処刑
処刑は午後の三時に行われた。
空は快晴。風も少なく穏やかな天気だ。
その『偽聖女』は頭に白い袋をかぶせられて民衆の中に姿を現した。
ほこりで薄汚れた白いワンピースドレスに頭にかぶせられた袋からわずかに覗く水色のゆるく巻かれた髪。両手は後ろ手に縛られて衛兵に前後を挟まれた状態で彼女はゆっくりと裸足で歩く。
広場に集まっていた人々は皆口々に怒声をあげる。
流行病のせいで酷い目にあった彼らは盲目的に彼女が『呪い』の根源なのだと信じていた。
幾人かは疑う者もいたが、その人物達はみないたたまれなさそうに目を伏せるかこの場にはおらず、声は上がらない。
その処刑台の近くにしつらえられた高台には貴族達が見物する席が急ごしらえで作られており、その中には王族や新聖女アイリーンの姿もあった。
ゆっくりと歩く『魔女』は処刑台の上までたどり着くと、その場に跪かされる。
彼女の頭上には、巨大なギロチンの刃が待ち構えていた。
「これより、我らが国リジェル王国に呪いをかけた魔女、エレノア・ホワイトの処刑を執り行う」
処刑人の声と同時に喧噪が静まる。
それを確認してひとつ軽くうなずくと、彼は再び声をはった。
「魔女エレノア、最後に何か言い残すことはあるか?」
その声とともに魔女の頭にかけられていた布袋は取り払われた。
桃色の唇がつり上がる。
「なにもないよ」
その彼女の姿に人々はどよめいた。
みんな、魔女エレノアは処刑におびえていると思っていたからだ。
しかしどうだろう。
真っ白い顔は薄汚れていても整っており、サファイアの瞳は涙どころか愉快そうに周囲を見渡していた。
唇は蠱惑的に微笑んでいる。
跪かされてもなお、彼女はまるで自分が聴衆かのように、なにかを見物するかのような気楽さでそこにたたずんでいた。
その態度に処刑人が顔をしかめる。しかしすぐに自身の役割を果たすべく、彼は手を上げた。
ギロチンの刃を支えている縄に、その合図で切るための斧が当てられる。
「最後に釈明でもすればいいものを」
処刑人がそう忌々しそうに吐き捨てるのと、
「釈明? そうだねぇ」
エレノアがそうつぶやき、ギロチンが降りるのはほぼ同時だった。
周囲に鈍い音が響き渡る。
しかし血しぶきは上がらず、そもそもそれはとても不自然な音だった。 ギロチンの刃は、魔女の首に当たる寸前でちょうど止まっていた。
「……え? ……は?」
戸惑う処刑人をよそに、エレノアの両手を縛っていた縄が不自然な音を立ててちぎれる。
そして肝心のギロチンは音を立ててゆっくりと二つに割れた。
そのありえない光景になにも言えない周囲をおいて、彼女はゆっくりと立ち上がる。
日の光の中、誰よりも高い場所に立って、彼女はのんびりと髪をかき上げてみせた。
「愛せなくてごめん」
彼女がそう言うと同時にその背後からは燦然とした光が放たれ、人々の目を焼いた。
花子は自分の背後に現れた存在を振り返った。
周囲はその存在の登場になにも言えず固まっている。
まばゆいほどに真白くまっすぐな髪に真っ白な頬。その白さゆえに影すらも青く、全身が発光しているような錯覚を覚える。
その瞳は不思議な虹色の虹彩で輝いている。
「女神様……」
そうつぶやいたのは一体誰だったか。
女神信仰の強いこの国だ。女神の容姿は知れ渡っている。
女神アリアは雪のように白く、そして虹の目を持っているのだ。
そう、アゼリアで出会った野良女神、フーリアと同じ色を。
二人の違いはその顔立ちと髪質くらいのものだろう。
しかしそのような些細な違いを直接女神に会うことのない人々が知っているわけがない。
これが花子の提案した作戦だった。
すなわち、『女神乗っ取り作戦』である。
ロランはあの時、復讐の方法として『女神アリアの信仰をなくしてしまえば』と提案した。
しかしそれは非常に難しい。
長い年月とともに、それこそほぼ建国と同時に発生して信じ続けられてきた信仰だ。それを消滅させるなどそれこそ花子が生きている間に可能だとは思えない。
ではどうすればいいのか。
女神アリアへの信仰をそのまままるっと余所に移してしまえばいいのだ。
幸いなことに女神の名前は実はおおっぴらには伝わっていない。女神の名前を口にするのは不敬であるとの文化のせいだ。
もちろん書物には記載してあるがそれは一般に普及する聖書には書かれておらず、名前が書いてある書物はそれこそ教会や王宮で厳重に管理されている。
つまり、女神教の信仰先はその容姿でしか語られていないのだ。
そこに実体と名前を与えてしまえば。
これまでの信仰がまるっとアリアからフーリアへと移るのではないかと考えたのだ。
そこで花子はロランに頼んでフーリアのことをアゼリアからリジェルへと連れてきてもらった。
ちなみにフーリアは二つ返事で了承したらしい。それはそうだろう。
信仰により力の強化を図りたいと考えいたフーリアにとっては渡りに船の話だ。
そうして今、花子やロランなど数人によるなけなしの信仰の力を使い切ってギロチンを止め、女神フーリアは降臨したのである。
ちなみに近くに居る花子にはわかる。彼女は今肩で息をしている。
ギロチンの破壊と縄の切断、そして全身から光りを放ちながらの降臨は想像以上に彼女にとっては負担だったようだ。
今の彼女は発光する力も残っていないのか、その見た目のおかげで発光しているように見えているだけである。
しかしそれだけでも威力は十分だったようだ。
花子のことを処刑しようとしていた処刑人達は恐れおののくように後ずさると跪き、それに習うように我に返った人々は皆手を合わせ始めた。
「うーん、なかなか良い気分だね-」
その光景を見てフーリアがつぶやく。
その脇腹を花子はつついた。そして視線で訴える。
『打ち合わせ通りにやれ』と。
それにフーリアははいはいとうなずくと両手を挙げてみせた。
「みんなー、はじめましてだよー! わたしは女神フーリア!」
その女神の緊張感のない声に皆戸惑いつつも耳を傾ける。
「きみ達の国に長く祝福を与え、そしてここにいる聖女エレノアに恩寵を与えし者だ!」
その言葉と同時にふいにフーリアの身体が再び発光し始めた。
(信仰が……)
彼女の言葉を信じた人々がフーリアが本物の女神だと信じ始めたのだ。
それに気をよくしたのか彼女はにやりと笑った。
「今回のこと、わたしはひっじょーに残念に思うよー。この国に病が蔓延することを防いでいた聖女エレノアを無実の罪で追放し、その結果としてこの国に厄災を招きこんだ。それだけならわたしもなにも言わなかったけれど、その上さらにエレノアに『呪いをかけた』なんて濡れ衣を着せて処刑しようとするなど……」
彼女の両手から光りが放たれた。それは空を貫きやがてそこに黒い雲を生む。徐々に徐々にそれは空を覆い、やがて晴れ渡っていた空は真っ暗に染まった。
そして雷が鳴り響く。
「ちょっとおいたが過ぎるよー?」
その言葉と同時に落雷が落ち、それは広場の背後に見える王宮の屋根を貫いた。
その音と威力に人々は身をすくめる。
(すごいな……)
さすがは女神アリアに捧げられてきた信仰の力である。とんでもないものをうさんくさい女神に与えてしまったというやってしまった感はあるが、そもそもアリアにあったところでそれはあまり変わらない。
アリアもたいがいアレな女だ。
周囲の人々は皆なにも言えずその光景を眺めることしかできなかった。
ーーただ一人を覗いては。
「な、なんでよ……っ!!」
その怒鳴り声は空間を引き裂いた。
視線を向けるとそこには質素な白いドレスに身を包んだ少女がいる。
アイリーンだ。
彼女はそのピンクブロンドの髪を髪になびかせ、紫色の瞳を驚愕に見開きながらも、しっかりと両足で立ち上がり声を放った。
「あんたは女神に見捨てられたはずでしょうっ!? そう言ってたじゃない!!」
その発言は風と雷の音にかき消され、処刑台の下にいる人々には聞こえていないようだ。
しかし同じ高さに立つ花子にはしっかりと届いた。
花子は微笑む。
「そうだったんだが、そうじゃなくなったんだ」
「なによそれ……っ! 意味分かんない……っ!!」
彼女のその叫びと同時に、突如頭上に光が差した。
ぎょっとして見上げると、フーリアがもたらした暗雲が急速にその範囲を縮め、螺旋を描きながら消え去るところだった。
「これは……」
見つめる先でそれはみるみると進行し、やがて空は雲一つない晴天へと戻る。
「フーリア、これは一体……」
振り返った先で、
「奴だ」
フーリアは真剣な瞳で前方を睨んで告げた。
前方、すなわち聖女アイリーンの立つ場所だ。
慌ててそちらへと視線を戻す。その途端にアイリーンの背後で光が生まれた。
その光は小さな丸から始まると徐々に縦長になり、やがて人の形をとって収束する。
真っ白い波打った髪に真っ白な頬、そして鋭くこちらを睨む虹色の瞳の女性。
「女神アリア」
「よくもやってくれたわね、エレノア」
花子の見つめる先で、女神アリアはそう忌々しげにつぶやいた。





↓こちらで電子書籍版販売中!