崩壊の余韻
廃墟と化した王都アレシアン――その瓦礫の山の中に、一振りの銀色の鍵が眠っていた。
運命に翻弄された少女リゼット・クロノは、この“黎明の鍵”との出会いによって、ただの見習いギルド士から世界を揺るがす存在へと駆り立てられる。
彼女の胸に去来するのは、愛する家族を奪われた痛切な記憶と、それを乗り越えんとするかすかな希望。
第1話では、その“鍵”がもたらす小さな奇跡と、背後に忍び寄る影の片鱗をお楽しみください。
――朝靄の向こうに、かつての王都アレシアンはもうなかった。
淡い橙色の陽光が、灰色の瓦礫の山をぼんやりと照らしている。
床に散らばる家族の写真は砕け、折れた剣が無造作に横たわる。
そこに佇む少女――リゼット・クロノ(17歳)の細い背中だけが、静かに震えていた。
「……ここが、私の家だったところ?」
――あの日の記憶は、いつも断片的にしか蘇らない。
両親と笑い合った温かな夕暮れ。
そのすぐ後に轟いた爆音と、まばゆい閃光。
幼いリゼットは、何もかもを奪われた。
手袋をした指先が、小さく震える。
「どうして、私だけ……」
胸の奥でこみ上げる後悔と寂しさが、声にならない呻きとなってこだました。
――そのとき、瓦礫の下からわずかな金属音が響いた。
かすかに漂う蒸気の香り。
リゼットは音のする方向へ、恐る恐る一歩を踏み出す。
「ん……?」
細い背を丸め、瓦礫をどかすと──
そこには、ひんやりとした感触の小さな金属片があった。
古びた銀色の鍵。全長は手のひらにすっぽり収まるほどだが、見慣れない文字のような刻印と、繊細な蒸気管を思わせる細工が施されている。
――鍵を拾い上げた瞬間、リゼットの胸に低いうねりが走った。
彼女が握るたびに、鍵の表面が淡く輝き、微かな声が囁く。
「開けよ……」
思わず息を呑み、リゼットは握りしめた鍵に視線を落とす。
冷たく硬いはずの金属が、彼女の掌に吸い込まれるように馴染んでいく。
「これは……何なの?」
問いかけるように鍵を見つめると、次の瞬間、目の前の瓦礫の一片がふわりと宙に浮いた。
時間の流れが、一瞬だけ止まったような―― リゼットにはっきりと感じた。
「えっ……!?」
驚愕と畏怖で声が震える。瓦礫はゆっくりと元の位置へ戻り、そこにあったはずの異変は何事もなかったかのように消えていった。しかし、リゼットの心には確かな刻印が残っていた。
――“時間を、手の内に収めた”という感覚。
その重みとともに、彼女の瞳に淡い決意が宿る。
「……これが、私の運命なの?」
そう呟いた刹那、リゼットの背後、瓦礫の陰から黒い影がゆらりと動いた。
フードを深く被った人物のシルエット。背中には一枚の黒い羽根が垂れる。
低い声が、砂埃の中にこだました。
「見つけたぞ、クロノキーの持ち主よ……」
リゼットはぎゅっと鍵を握りしめ、瓦礫の廃墟を見渡す。
“黎明の鍵”──それが、少女の新たな旅立ちのしるしだった。
お読みいただき、ありがとうございました!
リゼットが瓦礫の中で拾った銀色の鍵――そのひんやりとした謎めいた感触には、どんな秘密が宿っているのでしょうか?
鍵の囁きとともに浮かび上がった“時間を止める”異変は、物語の入口に過ぎません。
次回は、リゼットと不思議な鍵を追う“あの影”の正体が少しずつ明らかになります。ぜひお付き合いいただければ幸いです。
感想やご意見をいただけると、執筆の励みになります!それでは、次回もお楽しみに。