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霧の谷を越えし天空の橋

霧に包まれた谷を抜けると目の前に現れたのは、果てしない雲海の上を架かる結晶の橋。

道中、霧は心の迷いを映す魔霧として二人を襲い、リゼットは双子の幻影と対峙する試練を乗り越えた。

第10章では、氷の精霊を退け、鍵が沈黙する中で絆を強めながら、ついに天空の橋梁を目の当たりにします。

――安息の島の緑深い小道を抜けると、一転して霧の谷へ続く細い山道が現れた。

木立の間を朝霧がゆっくりと立ち込め、苔むした岩肌を白い靄が絡みつく。足元はぬかるみ、小川のせせらぎと鳥のさえずりがかすかに響く。


リゼットは振り返り、安息の島の木立を名残惜しそうに見つめた。

「ここで得たものを胸に…進まないと」

胸に抱えた鍵の紋章が、わずかに熱を帯びる。


カインは優しく肩を叩き、微笑を浮かべた。

「行こう。霧の谷を抜ければ、あの橋が待っている」

その言葉を背に、二人は足を踏み出した。


――霧の谷に足を踏み入れると、濃い霧はまるで生き物のように襲いかかってきた。

視界は前方わずか数歩先までしか見えず、足元の岩はぬかるみ、踏み外せば滑落する恐怖が張りつめる。


「…見えない」

リゼットは手探りで岩壁を伝いながら進む。霧は古より旅人の心の迷いを映す魔霧として恐れられ、この谷に入った者は自身の不安を幻影として見るという。


やがて、リゼットの目の前に、自分そっくりの双子の幻影がふわりと現れた。

――髪型も顔立ちも声色も自分そのもの。幻影は囁く。

「本当にこの道を行きたい?」


リゼットの胸は凍りつくほど高鳴り、足が一瞬すくんだ。霧の魔力が彼女の不安を増幅させている。


そのとき、背後からカインの低い声が響いた。

「揺れるな、俺はここにいる。君は一人じゃない。真実を見失うな」


リゼットはつぶやくように答え、拳を固める。

「ありがとう、カイン。行く」


幻影が消えると同時に霧のざわめきが高まり、リゼットは意を決して霧の中へと再び足を踏み出した。


――霧の奥で、岩間から凍るような清水が音を立てて湧き出す小さな泉を見つけた。泉の水面は鏡のように澄み、その映り込みはリゼット自身の姿をどこか凛とした光で満たしていた。


リゼットはそっと膝を折り、水面に手を差し入れる。氷の冷気が指先から背筋を駆け抜け、思わず息を呑む。目を見開くと、泉を囲む氷結した岩塊が不意に軋むように震えだした。凍りつくような静寂が訪れ、霧が一瞬だけ収束した気がした。


「気をつけて!」

カインの叫びとともに、氷結の壁から小型の氷の精霊――氷結の守護者の断片ともいえる結晶――が飛び出した。細長い結晶の槍を次々と投げつける。


カインはリゼットを抱きかかえながら剣を構え、冷たい鋼の刃で氷の槍を砕く。氷の破片が岩床に散り、コツコツと音を立てる。薄い霜が舞い、肺が締めつけられるような凍える空気が二人を包む。

「ここは俺が受け止める!」


リゼットは鍵を胸に押し当てようとするが、この谷の魔力で鍵は一時的に封じられており、青白い光はほとんど放たれない。微かに震えるだけだった。


「なぜ…?」

困惑したリゼットがつぶやく。


カインはそっと囁いた。

「この谷の魔力で鍵は封じられている。だが、俺たちの意志はまだ折れていない…!」


カインは氷の精霊を背後へ押しやりながら、リゼットを抱えて通路を駆け抜ける。壁の隙間から新鮮な空気が流れ込み、精霊はその冷気に触れて次第に溶け、消えていった。


二人は息を荒げながら通路の先にたどり着く。リゼットは胸を押さえつつ安堵の笑みを浮かべた。

「鍵は…無事みたい」

カインは笑みを返し、そっとリゼットの額に手を添えた。

「よかった。さあ、次の手掛かりが祭壇にあるはずだ」


――霧に閉ざされた通路を抜けると、背後で霧が音もなく押し寄せ、二人を静寂の檻に閉じ込めるように視界を奪った。


目の前がぱっと開けると、そこには青白く光る巨大な橋梁が姿を現した。

橋は結晶の床でできており、雲海の上に真っ直ぐ伸びている。空気はひんやり澄み、橋を吹き抜ける風が金属音のように鋭く耳を打つ。


橋の欄干は低く、床には小さな亀裂や段差が点在し、一歩踏み外せば雲海へ転落しそうな危険が漂う。二人は入口に立ち、足元の結晶床がわずかにきしむ音に息をのんだ。


リゼットは足の震えを抑えながら、鍵を胸に押し当てて囁いた。

「これが…天空の橋?」


カインは肩越しに視線を巡らせ、眉間に皺を寄せて言った。

「集中しろ。橋の床は一部が脆く、風も強い。足を置く場所を確かめながら慎重に進むぞ」


二人は互いに頷き合い、結晶の床を一歩ずつ踏みしめて進み始めた。風は冷たく鋭く、リゼットの髪を吹き乱す。床に亀裂が走る音や、雲海のざわめきが胸の鼓動と重なり、脈打つような緊迫感を生んだ。


――橋の中ほどまでたどり着くと、床下に広がる雲海が真下に迫り、視線を戻す余裕はなくなった。


その中央に、小さな浮島状の遺構がぽつりと浮かんでいた。そこには祭壇のような円盤が置かれ、表面には鍵紋章が鮮明に彫られている。背後の霧の谷が薄く霞み、遺構はいっそう神秘的に浮かび上がった。


リゼットは息を呑み、足を止めたまま囁いた。

「これが…次の鍵の手掛かり?」


その瞬間、遺構の中心からかすかに聖歌を思わせる低い歌声が響き渡った。結晶床の裂け目から青白い光が漏れ、遺構全体がほのかに揺らいだ。


カインは息を呑み、剣を構えつつもリゼットを庇い、囁いた。

「この歌声は…まるでここを祝福しているようだ」


リゼットは目を見開き、震える手で遺構の円盤に近づけた鍵をそっとかざす。鍵紋章が触れ合う瞬間、遺構全体は淡い青白い光に包まれ、光の輪が円盤の周囲を満たした。


その輝きの中で、祭壇のいくつかの亀裂から新たな古文断片が浮かび上がった。


――「天空を渡りし橋を越えし者、光の核を手にせよ」


リゼットはその言葉を見つめ、カインは地図を取り出して確認した。

「この言葉…地図に描かれた先の浮遊島と一致する。あの島で“光の核”を探そう」


リゼットは鍵を力強く握りしめ、決意をこめて宣言した。

「行きましょう。光の核を手に入れなければ」


カインも真剣な眼差しで頷き、二人は遺構を後にして橋の先へと歩みを進めた。

雲海の彼方には、かすかに浮かぶ次の浮遊島が見え、その姿はまるで約束された冒険の先を示しているかのようだった。

ご閲読ありがとうございます!

霧の谷の幻影と氷の守護者を越え、リゼットとカインは雲海の上に架かる天空の橋を発見しました。

橋の中央に浮かぶ遺構で響いた聖歌と輝きが、新たな古文断片──「光の核を手にせよ」──をもたらしました。

次章では、浮遊島へと続く橋を渡り、光の核を求める冒険が本格的に始まります。ご感想やご意見をお寄せいただけると幸いです。次回もどうぞお楽しみに!

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