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「考えって、これ?」

「そうこれ」



 ミーミルの問いに答えながら、アインは目の前に飾ってある全身鎧にソロリソロリと近寄っていった。

 今アインたちは学校の校長室に忍び込んでいる。

 見つかれば叱られる。そしてこれからすることを考えてか、二人の声はさらに小声になっていった。



「見ろよここ、プレートの下から覗いている部分」

「鱗……? スケイル地の下鎧なの?」

「そう。そしてこの鱗は、レギテ龍の物だ。昔校長が自慢げに話していたのを聞いたことがある」

「ド、泥棒!?」

「しー! 人聞きの悪い! 一枚拝借するだけだ!」



 アインはミーミルを窘めた。



「偶然にも俺がこの鎧にぶつかって、年代物のこの鎧から鱗が一枚落ちてしまう。俺はそれを拾って、あとで校長に渡そうとするが忘れてしまうってだけの話さ!」

「お父さま、お母さま、申し訳ありません。ミーミルは悪い子です」

「やめろ! 罪悪感を煽るな! 仕方ないだろこれしか手がないんだから!」

「しくしく、しくしく」

「嘘なきもやめろってよぉー」



 やりにくそうに鎧から鱗を一枚拝借するアイン。



「これで一つ目の触媒ゲット」

「おや? 一枚取っても見た目ではあまりわからないものですね」

「だろ? もともと古くて鱗が抜け落ちている部分もあったからな」

「これなら問題ないですね。アイン、グッドです」



 バレないだろうと踏んだ途端に強気に出るミーミルなのだった。

 アインが苦笑する。



「おまえのそういう現金さ、好きだぜ?」

「切り替えは大事」

「そうそう、切り替えていこう。次だ次」



 次、というのは夕食のことだった。

 夕食に饗されたのは卵料理。



「クルクル鳥の卵さ。珍品らしいがどうしても食べたいとワガママ言って探してきて貰った。殻もちゃんと残して貰ってるからあとで貰いにいこう」

「さすが公爵家ですね、金にモノ言わす」

「褒めてる……んだよな? それ?」

「解釈はお任せします」

「おい!」



 その夜、夕食の一部をこっそり部屋に持ち込んだアインは、ミーミル用に小さくした食事を用意した。

 テーブルの上で、小さなミーミルが皿の中をあちこち移動して食事を頬張っている。



「私、クルクル鳥の卵って初めて食べました」

「俺もだ。面白い味だな、普通の卵と違って甘みがあった」

「そうですね、美味しい。これでケーキを作ってみたかった」



 モグモグと、半熟の黄身に食らいついたミーミルの顔は真っ黄色になっていた。



「こっちのお肉も美味しい美味しい。やっぱり食材が違う」

「昔から食いしん坊だったよなおまえ」

「そんなことない」

「いいんだ、おまえのそういうとこも好きだしよ」

「そんなことないから。乙女に対して無礼」



 しかし食べるのをやめないミーミルなのだ。説得力がない。

 ミーミルの居るテーブルの上を眺めながら、アインは声出さず笑った。

 なんだろう、幸せだ。

 ミーミルと居ると、やっぱり楽しい。小さいミーミルが食事しているのを見ているだけで、胸の中がポカポカする。



「アイン。お風呂に入りたいです」

「ティーカップにお湯を注ぐから、それで我慢してくれ」

「覗いちゃダメですよ?」

「覗か……ない!」

「一瞬、躊躇いがありましたね。これだから男の子は」



 湯を用意して、人形用の衣服を出しておくアイン。

 白いドレスが、婚礼衣装のようだった。



「さて、あとは魔の森に生えるクルド草の新鮮な汁、か」



 アインは決意を込めた目で、窓の外に写る暗い夜の空をみたのであった。



☆☆☆



「大丈夫です? アイン」

「平気、……平気」

「そろそろ少し休んだ方が」



 アインの靴が、湿った土を踏みしめる。

 周囲には霧が立ち込めていた。木々に陽光が遮られているせいもあり、視界が悪い。


 ここは魔の森。

 アインたちは最後の触媒を探しにきていた。

 森の奥の泉周辺に生えるというクルド草、その新鮮な汁。



「気をつけてアイン、ここには魔物が住むというから」

「わかってる。ミーミルこそ気をつけてくれ、そのときは大立ち回りを演じることになる、胸ポケットから落ちないようにな?」



 湿気た落ち葉がたい肥化して熱を持っているせいか、森の中はほどほどに暖かい。

 歩き通しのアインなどは汗を掻いていた。



「本当は従者でも連れてきたかったんだけどな、おまえの今の姿を見られるわけにはいかないから」

「……」



 ミーミルは声の主を見上げた。ぼそっと言う。



「ありがと」

「ん?」

「ありがと、って言った」

「な、なんだよ突然」

「早々に諦めようとした私なのに、そこまで気に掛けてくれて」



 ボソボソ。

 小さな声で言うミーミルは、なんとなしに恥ずかしそう。顔が真っ赤だった。



「気にすんな、俺が好きでやってることさ」

「アイン……」

「昔を思い出すよな。小さい頃、よく冒険ごっこしてたっけ」

「そうだった。いつもアインは先頭を歩いてた」

「だいたい俺が言い出してたからな。提案した奴は一番働かないといけない、俺はそう教わってきた」

「アインは勉強できないけど、そういうとこ凄いと思うよ」

「じゃ、じゃあ! ミーミル、俺と婚約してくれないか……!?」

「それはダメ」

「なんでだよー」

「ダメ」



 満更でもなさそうな雰囲気の中、ミーミルはやはり拒否するのだ。

 しょぼくれるアイン。

 それでもアインは、ミーミルの為に頑張る。


 どれほど歩いたのだろう?

 やがて森の中の泉に着いた。文献ではここにクルド草が生えているはずだった。

 アインは探す。クルド草を。

 この時期には淡い紫の小さな花を咲かせるその草を。



「あった! あったぞミーミル! やっと見つけた!」



 一輪の小さな花をつけたクルド草が、そこにはあった。

 泉の周りを探して、探して、探して、やっと見つけた一輪の花。一輪だけ咲いていた。

 だからつい、大声を上げてしまった。

 アインは大きな声でハシャいでしまった。


 その声に反応するかのように、アインの前に魔物が現れた。



「アイン、危ない!」



 胸ポケットに収まったミーミルが声を上げた。

 完全にクルド草に意識を持っていかれていたアインが、魔物の一撃を食らってしまう。

 巨大なコウモリのような魔物に肩を引っかかれ、アインはよろめく。



「ぐあっ!」

「大丈夫アイン!?」



 ミーミルが胸ポケットの中から魔術を行使した。

 拳大の火球がアインの胸前に生まれ、魔物に向かって射出される。

 怯んだ魔物に対してアインが腰の剣を抜き一閃、魔物を倒した。


 しかしアインは、その場に崩れ落ちた。毒を食らったのであった。



☆☆☆



 まどろみの中で、懐かしい声を聞いていた。

 冒険ごっこのとき、いつも背中に届いていた声。



「待ってー」



 ミーミルはいつもアインの後ろにいた。

 だからその声は、いつまでも自分の背に届いてくるものだと思ってた。

 アインは、安心して先行していたのだ。いつでも自信を持って。


 その声が聞こえなくなったのはいつの頃だったろうか。

 小さかったアインたちも少し歳を重ね、冒険ごっこを卒業していく。少しミーミルとも疎遠になり、男友達が増えた。



「まだそんなことしてる」



 魔術学校で再会したミーミルがアインの背中に投げかけたのは、呆れた声音の言葉だった。学業優秀な彼女は、変な研究をしているとされ学校で浮いていたが、授業などには至極マジメ。優等生といっていい生徒になっていた。


 いつもアインの背中を追っていたミーミルはもう居ない。

 学業面では、アインの方がミーミルの背中を追うことになっていた。

 それがなんだか悔しくて、アインは勉強ごとよりも実技に傾倒していくようになった。


 それでもアインは、ミーミルに背中を見ていて欲しかった。

 だからよくミーミルにちょっかいを出し、より一層呆れられていた。


 ミーミルはもう自分の背中を見てはくれない。

 それがなんとも寂しくて。

 アインは時おり見る、子供の頃の夢を、冒険ごっこしていた頃の夢を、愛おしく思っていたのであった。



☆☆☆



「俺は……?」



 夢を見ていた気がする。楽しい夢。

 アインは心地よい余韻の中から、ゆっくりと覚醒していった。



「魔物の毒にやられたの。解毒したから安心して」

「……ミーミル?」



 声だけ聞こえて一瞬戸惑ったアインだったが、すぐに思い出した。

 ミーミルは今、小人になっていたのである。

 そんなミーミルを元の姿に戻す為に、自分が魔の森に来ていたことを。


 横を見ると、やはり小さいままのミーミルが、なにやら草を踏みつけていた。

 淡い紫の花をつけた草――あれはクルド草だ。



「解呪薬を調合してるのかい?」

「ちがう。これはただの解毒薬、アインに飲ませる為のもの」



 そう言うとミーミルは、踏みつけた草から出た汁を手のひらで掬い、アインの口元に持っていく。



「飲んで。まだ解毒が足りてないはずだから」



 言われるまま解毒の雫を口にして、アインは不意に気づく。



「って、おい! 一輪しか見つからなかった花じゃないか! 俺に使ってしまったらおまえの呪いが――!」

「いいの」



 ミーミルは、やはりクルド草を踏みつけながら答えた。



「アインの方が大事」



 アインの方を見るでなく、ミーミルは言った。



「私もアインのことが好き。だけどアインは公爵家嫡男だから。序列も低い男爵家の私とは釣り合わない」

「そんなの……!」

「関係ないとは言わさない。私は知ってる、アインが侯爵家の某嬢と、婚約する予定だということを」



 アインは言葉を強めた。



「誤解だ! その話は破棄されるはずだった、その為に、俺は大豊祭までにミーミルを元の姿に戻したかったんだ!」

「……どゆこと?」



 アインは説明した。

 大豊祭の後、夜会を開いてそこで自分の婚約発表がなされる予定だったことを。そしてそこに、ミーミルを引っ張り出したいと思っていたことに。



「すまない、だから強引にでもと思って、惚れ薬なんかを頼んでしまったんだ」

「それは卑怯」

「言葉もない」



 シュンとするアイン。ミーミルはそんなアインを見て笑った。



「最初から、そう話してくれれば……」

「え?」

「それなら私だって、ちゃんと考えた」

「じゃ、じゃあ……!」



 ミーミルは首を振る。



「でももう遅い。クルド草はもうない、私は当面元の姿に戻れない。婚約発表なんかに出られない」

「関係ない!」



 アインは立ち上がった。

 手のひらの上にミーミルを乗せると、自分の顔にミーミルを近づけた。

 じっと小さなミーミルの目を見つめて、言う。



「どんな姿だろうと、俺はミーミルが好きだ。愛してる! だから言うよ、発表するよ! この小さな女の子が、俺の婚約者だって!」

「アイン……」

「ミーミル! 俺はここまでミーミルが好きだ! 俺のことを受け入れてくれ、頼む!」



 ミーミルは手のひらの上を歩いた。

 アインの顔に、近づいていく。アインの手のひらの上に、ミーミルの体温があったかい。

 柔らかなミーミルの足。小さな息遣い。

 触れあっている点と点を、アインはこそばゆく意識した。

 そしてそれはきっと、ミーミルも同じで。


 ミーミルは、ふふ、と笑った。

 チュッと。

 ミーミルはその小さな唇で、アインの唇に口付ける。



「これが私の答え」



 ――途端!



「あ!」「あ!」



 ボゥン、と白い煙が立った。

 次の瞬間、そこに立っていたのは、元の大きさに戻ったミーミル。

 結びつきを得た後のキスが、元の姿に戻るためのキーアクションだったのだ。


 ミーミルが作ったものは、歴とした惚れ薬だった。

『結果的には二人を結びつける』事象を招く呪術の篭った惚れ薬。呪われた魔術の惚れ薬。



「ミーミル……!」

「アイン……!」



 愛してる、と。

 二人は同時に言って、どちらからともなく抱きついた。


 もうお互い、背中は見えない。

 なぜなら互いの顔しか見る必要がなくなったからだ。

 過去は過去として過ぎ去り、未来が始まるのだった。


 未来が二人の前に広がっていた。

 それは、無限に広がった、長い長い未来。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛い話です。私はこういうのが好きです。
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