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第二章 『やりすぎにはご注意を』

 ルティは咄嗟に両手で口元を押さえる。


(いや、あのレイスが呪われているわけがない)


 彼の反応をうかがうと、目を見開いて言葉を失っていた。


(あー……この表情は、助けなくてもよかったやつだ。絶対に余計なお世話だったと思われているでしょう)

 だが、この体の冷たさは尋常ではない。


「ごほ、ごほほほほごほごほ?」


 ルティの喉が壊れた。「あの、医務室へ行きますか?」と言いたかっただけなのに、咳が邪魔して言葉にならない。

 無茶な動きをした反動だ。ゆっくりと呼吸を繰り返していると、大きな手のひらが背中に触れる。


(ひえっ!)


 反射的に顔を上げれば、レイスがぎこちない動きで背中をさすってくれていた。


「ごほごほほごほほ」


 大丈夫ですから、と涙目で訴えかけると、レイスは苦々しく眉を寄せる。


「すぐに医務室へ連れていく」

 彼はそう告げると、ルティの体を支えるように背中と膝裏に手を添え、持ち上げる。


(お姫さま抱っこだと……⁉)


 この頃には周囲の視界も鮮明になっていて、女子生徒たちがルティとレイスの姿を見て「キャー! なにがどうなっているの⁉」と悲鳴を上げる。


(激しく同意する! なにがどうなっているの⁉)


 ルティはレイスに訴えかける。

「ごほごほっ」

「無理して話そうとするな。無音発声なら聞き取れるから」


 ルティは申し訳なくなりながらも口をぱくぱくと開閉させる。


『あの、これ、持病みたいなものなので。医務室に行かなくても少し椅子に座っていればよくなりますから』

「盛大に咳き込んでいるのに? 説得力がないんだよ」

『いや、ほんとたいしたことはないので。医務室だけはやめてください!』


 兄のトラヴィスがこの学校の出身ということもあり、体調を崩したことがどこでどう噂になって家族に伝わるかわからない。


(もし知られたら、実家に強制送還待ったなし……!)


 ルティが無言で降ろしてくださいという圧をかけ続けていると、レイスは前を見据えたまま「わかった。ひとまず休める場所へ行こう」とささやく。

「ごほぇ⁉」

 どこへ⁉ とルティが動揺している隙に、レイスは壁際で様子をうかがっていた第三王子のジェラルドに声をかける。


「ジェド、()()を頼んでもいいか?」

「もちろんいいぞ」


 含みのある言い方だったが、ルティにはすでに聞き返す余裕は残っていなかった。逃げ出すこともできないため、通り過ぎる生徒に顔を覚えられないように両手で顔を覆う。


(助けようとして逆に迷惑かけっちゃったし、絶対に嫌われたでしょ……)


 うっすらと目に涙が溜まる。やけ食いをしなければ、この苦しみはまぎらわすことはできない。

 小さく息を吐くと、二限目を告げる鐘が鳴った。気づいたら人の気配はなくなっていて、レイスの靴音だけが響く。


(やっぱり冷たい)


 ルティの体は段々と熱を帯びていくのに、背中越しや膝裏のタイツ越しに感じる彼の手は凍りついている。


(わたしの熱が少しでも伝わればいいのに……)

 そう思っていると、ふいにレイスが足を止めた。


 ルティは指の隙間を広げ、周囲を確認する。ずいぶんと古びた廊下だった。オイルランプと埃が混じったような匂いがして、窓枠の塗装が剥げている。


(医務室、とは反対の廊下よね……?)


 レイスは辺りを見回してから、なにもない石壁の前で呪文を唱える。


「冠の契約の代行者として命ずる。『今ここに冠の扉は開く(コロール・アポルタ)』」


 それは聞いたこともない呪文だった。ルティが息を呑むと、灰色の石壁に亀裂が入り、黄金の扉が現れる。


 レイスの両手がふさがっているからか、扉は自動的に開いた。部屋の中は寮の寝室より広く、壁面のほうには飾り棚や簡易キッチンがあり、中央にはローテーブルを挟むように三人掛けの革張りのソファがふたつあった。


「座っていてくれ」

 そういって彼はルティをソファに座らせる。


 お礼の意味を込めて一礼すると、彼はすぐに背を向けて飾り棚に近付き、棚からガラス容器と食料が入ったかごを取り出した。


 そしてかごの中にあったレモンと薬草らしき緑色の葉っぱをまな板の上で刻むと、簡易キッチンの蛇口をひねって水と一緒にガラス容器に入れる。

 レイスは「こんなものか」と呟いたあと、無駄のない手つきで調合された水をグラスに注いでいく。


「ほら、喉にいい薬草を入れたから」

「……ありがとうございます」


 この頃には小さな声なら発音できた。ルティはおそるおそる一口飲むと、ぱっと目を輝かす。


「美味しい!」

 爽やかな酸味と薬草の清涼感が口の中に広がり、喉が潤っていく。


「そうか」

 レイスの表情が和らぎ、口角がわずかに上がる。それを見て、ルティは頬を紅潮させる。


(びっくりした。そんなふうに笑うこともできるんだ)


 胸のざわめきを誤魔化すために、少しずつグラスに口をつけていると、急にソファの座面が沈んだ。

 レイスが一人分の間を空けて座ってきたのだ。彼の片手にはマグカップがあり、ルティとは別の飲み物が入っていた。


「調子は戻ったか?」

「は、はい。おかげさまで」

 ルティが頷くと、レイスは先ほどとは打って変わって目を鋭くさせる。


「なぜ俺を庇った」

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