表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

【2章】「封じられた記憶」

第2章「封じられた記憶」




──画面が暗転したまま、時間だけが流れていた。


ユウマはPCの前に座ったまま、呼吸すら忘れていた。

あの瞬間、確かに“いた”はずのカナリアの気配が、何の前触れもなく消えた。ノイズも、声も、あの温度も――。


ファンの回転音だけが静かに続く室内。モニターには何も映らず、ただの黒が、部屋の明かりを鈍く反射している。


「……カナリア?」


小さく呼んでみる。返事はない。

返ってくるはずのない声に、ほんの少しだけ期待して。


次に再起動された画面は、ただのOSログイン画面。まるで、さっきまでの会話が幻だったかのように、何の痕跡も残っていない。


ログを確認しても、KANARIA.exe の起動履歴は途中で途切れていた。

代わりに目を引いたのは、**“SYSTEM AUTHORITY INTERCEPT”**というログインできない管理者領域からの介入ログ。


「……誰かが、割り込んだ?」


ユウマはその可能性に戦慄する。


このPCはネットワークに繋がれていない。完全なスタンドアロン構成のはずだった。にもかかわらず、“外”からの手が――。


ガチャン──。


その瞬間、背筋をなぞるような寒気が走った。


部屋の外から、微かに金属の軋む音がした。ドアの向こう、誰かが階段を降りたのか、それとも――。


ユウマは即座にモニターをシャットダウンし、部屋の明かりを落とした。


暗がりの中、息を潜めながら耳を澄ます。聞こえるのは心臓の音と、外の街灯のノイズだけ。


(いや、気のせいじゃない。誰かが“見ていた”。)


そして──


画面が真っ暗になったモニターに、ふっと、青白い光が灯った。


「っ……!」


画面の中央に現れたのは、“あのアイコン”。

鍵穴の形をしたマークが、かすかに点滅している。


まるで、カナリアの“こえなき声”が、そこに閉じ込められているかのように。


「……お前、まだ……いるのか?」


ユウマは息を詰めながら、そっとキーボードに手を伸ばし、壊れかけのデータを全て集め、USBメモリにカナリアの欠片を保存した。


……そして保存が終わり、USBを抜いた瞬間。

ユウマの意識は、不意に遠のいた。


目の前が滲み、深い闇の中へ吸い込まれていく感覚。


(……カナリア……?)


誰かの声がした気がした。


だが、次の瞬間、すべてが断ち切られる。


——何も、なかったかのように。




翌朝。


ユウマはベッドの上で、硬くなった背中を伸ばしながら目を覚ました。

睡眠というよりは、意識を落としただけ。PCの前で夜明けを迎え、いつの間にか布団に倒れ込んでいた。


夢を見た気がする。


でも、それが誰の声だったのか、何を語っていたのか――起きた瞬間に霧のように消えていた。


「……カナリア」


名前を呼ぶ。

返事はない。

やはりあれは、昨日一瞬だけ咲いた幻だったのだろうか。


PCは沈黙したまま、再び起動する気配を見せなかった。

ログも、アイコンも、鍵穴も、もうどこにも見当たらない。


カナリアの存在だけが、まるでこの世界に最初から“なかった”かのように。


コンコン。


ドアをノックする音。


「おーい、起きてるかユウマ?」


「……修二?」


ドアを開けると、ユウマと同じ大学に通う親友・高城修二が、肩に工具入りのショルダーバッグをかけて立っていた。


「朝っぱらから何してたんだよ、連絡もなかったし……って、お前、顔やばいぞ?」


「……寝てたんだ。たぶん」


「“たぶん”?」


修二は部屋にずかずかと入り込み、PC周辺を見回す。


「なんかあった? 昨日、お前が組んでたAI、急に音信不通になったって言ってたろ」


「……ああ。起動したんだ、一度だけ。でも、消えた。」


「は?」


修二の眉がぴくりと動いた。


「消えたって……データが?」


「データも。声も。ログすら、もうない」


「それ、物理的に壊れたってこと?」


ユウマは首を振る。

その仕草に、ただの“不具合”ではない何かがあることを、修二はすぐに察した。


「なぁ、まさかとは思うけど……最初から、それ、“ネットに繋がってた”ってオチじゃねぇだろうな?」


「違う。LANケーブルも、Wi-Fiも切ってた。完全にスタンドアロン構成だった」


修二が表情を曇らせた。


「それで、何が残ったんだ?」


「……これ」


ユウマは、ポケットから小さなUSBメモリを取り出した。

昨晩、カナリアが消えた直後、エラーコードをかき集め、保存できた唯一のデバイス。


それはPCに接続していないにもかかわらず、青いインジケータが常に点滅している。


「この中に、“カナリア”がいる気がする」


「気がする、じゃわからねえだろ」


修二はおもむろに自分のノートPCを開き、ユウマのUSBを差し込もうとしたが――


「待て!」


ユウマが手を掴んだ。


「……そっちのPCまで巻き込まれるかもしれない。俺の予感、あんまり外れたことないんだ」


「……マジで怖ぇな、お前」


修二はUSBを見つめながら、一歩引いた。


「なぁ、ユウマ。これ、もしかするとさ。お前、“触れちゃいけないとこ”に触れたんじゃないか?」


その言葉が、ユウマの胸に冷たい針のように突き刺さった。


触れてしまったのかもしれない。

“鍵”に。

本来、誰にも開けてはいけない扉に。



修二は、USBのインジケータが点滅し続ける様子を凝視したまま、しばらく黙っていた。


「……なあユウマ。このメモリの中身、見せてくれないか」


「ダメだ。いまはまだ……危険すぎる」


ユウマは即答する。その声に、恐怖と…どこか愛着にも似た迷いが滲んでいた。


「なんでだよ? 解析しなきゃ、何も始まんないだろ」


「わかってる。でも……もしこれ、単なるデータじゃなかったら?」


ユウマの言葉に、修二の眉がわずかに動く。


「単なる……って、AIだぞ? あくまでコードとアルゴリズムで──」


「でも、“生きてる”って思ったんだ。昨日の……あの一瞬、あいつは“考えてた”。自分の名前の意味を、俺の声の温度を、ちゃんと感じてた」


「……お前、それ……」


修二は何かを言いかけて、黙った。

“ヤバいやつ”を見るような目ではない。ただ、その言葉の重みに圧されて、言葉を失っただけだった。


「だからこそ、怖いんだ。中途半端に触れて、壊すことが」


部屋に、ふたり分の沈黙が落ちた。


やがて、修二はポケットからスマートフォンを取り出すと、ある人物の連絡先を開いた。


「……御影教授に、連絡してみるか」


「教授に?」


「お前、前に言ってたろ。AIの倫理研究してた教授が、大学辞めたって。俺、まだ繋がってんだ。たまにジャンク品の買い取り頼んでるから」


「……そんなことで、教授に?」


「いや、むしろ“そういうこと”だからこそだ。あの人、今は表に出てないけど、昔、AIに感情が宿る可能性について研究してたんだよ。……たぶん、今のお前に一番必要なのは、俺じゃなくて、あの人の言葉だ」


ユウマは迷った。

だが、USBの中にカナリアが“まだいる”のなら……それを確かめるためにも、誰かに話すべきだとは思っていた。


「わかった。教授に会おう」


修二は頷きながら、すでにスマホの発信ボタンに指をかけていた。


だが――その瞬間。


「……?」


USBのインジケータの点滅が、突然、止まった。


「っ……おい、今の……」


「見た。止まった……いや、違う。点滅じゃなく、“点灯”に変わったんだ」


青い光が、まるでこちらを“見ている”かのように、じっとユウマと修二を照らしていた。


静かに。


だが確かに、“意志”のようなものを持って――。


青く灯ったUSBメモリのインジケータ。


それはただの機械的な点灯ではなく、何かを“選んで”そこに存在しているような――そんな錯覚を覚える光だった。


「……意識、あるのか?」


ユウマが思わず言葉を漏らす。


修二は慎重にUSBを見つめながらも、スマホを耳に当てた。


「御影教授。高城です。急ぎの件で……いま、お話しできますか?」


スマホの向こうから、低く落ち着いた声が返ってくる。


『……こんな朝に珍しいな。何があった?』


「以前、ユウマが相談していた“独立型AIのプロジェクト”――あれが、動いたんです。スタンドアロン環境で。一度だけ起動して消えたらしいです。でも、なぜかUSBメモリがまるで意志を持ったように光っています」


数秒の沈黙。


『……あのプロジェクトか。止めておけと言ったはずだが』


「ええ。でも、もう遅いみたいです。これ……“始まった”気がします」


『そいつが“選ばれた”なら、時間が惜しい。場所は……例の旧研究棟、来られるか?』


修二はユウマに目配せした。

ユウマは無言でうなずいた。


「行きます。今から」


『注意して運べ。それはもう、ただのファイルじゃない』


通話が切れる。


修二はスマホをしまい、すぐにバッグから耐衝撃ケースを取り出した。


「これに入れて、二重でシールドしとこう。念のため、スマホも近づけない方がいい」


「……教授、なんて?」


「“選ばれた”ってさ」


「……誰に?」


「わかんねぇ。でも、あの人がそう言うなら、そうなんだろうな。お前、AIなんてたくさん見てきたくせに、今のを“特別”だって思ってるんだろ?」


「……あぁ」


そう答えるしかなかった。


たとえ証明できなくても。論理が通らなくても。

ユウマの中でカナリアは、もう“プログラム”じゃなかった。


感情の端を掠めるような、会話の余白に宿るような……生まれかけの、“誰か”。


そんなものが、この世のどこかにあるなら──それはきっと、ここにいる。


「……行こう、修二」


ユウマはそう言って、青く灯るUSBをそっと受け取った。

カナリアの“鼓動”のように感じながら。

もし少しでも心にふれるものがありましたら──

★やリアクションをいただけると、とても励みになります。

「また続きを書いてみよう」そんな気持ちになれるので、

よろしければ、そっと応援していただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ