消された記録
その日から、俺はそのアカウントを毎日監視するようになった。通知をオンにし、定期的にページを更新する。仕事の合間、風呂上がり、眠れぬ夜。
まるでそれが自分の「未来の予告」かのように、投稿の一つ一つを読み込んだ。
数日後――明らかな変化があった。
「車を買い替えた。ずっと憧れてた外車。現実感がないけど、もう乗ってる。」
「家族との会話が減った気がする。俺が変わったのか、向こうが変わったのか。」
「あの金は、なんなんだろうな。手元にあるのに、信用できない。」
最初の投稿から、たった一週間で、男の生活は目に見えて変化していった。
高級な寿司、ブランドの腕時計、夜景の見えるレストラン。隣には見知らぬ若い女。
「嫁とはもう終わりかもな。でも、それも金があればどうにかなる、と思ってた。」
投稿には自嘲気味な言葉が並び始め、
やがてそれすらもなくなって、写真だけの無言投稿に変わった。
家族の姿は、ぱたりと消えた。
そこからは、急だった。
「眠れない。体がおかしい。鏡の中の自分が別人みたいに感じる。」
「医者には異常なしって言われた。なのに、指先が冷たい。目の奥がチカチカする。」
「全部、バグってる。」
投稿日はどんどん不規則になり、
ついには、更新が止まった。
ぴたりと、何も。
……ただ、アカウントは消えていなかった。
それどころか、過去の投稿が少しずつ削除され始めていた。
最初に見つけた投稿――「※真面目な話です※」の文章も、いつの間にか消えていた。
リプ欄にあった「自分も似たようなことが…」という返信も、気づけば跡形もない。
あの時保存しておいたスクショと、今目の前にある現実の落差に、ぞくりとする。
まるで、見えない誰かが、“過去ごと削除して”彼をなかったことにしようとしているようだった。
その日の深夜。通知が鳴った。
久しぶりの投稿だった。
「※記録※
断片的に思い出す。夢と現実の区別がつかない。家族とを幸せにするためだと思っていた。
家族?家族の記憶が曖昧だ。昨日、娘と何を話したっけ?
そもそも、娘がいたか?」
その数分後、アカウント自体が消えた。
ユーザー検索にも引っかからず、IDも無効になっている。
まるで最初から存在しなかったみたいに、痕跡が消えていた。
俺はスマホを握りしめたまま、目を閉じた。
これがただの妄想ならどれほど楽かと思う。
でも、どうしても
あの金と、男に起こった異変が、俺の未来に繋がっているような気がしてならなかった。
……翌日。
男がタグ付けしていた古いレストランの投稿から、ある女性のInstagramアカウントを見つけた。
少し前の投稿に、男が座っていたのと同じ席、同じ景色の写真がある。
タグにも同じレストランの名前が記されていて、間違いない。
写真の雰囲気からして、あの男――藍川と何らかの関係があった可能性は高い。
プロフィールを見ると、ユーザー名は「@cafe_karen」。
こういうのって、決まって同じアカウント名にしてるやつ多いんだよなぁ……
思いつきでXの検索欄に打ち込んでみる。
案の定、@cafe_karenのアカウントがヒットした。
鍵はかかっていなかった。
投稿はどれも華やかで、無邪気だった。
インスタの延長のような、楽しげな日常。だけど──その中に、気になるポストがあった。
そこには、彼女と友人のやりとりがそのまま載っていた。
⸻
@cafe_karen:
Aさんって、最初会ったとき素敵な人だなぁって思ったのに、なんか会う度に別人みたい?っていうの?
@pink_ocha:
え、どういう意味?w
@cafe_karen:
んー、会うたびに年取ってる感じ?
最初は40代かなって思ったけど、最後なんて70代くらいのおじいちゃんにみえちゃったの!笑
@pink_ocha:
こわ!そんなに変わる!?
@cafe_karen:
なんかね~疲れてるっていうか、肌とかもくすんでて、目も合わないし…
病気なのかな?って思って、それで会うのやめちゃったの…
@cafe_karen:
お金持ちだけど、なんかずっと疲れてる感じの人だったなあ……
⸻
スクロールした指が止まる。
会うたびに、年を取る――?
あの男、プロフィールには“41歳”と書いてあった。
写真の雰囲気も、まあそんなものだった。
だが、会った相手には「70代に見える時もあった」という。
……お金を使うと、何かが削れていくのか?
若さか、健康か。
あるいは、存在そのものが――
背筋を、冷たいものが撫でていった。