女傑サンドラ
「ハナコ様、こちら、薬草の準備ができました」
「ありがとう」
にこり、と笑って花子はそれを確認した。声をかけてくれたのはこの治療院を取り仕切ってくれている年配の女性、サンドラだ。彼女は普段は主婦をしているそうだが、町でもそれなりに顔の利く女性らしい。
治療院に勤めてくれる人員を募集した際に一番に応募してくれた女性だった。
赤みのかかった茶髪をお団子にまとめた彼女は治癒術師の白いローブを今は身にまとっている。その顔には優しげな微笑みを浮かべているが……、
(基本的にわたしのそばにいたがるんだよなぁ)
こちらが怪しい行動をしないか、それを見られている気がする。
そしてその視線は彼女からだけではない。花子がこの町を訪れてからずっと、そしてこの治療院の中でも様々な角度から感じていた。
(まぁいいか)
とはいえ仕事ぶりにはなにも問題はない。彼女は非常に気が利いてそして理由を説明すれば指示通りに動いてくれる人である。元々記憶力がよく聡明なのだろう、仕事の飲み込みも早い。
何が目的だろうと適切に動いてくれるならばありがたい。
彼女の首元には小さな猿がいた。目が大きいその守護精霊はメガネザルによく似ている。主人と同じ黄色い瞳がぎょろりと花子の一挙手一投足を見つめていた。
ちなみにロランは仕事があるとのことでレスターと共に帰ってしまった。
花子は静かに目を閉じる。
「知らなかったな……」
「はい?」
不思議そうに首をかしげるサンドラに花子は目を開くと静かに告げた。
「注目されるのが意外に嫌いじゃない」
「は?」
「むしろ視線が心地よい。わたしはこんなに自己顕示欲の強い人間だっただろうか?」
胸に手を当ててほぅ、とため息をもらす。
「お嬢様、お薬の確認をお願いします」
意味がわからないというように口を開けたサンドラに代わり、ケイトが薬を目の前にずいずいと差しだして話しをぶった切った。
そのまま花子に目線で訴えかけてくる。
『監視されている時にふざけたことを抜かすな』と。
叱られたので仕方がなく花子は神妙な顔を作ると薬を手に取った。
「……よくはわかりませんけどねぇ、でもこの町に余所から人がくるのは珍しいですから。それで注目されてるんじゃないですかねぇ」
サンドラは困ったように頬に手を当てて微笑む。
それにふふ、と花子も薬の調合を行いながら笑い返す。
「なるほど。まぁよそ者と美人が注目を集めてしまうのは世の常だ。悪い気はしないよ」
「まぁまぁ、それはよかったわ。確かにハナコ様はめったに見ないべっぴんさんですもの。ヴェールで顔を隠しているのがもったいないくらい」
にこにこと彼女も会話を続ける。
「そういえばあたしは会ったことがありませんけどエレノア様もとてもべっぴんさんだって評判ですよ。なんでも美しい青色の瞳に水色の髪をした方だとか。あら、ハナコ様とそっくりねぇ」
花子は調合の手を止めて彼女の顔を見た。彼女もその黄色い瞳でにこにこと笑顔のまま花子の顔を見る。
花子は普段『白い魔女』の格好をしている時にヴェールを取ることはない。つまり彼女の前でヴェールを取った覚えがない。
それなのに『べっぴん』と言った上で髪の色はともかく瞳の色まで言い当ててくるとは。
「君は諜報員かなにかかな?」
「あらあらまぁまぁ! そんなわけないじゃありませんか! ここは田舎の町ですからねぇ、噂が回るのは早いんですよ」
にこにこと彼女は笑顔で告げる。
(なるほど)
花子が思っていたよりも、彼女は『優秀』な人物のようだ。
この様子だと花子とエレノアが同一人物であることも彼女は知っているのだろう。
花子は、ふ、と微笑んだ。
「エリスフィアは良いところだな」
「え?」
「勤勉で領主思いの人が多い。良い町だ」
きょとん、と彼女は目をしばたたかせたが、すぐにその黄色い瞳を優しげに細めた。
「そりゃあそうですよ。ロラン様は領民思いの方ですからね。思ってくださる方を思いやるのは当然のことでしょう?」
「うん、素晴らしい。それを当然と思っている君もロランも素晴らしい人物だ」
「そんなロラン様の病を治してくださって、感謝しているのですよ」
今度は花子がきょとん、と目をまばたく番だった。彼女は優しげに目を細める。
「あら嫌だわ、あたしったら。そういえばまだちゃんとお礼を言っておりませんでした。ありがとうございます。あなたのおかげでロラン様もこのエリスフィアも救われました」
黄色い瞳が、まっすぐに花子のことを見つめる。その重さに花子の胸は詰まる。
「ありがとうございます」
「いや……、わたしはただ自分の仕事をしただけで」
「『仕事』。ええ、とっても素敵な『仕事』だわ。できればこのエリスフィアの恩人であるあなたのことを疑いたくはないのだけれど」
にっこりと彼女は微笑んで花子に手を差しだした。
思わず花子はその手をとってしまう。
「これからも感謝させてください。仲良くさせてくださいね、ハナコ様。あたしもあなたに素直に恩返しをしたいし、素敵なお仕事を手伝わせてもらいたいの」
「…………、努力しよう」
「ええ、お願いいたしますね」
ぐっと強く強く手を握られる。その強さに、手の温度に本気でそう願っているのだと思い知らされる。
(ここまで……)
この世界に転生してから、花子とここまで真剣に向き合ってくれる人は多くなかった。リジェル王国ではケイトだけ。それがこのエリスフィアに来てからはロランをはじめずいぶんと真っ直ぐにぶつかってくる人だらけだ。
みんな真剣に真っ直ぐに花子という人物を見てくれている。
花子の言葉を、やることを、その気持ちを見ようとしてくれている。それは監視の意味だけでなく、配慮して思いやってくれているということでもある。
(日本ではどうだったっけ……?)
あった気もする。しかしそれは遠い記憶だった。日々を仕事に忙殺されて、人ときちんと向き合えていたかどうか花子は思い出せない。
少なくともこの世界に転生してからの花子は、ずいぶんと自堕落に生きていた自覚がある。
会話をちゃかしたりふざけて誤魔化すようになったのはいつからだっただろう。自分のやりたいことばかりに夢中になって話し合う努力よりも効率を重視するようになったのは?
自分は医療従事者であるという誇りだけを大事に抱えて生きてきた。
(それはきっとこれからも変わらない)
それがこの世界に転生してしまった花子のアイデンティティで生きるよすがだ。
そのちっぽけなプライドひとつだけでも抱えていれば、花子は誰に何を言われてもそれだけを大事に歩くことができた。
(感情が痛い)
それを揺るがされそうな強い感情を向けられて心が震える。
(わたしには、関係がないはずだ)
誰が救われても。誰が何を考えていようと。
花子の行動による周りの人の心の動きなど。
人の心と向き合うのが恐ろしい。その気持ちに花子は蓋をした。
ゆっくりと手を離す。強く握られていた手がしびれているような錯覚を覚えてもう片方の手でさする。
その様子に何を誤解したのか、サンドラはなだめるように口を開いた。
「まぁまぁ大丈夫ですよ。今のところエレノア様も花子様もこのエリスフィアのために活動してくださってるって評判は上々です。あたしの目から見ても不審なところはありませんわ。今のところ」
「『今のところ』……」
「ええ、『今のところ』」
二回も強調して言われた言葉に聞き返す。彼女は悪びれもせずににっこりと笑ってうなずいてみせた。
彼女を敵に回すのは分が悪そうだな、とその笑みをみて花子は悟った。





↓こちらで電子書籍版販売中!