ばかでも、浅はかでも。
わたしは、彼と喫茶店でお茶を飲んでいた。
季節は初夏で、冷房をいれるにはまだ少し早いけど、風がないと長袖では暑い、おまけに湿度もわりとある、けだるい日だった。
蒸し暑い気候に負けず劣らず暑苦しい彼が熱弁をふるっていた。
わたしは気だるく、おざなりに彼の言うことを聞いていた。
「俺はさ、結婚するなら一目ぼれの相手がいいな。」
彼は弁論がすきだ。
大学時代にも彼は好んでディベートの講義をとっていた。
だが、4年間熱心に弁論術を学んでいたにも関わらず、未だに彼の論述は、世論とか表面的な知識を並べ立てているだけのものであるとわたしは思う。
要は彼は優秀ではなかった。
ただ、その熱心さは賞賛に値する。
と、思わないでもない。
「よく言うだろ。
一目ぼれ同士が結婚して、生まれた子供が優秀になるって。
人間の直感が、自分にとってのベストな遺伝子をもとめてるんだ。」
「ばかじゃないの。迷信だよ。
それこそよくいうじゃない、『優秀なオリンピック選手は、世界中の人間から求婚されることになってしまう』って。」
それこそ有名な反論があるじゃないか、そういって彼はつづけた。
「『あまりにも自分にとって分不相応な遺伝子には、遺伝子が萎縮する。したがって一目ぼれは起こらない』って。
よくいうだろ。」
うるさいなあ、ほんと。
「人間っていうのはさ、恋愛する相手を直感でえらぶんだ。
一目ぼれっていうのはさ、人間に残された最後の動物としての本能だよ。
この能力は絶対に失ってはならないと俺は思うんだよね。」
だからさ、結婚相手を条件で選ぶなんてナンセンスだ、と彼は熱心だ。
「お言葉ですが。
条件で選ぶ人なんて極少数だよ。
一緒にいてしあわせだなー、とか。
一緒にいてたのしいなー、とかさ。」
「それこそ条件じゃないか。
結婚ていう契約で、自分にとって快適な日常生活を保証してんだよ。
だから婚姻届だすんだよ。これも一種の契約で、誓約だからだ。」
「なにいってるの。」
「そりゃさ、皆金持ちとか権力者とかと結婚できりそれが一番いいとおもうよ。
でもさ、特権階級っていうのは社会の1割未満の層のことなんだよ。だから特権なんだ。」
「だからなに。」
「普通の人間の場合、特権階級と結婚できる可能性は低い。
だから金でも権力でもない愛情ってステータスを新しく結婚条件に位置づけたんだよ。」
「そんなことないわよ。」
「快適な日常生活を「幸せ」なんて言葉に置き換えたのも人類の自己欺瞞だよな。」
「きみはほんとによくそんなくだらないことを、つらつらと並べ立てられるよね。」
「どこがくだらないんだよ。」
「世論とか表面的な知識を並べ立ててるだけだよ。
さも自分がかんがえついたぁー、みたいな顔してさ。」
「ひどいこというね。」
「だってきみ、これからどこにいく予定なんだっけ。」
「きみんち。」
「そうだよね。
大学で知り合ってだらだらと交友関係を続けて、3年目で付き合いだして、5年目で結婚を決めて、これから結婚宣言しにいくんだよね。
プロポーズは、君といると毎日たのしいんだ、だったよね。
一目ぼれのレールなんか全くのれてないじゃない。」
「そうなんだよ。
だから最後になってびびってんだろ。
これでいいのかなって。
だからさ、言ってくれよ。これでオッケーだって。
俺を後押ししてくれよ。」
「情けない男。」
加えて失礼な大馬鹿男。
「じゃあなんでその情けない男と結婚しようと思ったんだよ、きみは。」
それはね。
「一目ぼれよ。大学1年に合コンであったときにね。」
「え、そうなの。」
「わたしは、きみの優秀な子供を生んであげる。」
おどろいたな。
そういって彼は、俺たちの結婚は成功じゃあないか、さあいこう!といった。
わたしはいつだって彼にとって最高の言葉を投げかけることができる。
そのたびに浅はかだなー、と思わないでもないけれど、
そこがまた愛しいなー、とやっぱり思わないでもない。
誰がなんと言おうと結婚は成り行きと勢いだ。
わたしはそう思う。
彼にはいわないけれど。