一方、リジェル王国にて
「聖女エレノアを追放するなど一体何を考えているっ!!」
時刻は卒業パーティーまで遡る。出席予定だった国王と王妃は会場に到着して早々、その場の雰囲気の異様さに顔を見合わせた。なにせ会場に集まった卒業生達はひそひそと何かをささやき合い、そしてその視線の中央にいるのは息子である王太子である。その隣に立っている少女が婚約者ではなく他の少女であることも国王の不安を駆り立てた。しかしせっかくの祝いの場を乱すわけにもいかない。彼は表面上は笑顔を崩さず、けれど部下に目線で事情を調べるようにと合図を送った。
そして意外とすぐに仕入れた事情がそれであった。
とはいえ公衆の面前でそう怒鳴るわけにも行かなかった国王は、卒業パーティーが滞りなく終わった後、王子のことを私室に呼びつけてそう怒鳴った。彼の隣には王妃がおろおろと寄り添うようにして立ち、そして正面には息子であるジャックが『新しい聖女にして婚約者』だという少女アイリーンが立っている。ジャックは王妃に似たその秀麗な顔立ちに眉を寄せ、「しかし父上」と口を開いた。
「エレノアはさきほども言ったように……」
「『いじめ』をしていたと? たったそれだけの理由で優秀な聖女を追い出したのか!」
そう、彼女は優秀だった。
先の戦争では彼女がいたおかげで兵の損失が少なく、あの大軍を率いる帝国とも互角に渡り合うことができたのだ。どんなに戦ってもすぐに無傷に戻って再び戦場へと戻ってくるリジェル王国の兵士達は『不死身』と呼ばれて恐れられ、それにより帝国軍を退けられたと言っても過言ではない。その上彼女は博識だった。人々の治療や医療体制にばかり力を入れたがるのが難点だったが、それでも彼女の知識はこの国の技術を革新したと言っていい。
(まぁ、あとちょっと可愛げがなくてカッ飛んでいるところがあったが……)
国王はげんなりと思い出す。
『前世の記憶』という名の彼女の『空想の世界』の話だ。あの妄想に一体どれだけ周囲は振り回されたことか。すわ気でも狂ったかといろいろ取り調べを行ったが、その妄想以外は問題がないようだったのでそのまま聖女に据えていたのだ。あれとあの誤解を招く物言い、そしてみょうちきりんな性格さえなければ彼女は『完璧な聖女』だった。それらがなくなったエレノアはもはやエレノアではないかも知れないが別にそれは国王の知ったことではない。
国王が欲しいのは『優秀な聖女』だ。エレノアではない。
「恐れながら国王陛下。エレノアは偽物の聖女ですわ」
その時、国王の剣幕に立ちすくむ王子をかばうように彼女は一歩前へと進み出た。
アイリーンだ。
彼女はその美しい紫色の瞳でまっすぐに国王を見つめる。
「偽物だと? 根拠は?」
「あたしです。そしてこの無事な王国の姿ですわ」
「なんだと?」
眉を寄せる国王に、彼女は堂々と胸を張ってみせた。
「もしもエレノアが本物の聖女ならば、聖女を追い出したこの国には今頃女神からの天罰が下っているはずです。そしてそれは新たな聖女を賜ったあたしにも起きているはずです」
その言葉に不覚にも国王はうなった。一理あったからだ。
歴史をみても聖女をそまつに扱った際にはなんらかの形で天罰がくだっていた。そしてそれはわりと即効性で間髪おかずに起きた。
かつて幼いエレノアを咎めた庭師の家が燃えたように。
(いやまて、だが『あれ』以降はなにも天罰が下っていないな……)
それこそ目の前の息子が『愛人』を囲っても何も起きていない。それ以前にこの息子が婚約者であるエレノアに対しあまり丁寧とは言いがたい関わり方をしていたことは知っているが、それでも息子に天罰はくだらなかったのだ。
もちろん、それはその都度エレノアがいきり立つ女神をなだめていたからだが、そんなことは国王は知るよしもない。
(ということは、ある時からエレノアは聖女としての資格を失っていたのでは……?)
庭師の件やエレノアの優秀さをみるに元々聖女ではあったのだろう。しかし、いや、もしかしたら……、
(あの変な妄想をいうようになったあたりか……?)
もしかしたらもうあの時にはエレノアは女神から愛想を尽かされていたのかも知れない。
人間は自分の都合の良いほうへと物事を解釈したがるものである。そしてそれは国王とて例外ではなかった。
国王は目の前の子爵令嬢を見た。
「おまえが次の聖女だと?」
「ええ、その通りですわ」
にっこりと愛想良くアイリーンは笑ってみせる。
それはいつもすました顔かすかした笑い方しかしないエレノアよりも遥かに可愛げがあり、好ましい微笑みだった。
「いいだろう」
彼はうなずいた。どのみちもう取り返しはつかないのだ。
ジャックはエレノアのことを「森に捨てた」と言った。いかに優秀だったエレノアでもあの野良精霊だらけの森から生きては帰れまい。
(あれの優秀さは少々惜しかったが……)
しかし効率主義的過ぎるエレノアは伝統を重んじる貴族達と軋轢も起こしていた。ある程度システムを改良し終わり、治世が安定している今となっては、新しいことを始めたがる彼女の存在は少々邪魔でもあった。「アイリーン・ヘイレン子爵令嬢。おまえが次の聖女であり、我が息子ジャックの婚約者であると認めよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう! 父上!!」
手を取り合って喜び合う二人に、国王は静かにうなずいた。
そしてその噂は翌日には貴族や王宮関係者達の間を駆け巡っていった。いかに私室での会話といえど、扉の前や廊下には控えの侍女や侍従達がおり、そんな中で隠すこともせずにアイリーンとジャック王子が談笑していれば噂も広まるというものである。
いわく『国王はエレノアを偽聖女と断じたらしい』と。
「では『アレ』を削ってもいいのでは?」
「『アレ』とは?」
「アレですよ、アレ。国の経費を圧迫するあの『清掃費』」
「ああ、アレですか。確かにそうですな。なんでも『女神からの啓示を受けた』というのでやらせましたが、毎年清掃員代が馬鹿にならない」
「ええ? わたしはあれは良かったですがね。そのおかげで街道がとても綺麗になった。以前はもう臭くて臭くて。もう戻れる気がしませんな」
「う、それは……」
「まぁまぁ、間を取って少しずつ削ればいいでしょう。街道を綺麗にするだけならばもう少し人件費を削っても大丈夫なはずだ」
「確かに」
「そうですな」
うんうん、と彼らはうなずき合う。
「ついでに治療院、あれももう少し経費を削ってもいいのでは?」
「確かに。戦争も終わり、今は昔ほど流行り病もありませんからな。聖女、おっと、元聖女でしたな、彼女がかたくなに治療院に関しても経費を削りたがらないからそのままになっていましたが、もう少し減らしましょう」
「それがいい。他にも……」
彼らはそうささやきながら歩き去って行った。
彼らは皆、このリジェル王国の大臣を務める貴族達であった。





↓こちらで電子書籍版販売中!