婚約破棄②
「よいしょっ」
「おっ!?」
その時かけ声とともに身体を投げ出されてエレノアは声を上げて周囲を見渡す。
てっきりそのままパーティー会場だった王宮から放り出されるだけかと思っていたら、準備よく待機していた馬車へとそのまま押し込まれてしまったようだ。
馬車の床に膝をついて座り、エレノアはぽかんと口を開ける。
「え、どこ行くの?」
「え、さぁ……。我々は馬車に運ぶよう言われていただけなんで」
とんだお役所仕事である。エレノアは座席に手をついて立ち上がると馬車の御者に声をかけた。
「どこ行くの?」
「えーと、なんかアイゼア王国との境目の森に捨てるよう言われてます」
「そうか。荷物をとってきたいんだがいいかい?」
「もちろんだめです」
エレノアはちょっと考え込んだ。そして尋ねた。
「ほんのちょっとも?」
御者もちょっと考え込んだ。しかしすぐに首を横に振る。
「いやー、ちょっとそこまでのチップはもらってなくて」
「わたしが寄り道分の追加料金を払うよ」
「いやちょっとそれは……、注文以外のことをするのは信用問題にかかわっちゃうんで」
「……こんな仕事請け負うわりにはしっかりしてるな、君」
「へへ、どうも」
御者の男は照れたように笑った。エレノアは悪あがきを諦めて馬車の後部座席の背もたれへと寄りかかった。そしてふんぞり返ると前方をびしっと指さす。
「よしわかった、出発してくれ」
「いやー、お嬢さん、自分の立場わかってる?」
「もちろん。これから森に捨てられに行く身の上だ」
「もうちょっとしおらしかったら捨てられなかったかもなぁ」
「それにはおおいに同意いたします」
その時、二人の会話に第三者が割り込む。聞き覚えのあるその声にエレノアが視線を向けると馬車の扉の向こうにはやはり見覚えのある姿が立っていた。
「しかししおらしいお嬢様というのはもはや私の知るお嬢様ではありませんね」
「ケイト」
「お供いたします」
そこにはブラウンの髪に薄桃色の瞳をした側付きの侍女、ケイトがいた。彼女は小さなトランクを馬車の中へと投げるように入れるとそのまま衛兵達の制止を無視してずかずかと馬車の中へと乗り込んできた。
「おやまぁ」
「御者様、寄り道は難しくともこの場で一人追加されてしまうのはかまわないのでは?」
「いやー、でも運ぶのは一人って……」
それにケイトは瞳を閉じると静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。私、言い間違えてしまいました」
「うん?」
「馬車の中に虫が勝手に入り込んでしまうのは致し方のないことではないでしょうか?」
「虫?」
「ええ、虫です」
ケイトはそう大真面目にうなずくと、自身のことを指さしてみせた。
「……、ずいぶんとでけぇ虫だなぁ」
御者の男は呆れるように言った。
「ええ、でも大きくともただの虫です」
ケイトもそれに負けじと淡々とうなずいてみせる。
彼は根負けしたようにため息をついた。
「しかたがねぇ、確かに寄ってくる虫を追い払うのは俺の仕事じゃねぇしな」
「ありがとうございます」
礼の言葉とともにケイトはあっさりとエレノアの向かいの席へと収まった。その二人のやりとりをエレノアは釈然としない気分でエレノアは眺める。そして御者へと声をかけた。
「なんだかわたしの時より態度が優しくないかい?」
「いやぁ、追い出される主人に付き従いたいっつー気概のある侍女さんに味方したくなるのが人情じゃねぇか?」
エレノアは眉を寄せて考え込む。
「追い出される主人のわたしには味方したくならないのかい?」
そう尋ねてくる彼女のことを残念なものを見るような目で見つめて御者は言った。
「なんっか可愛げがねぇんだよなぁ」
それに同意するようにケイトは無言でうんうんとうなずいている。
エレノアは憮然とした。
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