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8月8日 ・・・・


     × × ×     


 2023年8月8日。

 今朝の『特殊カード』は夕方まで日光に当たらなければ1万円手に入るが、日光に当たると5千円失うというものだった。

 叔父さんは速攻で捨て札にしていた。

 引きこもりたい。灼熱の街を歩きたくない。叔父さんの内なる希望がカードから染み出ている。


 僕は朝食のうどん鉢を片付けた後、食卓の天板に洗剤を吹きかけた。台拭きで汚れを拭き取る。出来るだけピカピカにする。


「なんだあお。朝からボードゲームをやりたいのか。あと数分で俺は出るぞ」

「違う」


 僕は卓上にA4サイズのノートを広げる。

 対面の叔父さんに見せつけるように。


「それは……尾藤勇樹びとうゆうきの研究? お前、夏休みの自由研究に叔父を選んだのか……?」

「そんなわけないじゃん。ほら、叔父さんの引くカードって大抵は欲望を反映してるでしょ。会社を休みたいとか。上司に文句を言いたいとか」

「……少し見解が異なる。全部が全部ではないぞ」

「傾向の話。そういうのを一つ一つ洗い出して、叔父さんの欲を満たしていけば、山札の内容を絞り込めると思うんだよね」


 僕は紙の上にペン先を走らせる。

 ボードゲームで遊びたい。お酒を飲みたい。仕事したくない。嫌いな上司をやり込めたい。美味しい料理を食べたい。お金が欲しい。涼しい場所にいたい。思い通りの生活を送りたい。面倒事を避けたい。新商品が欲しい。即売会に行きたい。知り合いに布教したい。旅行先でボードゲームがしたい。エトセトラ。

 自分が知るかぎりの「尾藤勇樹おじさん」を改行せずに刻みつけていく。


 対面に座る本人が頷いていた。


「つまりお前はデッキビルドを考えているんだな。さながら『ウォーチェスト』で使いたいコインだけを袋の中に入れておくように」

「多分そういうこと。ところで叔父さんって、恋人とか欲しくないの?」

「なんだいきなり……欲しくないわけがないだろ。だが今の俺に付き合える奴がいたら狂人だぞ。狂人と付き合えるわけあるか」

「山名さんは?」

「山名は仲間だ。酒と遊びで一夜を明かせるような暇人でないと困る。誰が相手であれ、家庭なんぞ持たせたくない。ああ。あいつには言うなよ」


 叔父さんは自分がおかしいとわかっている。

 一応、恋人が欲しいとノートには記しておいた。全部満たせないかもしれないけど、ざっくりと方向性は見えてきた。


 叔父さんの欲望を叶えやすいのは主に休日だ。会社に行かずに済む。ボードゲームでも遊べる。

 すなわち8月11日。祝日。山の日。

 プールに行く当日の朝を「欲望が満たされた状態」で迎えられたなら、その時に「元に戻るまで叔父さんとボードゲームで遊ばない」と告げてしまえば、山札を引いた叔父さんの口からは僕の思惑通りの内容が──出てくるはず。

 僕は対面の男性に告げる。


「叔父さん。今日の洗面台掃除と明日のトイレ掃除は僕に任せてね」

「おお。助かるぞ。それなら『精神力コマ』も減らさずに済む」

「夕方に帰ってきたら、いっぱいボードゲームで遊ぼうね。夕飯も用意しておくから大丈夫だよ。山名さんも来られたらいいね」

「そりゃいいな。よーし。仕事頑張ってくるぞ!」


 叔父さんは喜色満面、意気揚々と玄関を出ていった。

 僕は笑顔でお見送りする。


 明明後日しあさってまで徹底的に叔父さんを甘やかしてやる。全ては元に戻るため。石生の水着を堪能するため。

 全力で良い子になってやる。


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