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第一章 『老紳士と白薔薇の貴公子』

「ここが防衛術の教室ですね!」


 ルティは感嘆の声を上げながら周囲を見回す。百人以上のひと学年を収容するために階段教室となっていて、一番低いところに黒板とステージのように広がる教壇があった。


「最前列って人気がないと聞いていたけど、あの二人のおかげですごく混んでいるわね」


 シェリルが目線で促したのは、最前列に座るレイス・リーデロウェルと第三王子のジェラルドだった。彼らの周りの席には男女関係なく埋め尽くされている。


(あ、アキルス君もいる)

 先ほど出会った彼もそのすぐ近くにいて、ルティの姿に気づくと「成功した?」と口パクをして手を振ってくれる。


 ルティが笑みを浮かべて頷いたとき、授業開始を告げる鐘が鳴った。慌てて二階のほうの席に座る。

 すると一階の出入り口から教師たちが入ってきて、周囲にいた女子生徒が色めき立つ。

 それもそのはず、教師は白髪とあごひげがよく似合うダンディな老紳士と、身のこなしが優雅な金髪の美青年だったからだ。


「諸君、静粛に。これより防衛術の授業を始める」


 まず口を開いたのは老紳士だった。

「私の名はリチャード・マファーだ。防衛術の座学を主に担当する。そして」

 マファーはちらりと横に立つ若き男を見つめる。


「セシル・レヴァンです。本年度から防衛術の実技を担当します。二十七歳の若輩者ですが、直近まで宮廷魔物討伐隊の隊長補佐をしていました。そのときの経験をもとに、より実践的な術をみなさんに指導できるよう励みます。どうぞよろしく」


 軽やかにつむぎ出される声は甘さを含んでいて、これにはルティとシェリルも頬を赤く染める。心なしか、背後に白い薔薇の幻覚まで見えた。


「まさに白薔薇の貴公子って感じね」

「でも見かけより筋肉がつまっていますよ」


 セシルのグレーのベストといい、瞳の色に合わせたアメジストのループタイといい、ところどころにお洒落なセンスを感じるが、腕や太ももの張りを見ると明らかに鍛えている人の体だ。


「くっ、ふふ。つまっているって。面白い表現ね。カニみたいで」


 シェリルは口元を押さえ、肩を震わせながら笑う。ルティは心底不思議そうに「うちの兄もそうだったので」と告げると、彼女はたまらないといわんばかりに「んふふっ」と噴出した。


 そのとき、セシルがルティたちに向けて、人差し指を口元に添えながらパチンッとウインクをする。


(え? わたし?)

 ルティが怪訝な顔で首を傾げると、前後左右にいた女子生徒たちが一斉に「いまの私に向けてだよね?」「いやあんたじゃないって、私だよ」とざわめいた。


 マファーがやれやれと片手で額を押さえる。


「セシル、いやセシル先生。久しぶりの母校だからといって気を緩めないように」

「あはは。いや、ほんとマファー先生と一緒に授業をするなんて学生のときは思っていなかったので、つい」

「私のせいにしない」

「はあい」


 なぜだろう。二人のやりとりと見ているとほっこりしてしまう。

(そういえばセシル先生ってトラ兄と同い年だな)

 入学前の会話で若い教師に気を付けろと言われていたため、もしかしたら知り合いかもしれない。


 ひと段落着くと、マファーが教壇の中央に立つ。


「防衛術の神髄は、いかなるときでも身を守ることである。十七歳で成人となるお前たちは、いまよりももっと行動範囲が広がる。その際、さまざまな危機がお前たちの前に立ちはだかるだろう。生き抜くために、私たちは防衛術の仕組みから使い方までお前たちに叩き込む」


 厳かな声に、教室は静まり返る。

「また実技では四人から六人の班をつくり、セシル先生の指導のもと、より実践的な訓練を行う。班は魔力量によって均等に振り分ける。いまから心しておくように」


 実技、と聞いて、ルティは顔をしかめる。座学の暗記には自信があっても、実技には不安があった。


 実はエルトナー家の得意分野のひとつが防衛術だが、ルティは体力が少なく魔力量は平均的なため、連続して何度も魔法を使うとぐったりとして動けなくなってしまう。体力と魔力量は鍛えれば増やすことができるが、すぐに身につくわけではない。


(訓練では、魔法の使いどころに気を付けないと)


 頬杖をつきながら小難しい顔をしていると、セシルがこの教室の緊張感を解くようにパンッと手を叩く。


「ところでみんな、そろそろ説明ばかりで飽きてきたよね」


「こら、セシル先生」

 すぐにマファーがにらみを利かせるが、セシルは爽やかな笑みを浮かべ「まあまあ、いいじゃないですか」と肩をすくめる。


「まったく……だが、お前の言うことにも一理ある」

「そうこなくっちゃ。ではこれより、防衛術のお手本を見せよう」


 マファーのお許しが出たことで、待っていましたといわんばかりに歓声が上がる。


 元宮廷魔物討伐隊の魔法などそうそう見れるものではない。腕まくりするセシルの姿に、誰もが期待の眼差しを向ける。


「今回は防衛術でもっとも使用する『盾の魔法』を使うよ。『盾』を発動させたい方向に片手をかざし『盾よ(スクート)』と唱えればいい。緊急性の高い魔法だから呪文が短くて簡単な魔法に思えるけど、頭の中に『盾』のイメージをしっかり描かなければ発動しないから要注意だ」


 セシルは流暢に説明したあと、マファーに目線で促す。


「俺が守備側を務めるので、先生は攻撃側をお願いします」

「よろしい。ただ今日は私よりふさわしい人物がいるかもしれないな」


 すると教室内にいたすべての生徒が最前列に座る銀髪の男に視線を向ける。ルティもシェリルも同様だった。だって彼しかいない。


 マファーが彼に微笑みかける。

「レイス・リーデロウェル、頼めるか?」


「はい」

 そういって立ち上がったのは、三年前に王都に顕現した竜を退けた若き英雄だった。


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