噂が無ければ作ればいいんだ!
俺達の地元には学校の七不思議とか怖い噂は無かった。
トイレの花子さんやある時間になるとピアノが勝手に鳴るとか、そんな好奇心がそそるような怖い噂を検証したり肝試しで本当になるのか試すとか、やりたかったのに出来なくてつまらなかった。
だが俺達は発想を変えた。怖い噂が無いなら、作ればいいのだ!
こうして小学生だった龍雅と竜太と俺こと、辰真の三人は怖い噂を作ろうと思ったのだ。
*
もうすぐ六時になりそうな時間。校内に残っている学生は早く下校してくださいと言うアナウンスが聞こえてきたが、俺達は音楽室に隠れていた。
ガチャと音楽室のドアが開く音が聞こえてきて、俺はリコーダーを口に付けて吹く。
チャルメラの曲なら吹けるけど、夕焼けが差し込む怪しい音楽室だからそんな間抜けな選曲ではいけない。ちょっと低く、小さく、おどろおどろしい感じにでたらめに吹くのだ。
音楽室に入ってきた人物は悲鳴とか上げずに立ちすくんでいるようだ。
きっと恐怖で顔が歪んでいるんだろうな? とウキウキでリコーダーを吹いていたらガチャッと俺が隠れている掃除用具のロッカーが開けられて、ある人物と目が合った。
眉間にしわを入れて今にも怒鳴りそうな鬼島こと、前島先生だった。
今度は俺が恐怖で慄き、リコーダーをフピュっという間抜けな音が出た。チラッと鬼島の奥を見るとカーテンの裏に隠れていた龍雅と竜太が忍び足で逃げ出そうとしていた。
あ! 逃げんなよ! と言う前に鬼島の「何やってんだ! お前ら!」と怒鳴り声は響き渡った。
四十代くらいの中年で頑固でつまらない事で怒る。そのくせ給食のデザートはなぜか生徒と争奪戦に参加する。理不尽の塊、前島こと鬼島に俺達三人は一通り怒られた。
「さっさと家に帰れ!」
そして鬼島に見張られながら、俺達は校門を出た。
げんこつは食らわなかったが散々怒鳴られたため、龍雅と竜太と俺は不貞腐れた顔で「先生、さようなら」と鬼島に言って校門を出て行った。
この頃の学校は校門以外にも柵などが置かれていなかったので、鬼島が校舎に戻ったらいくらでも学校へ戻れたのだが、何となく三人とも鬼島の言う通り家に帰って行った。
「あーあ、なんでうちの学校って七不思議とか無いのかな?」
「つまんねーの」
ぶうぶう文句を呟いていると、龍雅が立ち止まって「別に学校じゃなくてもいいんじゃね?」と言った。
「神社とか雑木林の空き地とか、そう言った場所で怖い噂を作ればいいんだ!」
「俺はもうやめる」
竜太は早速、怖い噂を作るのに飽きていた。
「大体、そう言う場所って怖い噂って『夜になったら……』が多いだろ。深夜に抜け出すのは不味いだろ」
「深夜に抜け出すんじゃなくても、藁人形を木に刺しておくとかさ……」
「藁人形なんて作れるの? 龍雅」
俺が聞くと龍雅は目を逸らした。どうやら知らないようだ。竜太は面倒くさそうに「まあ、夏休みに入ったら作ろうぜ、怖い噂」と言う。
こう言って先伸ばせば、龍雅はすぐに忘れて違うものに興味を持つことを俺も竜太も知っていたのだ。今回もそう言っておけば、きっと忘れるだろう。そう思っていた。
ところが夏休みに入っても、龍雅は忘れなかった。
*
こうして夏休みに入って竜太と龍雅と学校のプールに行ったり、ゲームをしたり、カブトムシを育てていたりと家が近いからよく遊んでいた。
そうして夏休みも半分以上過ぎて、お盆になった頃だった。突然、龍雅は俺と竜太を招集させた。
「覚えているか、お前ら。夏休みになったら怖い噂を作るって!」
正直、龍雅が言わなければ覚えていなかった。というか、龍雅が忘れていなかった事に驚きだった。
「それじゃ、怖い噂を作ろうぜ」
「作ろうぜって、何処で? 学校?」
「学校はやめておこう。まだ鬼島が警戒している可能性がある。だから学校裏の雑木林で藁人形を置いておくとかしようぜ」
「藁人形の作り方、知っているのかよ」
「ネットに書いてあった!」
この当時、ようやくパソコンが普及してネット環境も整っていた。とは言え、今と比べれば亀のように遅い通信速度だったけど。
早速、ネットに書いてあった藁人形の作り方を参考にして作ってみた。田舎の農家なので藁は簡単に手に入った。だが肝心の藁人形がうまく作れなかった。
「クソ! 藁がスベスベしていてちゃんと結べない!」
「あーあ、ボロボロと落ちるぞ」
「なあ、龍雅。なんで手足を作らないんだ?」
「難しいの!」
悪戦苦闘をしたものの出来たのは、人形ではなく納豆が包まれた藁って感じだった。これを雑木林に置いても怖くも何ともない。学校の裏の雑木林に納豆が出来ているぞ! という噂が流れて誰が怖いと思うだろうか。
この出来に龍雅も渋い顔をして、納豆の藁を捨てた。
「作戦変更! レジ袋で幽霊を作ろう!」
仕切り直しと言わんばかりに龍雅は白いビニール袋を持ってきた。
この辺で俺も竜太も怖い噂作りに飽きてきたが、全くやっていない夏休みの宿題である自由研究にでも出来たら良いなとか思っていた。
ビニール袋で作った幽霊は藁人形よりは形になった。これを早速、木に吊るしに行こうと、雑木林に向かった。
だがすでにもう五時を過ぎていた。
*
ビニール袋の幽霊と糸を持って、俺達は雑木林に着いた。だが夕焼けになり、雑木林の中に入るといつもより暗かった。
「うーん、雰囲気出ているな」
「……ね。幽霊でそうだ」
「さっさとレジ袋の幽霊を設置して帰ろうぜ」
三人とも言っている言葉は怖くないと言わんばかりだが、顔は強張っている。いや、こんなに暗くて怖くなるなんて思わなかった。
さっさとつけて帰ろう! と思って雑木林の中に入っていった。
「こんばんは」
声が高くて綺麗な声が後ろから聞こえてきた。昼間だったら俺達は驚かないけど、この幽霊が出そうな雑木林の中で言われたので俺達は死ぬほどビビり、叫んでしまった。
「ちょっと何よ? お化けが出たみたいな反応して」
振り向くと少しむくれた高校生くらいのお姉さんが立っていた。白いシンプルなワンピースを着ていて綺麗な人だった。
小学生の俺にとって高校生は大人みたいな存在だった。だけど高校生の兄貴がいる龍雅は怒ったように反論する。
「突然、後ろから声をかけたからびっくりしただけだ」
「あら、ごめんねー。というか、何もってんの? ビニールで作ったお化け? よく出来てますねー」
お姉さんは俺達が持ってきたレジ袋のお化けを見て、褒めてくれた。だけど褒め方が幼稚園児を褒めているような感じだったので、一切嬉しくなかった。
何なの? この人? と三人で顔を見て思っていると、お姉さんは話し出す。
「実はね、ここの雑木林に大切なものを無くしちゃったのよ。だから、一緒に探しくれない?」
俺は首を傾げながら「無くし物って?」と聞くと、「がま口の財布」と答えた。
「探しているんだけど見つからないのよ」
「分かったよ」
「えへへへ、ありがとう」
嬉しそうにお礼を言う女性に俺は綺麗な人が笑うと普通の人よりいい気持ちになれるな……と下衆な事を考えていた。
こうしてレジ袋の幽霊の設置は中止して、俺達はがま口の財布を探し始めた。
だけど俺達は真剣に探すけど、お姉さんはなぜか邪魔ばっかりしている。
茂みの中を俯いて探していると首筋にヒヤッとしたものが当てられた「うひゃああ!」と叫んだ。振り向くとお姉さんが冷え性なのか冷たい手で俺の首を触っていた。
「あははは、いい悲鳴だね」
小学生の時は本気で迷惑だった気がするが、大人になるにつれて悪くないシチュエーションだったなとは思う。
ちなみにお姉さんはこういった悪戯を竜太と龍雅にもやっていた。
「うぎゃああ!」
「ひえ! 何すんのさ!」
「あはははは」
本気で探していないなと、悲鳴を上げる二人を笑うお姉さんを見てそう思った。
こんな事していたら絶対に見つからないぞ……と思っていると、ある木の下で朱色のがま口の財布を見つけた。
「あ、お姉さん! これ?」
俺が大声で言うと、お姉さんがやってきて「うん、それ!」と言って顔がほころんでいた。
俺がお姉さんに差し出すとお姉さんは両手でがま口の財布を包むように握った。手が冷たいな……と思っていたら、お姉さんはすぐに放して受け取らなかった。
「悪いけど、このがま口の財布を小学校の隣の家に渡してきてほしいな」
「小学校の隣の家って高見さんの家?」
「そうそう」
「え? でも、なんで?」
お姉さんは俺の質問に答えないで「お願い」と可愛らしく言った。そう言われたら断れず、俺は頷くしかなかった。
雑木林を出ようとするとお姉さんだけ残った。
「じゃあ、頼んだよ!」
そう言って笑顔で手を振ってお姉さんは雑木林の中に消えていった。
*
「俺、高見さんの娘さんかな? 初めて見たな」
そう言いながら高宮さんの家のポストにがま口の財布を入れておいた。直接、渡した方がいいと思ったが、チャイムを鳴らしても返事がなかったからだ。多分、出かけているな。
「高宮さんっておばさんとおじさんしかいない気がしたんだけど」
「俺もそう思っていた」
いつも俺達が登校する時、庭掃除して挨拶してくれるおばさんで、見たことないけど旦那さんがいるらしい。だけど高宮さんの家には若い女性はいないはずだ。
そんな時、提灯を持って歩く家族連れの集団とすれ違った。見慣れない家族だなって思っていると「帰ったらお婆ちゃんの家でそうめん食べよう」と会話している。
ああ、そうだ。今日からお盆なのだ。
「もしかしたら、あのお爺さんは高宮さんの親戚の人なのかな? 今日からお盆だから」
「あー、なるほどね」
「というか、俺達、何かを忘れていない?」
また提灯を持った家族連れとすれ違った。「墓参り行くの面倒くさい」と中学生がぼやいているのを聞いて、俺達は血の気が引いた。
そうだ! 『墓参りに行くから、早く帰ってこい』って言われていたんだった!
レジ袋の幽霊の設置を忘れて、すぐさま家に帰った。当然の如く、待ちくたびれた母親が怒っていた。
どうやら龍雅も竜太の家の家族も怒っていたようで、再び墓場で集結すると俺と同じように不貞腐れたような顔だった。
こうしてバタバタしたお盆になり、俺達はまた怖い噂を作る事をまた忘れた。
だが夏休みが終わって、学校が始まった頃にまた思い出されたのだ。
「ねえ、高見さんの家に奇妙な出来事があったみたい」
うちの学校に広まったちょっと不思議な噂が広まった。
「高見さんがお盆で墓参りに帰った後、死んだ高見さんのおばさんのお姉さんのお財布がポストに入っていたみたい」
「……誰かが、入れたんじゃないの?」
「でもその財布について旦那さんや親しい人にも話していないのよ。それなのに誰かがポストに入っていたのって、ちょっと不思議じゃない? もしかして死んだお姉さんが入れてくれたんじゃないかって……」
俺はその話しを聞いて血の気が引いた。もしかしてあのお姉さん、幽霊だったのでは? 握った時手も冷たかったし、なぜか帰りは雑木林の中に入って行っちゃったし。
「悪いけど、このがま口の財布を小学校の隣の家に渡してきてほしいな」
お姉さんの言葉を思い出す。幽霊だから物が持てなかったから。俺達に渡してくれって言ったんだ。
竜太も同じことを思ったらしく、同じく青い顔をしていた。
「え? あのお姉さんって幽霊だったの?」
「マジか? 呪われた?」
少し不安そうに竜太が言うが、龍雅は「大丈夫じゃね?」とニヤニヤしながら言った。
「俺達はあのお姉さんにお使いを頼まれただけなんだから」
まあ、そう言う事にしておこうか……。
無理やり怖い気持ちを払拭していると、龍雅が嬉しそうにこう言った。
「じゃあ、早速、この噂の真相をみんなに話すよ」
そういって噂しているクラスメイトの輪の中に入ろうとする龍雅を竜太と俺が止めた。
馬鹿か! みんな、信じるわけねえだろ! そもそもお前が説明したら、噂でも何でもないだろ!
こうして俺達は噂は作れた。……怖いかどうかは分からないけど。