愛娘が遺した愛しい孫
ウォルト前公爵side
『ディルク様! ロザリ-お嬢様がっ、お嬢様がっ……』
『どうしたのだ、クヌート。いつも冷静なお前らしくないな。ロザリーに、何かあったのか?』
『ロザリー様が、危篤だって……! そう、ウェルター侯爵家の方が仰っています!』
今でも忘れられない、あのときの衝撃が……
私と妻の間の子で、唯一の娘であるロザリー。ウェルター侯爵家は飢饉に襲われ、王家の紹介で我がウォルト公爵家が資金援助をすることになった。その挨拶の場で、人見知りのロザリーがウェルター侯爵家の嫡男であるウィルヘルムに珍しく懐いたのだ。それがきっかけで、二人は婚約した。ウィルヘルムは、自分の顔立ちや性格でそのうち嫌われるから婚約しない方がロザリ-のためになる、と婚約を嫌がったが、結局婚約は成立した。その後彼は幼馴染みだというベルクス伯爵家のミレイユ嬢と一緒にいるようになった。彼が辞退しようとしたところに無理矢理婚約を結んだのだから、私たちウォルト公爵家やウェルター侯爵は止めることはできなかった。
今思えば、その時にでもミレイユ嬢をどこかにやっていれば良かったのかもしれない。彼女は、ウィルヘルムが離れないことを利用して、彼の婚約者を名乗り続けた。ロザリーは、『彼がそれで良いのなら』と、彼を止めることも彼女に文句を言うこともなかった。
だがその事は着実に、ロザリーを傷つけていったのだろう。娘は、だんだんと元気がなくなっていき、体調を崩すことが多くなっていった。人見知りをしていても昔は屋敷の中では明るく、私たち家族に心の底からの笑顔を見せてくれたのに、部屋に籠るようになり、寝込んで笑顔が消えていった。
そんな娘の姿を見て、私たちはやっとミレイユ嬢を隣国に留学させることにした。ウィルヘルムに懸想をしているらしい彼女は留学を嫌がったのだが、無理矢理留学させた。そうでもしないと娘が、ロザリーが壊れてしまいそうで、私たちの前から永遠に消えていってしまいそうで、怖かったのだ。
娘とウィルヘルムは、貴族学院を卒業して一年後に結婚した。ロザリーに少しでも馴染みのあるものを、と思い、娘の侍女であったリーディアとその娘のエルリーナを連れていかせた。リーディアは夫であり、私の息子の侍従であったラルスを病気で亡くしていたので、移動も容易かった。
結婚から二年後、ロザリーが懐妊した、とウェルター侯爵家から連絡がきた。私たちウォルト公爵家一同はお祭り騒ぎになった。愛娘のロザリーが懐妊したのは、私たちを浮かれさせた。
……王城でも浮かれていたため、当時国王であった先王陛下の雷が落ちたのは、まあ致し方の無いことだときちんと認識している。でも、仕事はした。陛下に向かって生返事をしたらしいが。申し訳ございませんでした、陛下。
そしてそのお祭り騒ぎからだいたい一年後、ロザリーが無事に出産したとウェルター侯爵家から連絡がきた。そうして生まれたのがミルフィリアだ。初めてミルフィリアに会った時、まるで天使のようだと思った。それくらい可愛かった。ロザリーから受け継いだミルクティー色の髪に、ウィルヘルムから受け継いだ銀色のようなグレイの瞳。幼いながらに既に目鼻立ちがくっきりとしていた顔は、ウィルヘルムに似ていた。私の指を小さい手でぎゅっと握ってくれた時は、あまりの可愛さに卒倒しそうになった。
私はミルフィリアが生まれて一年後くらいに王都から領地に引っ込み、爵位を息子に譲ったため、その後のことは息子からの手紙で知ることとなった。勿論ウォルト公爵領とウェルター侯爵領は隣り合っているため、少しは情報が入ってくるのだが、親戚とはいえ元は他人であるし、ロザリーたちは王都の屋敷にいるため全てを知ることはできなかった。
そして八年後、ロザリーが亡くなった。自殺でも、殺されたわけでもない。心労が祟り、病気に罹って悪化し亡くなった。ミルフィリアを遺して逝ってしまった。領地でロザリーが危篤だという知らせを聞いて、すぐに転移陣を使って王都に戻ったのだが、私たちが到着してすぐに娘は亡くなった。
『お父様……どうか、私の大切なミルフィリアをよろしくお願いいたします』
そう言って、微笑みながら。
ショックで塞ぎ込む時間など無かった。愛娘が遺した愛しい孫を、ミルフィリアを守るべく、王城に行ってウォルト公爵家に籍を移そうとした。
ミルフィリアが王太子の婚約者でなければ申請するだけで良かったのだが、将来王太子妃になるのであればウォルト公爵家として嫁入りするのか、ウェルター侯爵家として嫁入りするのかで色々立場が変わってくる。だから、話し合いに行ったのだ。
だが、移籍は認められなかった。そして、過度な干渉も禁じられた。こんなことは言い訳になどならぬが、だからミルフィリアが、ウィルヘルムの後妻となったミレイユ嬢……ウェルター侯爵夫人に色々されていると気付けなかった。
……ミルフィリアの表情がだんだんと曇っていくのに、家庭内の味方が侍女であるエルリーナしかいなくなっていったのに、気付けなかった。
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