老婆の姿が完全に見えなくなった場所で、俺は優也に声をかけていた。
「ほんと失礼な話だぜ。俺が悪霊だなんてさ。なあ、優也?」
その言葉に返事はない。死者の声は、生者の耳には届かない。
「俺はただ、優也の親友でいようとしてるだけだしな。俺が一番だって、言ってくれたもんな」
「ずっと一番の親友」。俺と優也が交わした、約束。この約束があったからこそ、俺はこうして死んだ後も優也の近くに居ることができている。
あの日の約束を胸に、今日も俺は優也の隣を、いつもの商店街を歩いていく。
「あーでも、あの婆さん面倒くさそうだったなぁ。呪っとくかぁ。和樹と同じように」
これからも、俺は優也の一番の親友だ。