辛い前回、ついに……!
ミルフィリアside
『君が、妹をいじめる奴だったなんて。見損なったよ。そんな奴を、王太子妃なんかにできない』
『……そうですか』
『やけに素直な反応だね?』
『だからなんですか? ずっと好きで、結婚したかった妹と婚約するのでしょう。妹は貴方がいないと生きていけないようですから。さっさといってあげてください。そしてもう私の前に来ないで。』
……最初に拒絶したのは貴方なのに。どうして傷ついたような顔をするの。それでは私が、貴方を苦しめてるようじゃない。そんなこと思っていないのに。私は貴方に拒絶されても、貴方を……
「ミルフィリアお嬢様! 起きてください、殿下がいらっしゃっていますよ!」
側仕えのエルリーナの声がする。どうして? 私は死んだはずなのに。
大好きだった、あの人のためなら何でもしても良い。例えこの身を滅ぼすことになっても、あの人が救われるならそれで良い。何をしてでも、手段を選ばずにこの身を捧げよう。そう思っていた人によって、殺されたはずなのに。
今でもあのときの感覚は忘れられない。平民用の独房に入れられていた私の首を、殿下は剣で刺した。彼がいつも使っていた世界に1つだけの、彼のための剣。何故か彼は、泣きそうに歪んだ顔で私を殺した。大方、義妹が吹き込んだ嘘話を聞いて、彼が心の底から愛する義妹を苦しめた「私」を憎く思っていたのだろう。
「ミルフィリア様っ!」
無理矢理起こされた。目を開けると……最期に会いたかった、謝りたかった、唯一私の味方をしてくれたエルリーナがいた。
「ミルフィリア様、もう王太子殿下がいらっしゃっていますよ! 急がないと」
王太子殿下……。つまり、私を殺した、レオンリュート様が来ているということで。私は。
「もう! 失礼します!」
考えている間に、エルリーナに支度をされた。誰かに世話をされたのは久し振りだ。私は平民用の独房に入っていたので、側仕えはいなかった。まあそもそも、お父様と義母に疎まれていたので側仕えはエルリーナしかいなかったけど。
エルリーナが私の側仕えなのは、彼女の亡くなった母親が私の産みの母親の側仕えとして付いてきたからだ。私の産みの母親の実家は公爵家。侯爵家が逆らえる相手ではない。ちなみに義母の実家は伯爵家だ。
他にも私の境遇に同情してくれた使用人はいたけれど、義母に辞めさせられた。貴族の使用人には紹介状を書けたが、平民の使用人には紹介状を書けなかった。彼らには申し訳無かったので、私が唯一持っていた宝石を渡した。エルリーナによれば、なんとかやっているそうで、良かった。
そんなことをつらつら考えていたら、王太子殿下が部屋に入ってきた。
「ミルフィリア! 何をしているのだ? 早く行くぞ、ロミアが待っているのだから。」
ほら、やっぱり義妹のことが大事なんじゃない。私なんて置いておけば義妹と二人っきりで登校できるのに。それとも、そこまでしてでも私に見せつけたいの?
分からない。殿下、貴方のことが……
「……それで、お義姉様ったら酷いの。わたしのお母様が伯爵家出身だからって、いじめてくるの。昨日もね、お義姉様が雇ったという暴漢に襲われて……。怖かったの、レオン様。」
義妹が何かを言っているが、全く気にならない。また戯れ言を言っているな、としか思わない。無視すると、被害者面をするのだが。
「レオン様、見てください! こんな風に、お義姉様が無視してくるんですぅ!」
「……そうだね、ロミア。酷いね。」
「レオン様もそう思いますよね!」
勝ち誇ったような笑顔を浮かべる義妹。私と張り合って何がしたいのかな。私とは違う人種、そう考えないとやっていけない。殿下も、酷い人と一緒にいなければ良いのに。
「レオン様ぁ。わたし、学園で襲われたらどうしよう……お義姉様は、お義姉様のお母様が公爵家出身ってことを笠に着て、取り巻きがいっぱいいるらしいの。だから、もし、その人達に襲われたら。」
「もしそれが本当だったら、本当だったら。助けてあげるよ。」
悲劇のヒロイン気取りの義妹。これを育てた親の顔が見てみたい。いや、親の顔は毎日見ているか。ああ、早く学園に着いてほしい。
そう思いながら外の景色を眺める。しばらくすると馬車の扉が開き、御者が顔を出した。
「あの、すみません。学園に着きました。」
「そう、殿下達はしばらく置いておいて大丈夫ですから。悪いけれど、暫くこのままにしておいてくれる?」
「はい。行ってらっしゃいませ、ミルフィリア様。」
彼には悪いけど、あれは放っておかないと後でロミアが大変だから。
なんて考えながら馬車を降りると、殿下が焦った表情ですがってきた。
「ミルフィリア! 待ってくれ!」
「……? 殿下は義妹とどうぞ。邪魔者は退散いたしますので。」
私は殿下を見ていなかったので、その時殿下がどんな表情をしていたかなんて知るよしもなかった。
教室に入ると、皆が顔を背けた。まあ、私は殿下に嫌われているから。媚びを売っておきたい彼らからすると、私と関わらないほうが良いのだろう。面倒くさいので、空き教室に行くことにした。始業まで20分ほどあるので大丈夫だろう。
扉を開けると、甘い声が聞こえてきた。
「んっ……。」
「俺の可愛いロミア。こっち向いて?」
「うん、クリス……」
「ロミアは可愛い。けれど時間だ、あと10分で授業が始まっちゃう。行こっか。」
「クリスと教室が離れるの、やだなぁ。ロミア、寂しいよぉ。」
「俺も寂しいよ。けど、ロミアが王太子と同じクラスで良かった。あれを踏み台にできるからな。」
驚いた。ロミアは、殿下を隠れ蓑にしてクリス様―――隣国の伯爵家嫡男、クリスティアン・エリファス様と付き合っていただなんて。ロミアの母親であるミレイユが身分主義なので、ロミアもそうだったはずなのだが。違ったのか?
「……っ、お姉様?」
「は? 姉?」
見つかってしまった。教室に戻ろうとしていた彼らに。
「お姉様、今の見てたわよね……。まあいいけど。でも、お母様には黙ってて。クリスと結婚するのにはお母様が邪魔だから。」
「ねぇ……。ロミアは、お義母様と同じ考えではないの?」
緊張して、うまいことを言うことができなかった。ロミアが目を見開いた。
「ああ……。面倒臭いから、合わせてるだけ。お父様の子ではないからね、わたし。お母様がクリスの叔父さんと不倫して出来た子なの。」
「不倫……?」
「そ。クリスの叔父さんは妻帯者だから、この国に来て侯爵様につけこんだの。」
知らなかったのだ、私は。一度目の人生でも、今世でも。きっと、殿下についてもそうだろう。目の前のことから逃げたくて、見て見ぬふりをした。
『対話が大切だ、ミルフィ。逃げるのではなく、きちんと向き合わなければならないのだよ。』というお祖父様の言葉がよみがえる。
何故、お祖父様の言葉を大切にしなかったのだろうか。自分と向き合わなければならなかったのに、目の前のことを見極めなければならなったのに。