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あわない山道

作者: たかしモドキ

ノンフィクションですが、小説という形式上

私の語り口や、体験を文章に置換する際の脚色など、

事実と異なる部分はあります。

また時間の計算については、執筆にあたり再度計測して来たものから

逆算していますが、当時は正確に測っていないので誤差はあると思います。

俺たちは、寂れた田舎町を包囲した深夜の海岸線で、

今にも白煙を噴き出しエンストしそうな、

オンボロの軽トラに乗っかって目的地を目指していた。


軽トラックの荷台から、嬉しげに顔出した俺に、

寒期特有の乾燥した冷気が容赦無く噛みつき、

親譲りの大きな耳の先端を赤く染めた。


ふと、沖合を見ると、水面には煌々と輝くスクランブルエッグが見える。


「見ろよコウちゃん!月がすげぇぞ!」


と、同じく社内暖房の恩恵から溢れたヤンキーのコウちゃんに

夜天を飾る秀麗(しゅうれい)な電球について共感を求めてみる。


「なぁ大野。知ってるか?

 月って太陽がねぇと光れないらしい。

 まるで俺とマナミみたいだよなぁ」


「ああ‥‥うん。」


コウちゃんは最近できた彼女にお熱だった。


俺は、不良かぶれではじめた煙草に火を入れようと

安物のオイルライターをポケットから取り出し

小気味良く鳴る蓋を開いてフロントホイールを弾いたが

ローレット加工の円盤がいくら火花を(こしら)えても着火する事はなく

多方向からの風に煽られる荷台の上でそれは無謀だった様だ。


ヤンキーのコウちゃんは、スノースポーツ用に購入した

暖かさそうなジャケットに肥えた首元を(しぼ)めて咥えタバコで俺を待っている。


まごついていると小言を言われかねないと思った俺は、

結局、ロマンよりも実用性を取り、反対のポケットから

コンビニで120円で買ったターボライターを取り出し

2人して対して味もわからない煙を吸っては、気取って鼻から抜くのだった。


高校卒業と同時に始まる義務の無い日々、

それは特別自由な期間だった。


その頃には、進学先も就職先も決まっていた俺たちは無敵だった。


何週間も家に帰らず、あちらこちらを転々と遊び歩いては、

誰かが何かを言い出すたびに、大はしゃぎでそれに乗っかった。


唯一良かったのは、人様にあまり迷惑をかけない類の連中だった事だ。


騒ぎすぎて、隣の部屋の強面兄ちゃんにどつかれそうになった記憶はあるが、

物を壊したり、万引きしたり、喧嘩したりみたいな、不良達のセオリーからは外れ、

意味もなく夜中の山に猪を見に行ったり、風俗店の裏道で嬌声を聞きに集まったり、

夜中の海岸で円を描いて星を見ながらUFOと交信したりと、少し間の抜けた連中だった。


その日も、そんな何気ない日々の一コマに過ぎず

これからあんな奇妙な体験をするとは誰も思いもしていなかった。



事の発端は、その日の日中に遡る。



誰の言葉だったか、もう確かには思い出せないが、

島に住んでいるヒロの家に泊まりに行こうという話になった。


海沿いの街に住んでいても、島に住んでいる人間というのは、もの珍しく

ただ友人の家に遊びに行くとしても、船を使う物だから一味違う。


俺たちは、ヒロと連む様になって、すぐに船舶での移動がやみつきになった。


同年代の青年だけで、船舶をかっ飛ばして海を渡る。

俺たちにとっては、もうそれだけで十分大きなイベントだったからだ。


ヒロの承諾を得て、軽トラに乗り込んだ時には、

既に午後11時を過ぎていて、辺りはもう(すずり)を覗いた様に真っ暗だった。


今回の誘いで集まった面子は、いつもより少なく俺を含めて4人。


ヤンキーのコウちゃん、島住みのヒロ、幼馴染の筋肉。


まず、ヒロの住む島に向かう為に、俺たちは船の停泊場を目指し

二人乗りの軽トラに4人で乗り込んだが、

ジャンケンで負けた俺とコウちゃんは、

軽トラの二台で寒空を眺める羽目になり今に至る。



軽トラが減速し、背中にじんわりと慣性を殺した時の応力を感じると、

今度はググンと横に引っ張られ、軽トラの車体は大きく旋回し

往来の多い一般道から草木の多い山道へと差し掛かった事を知らせた。


その時、助手席側の窓がゆっくりと開き、

3本線のジャージから覗くゴツい腕がこちら側に伸びてくる。


助手席の筋肉だ。


筋肉は、後方確認用の小さな窓から細い目でこちらを見つつ、

荷台のあおりを、何か硬い物でカンカンと叩いている。


「うるさいな。

 わかったわかった!

 せめて喋れよ!」


俺は習慣から、筋肉の言わんとする事を察して

その手に握られている金属を受け取る。


手渡されたそれは、

どこにでもありふれている鍵だった。


俺たちが進んでいるアスファルトの引かれた山道の先は、

海水浴場を併設した海岸で、ヒロが所有する船舶もそこの停泊場にある。

夏季には公共化され自由に行き来できるのだが、

今の様な冬季には、イタズラ防止の為か、

山道は、フェンス付きの大きな片引きの門で封鎖されている。


しかし、島から用事があってやってくる島民は、

それでは困るので、各家庭に一つ、門を解錠する鍵を持たされているのだが


つまり、それこそが俺の手にあるこの鍵な訳だ。


これはオレ達の中では儀礼化されていて、

いつも荷台に居るジャンケン敗者が門を開場するのが慣わしだ。


しばらく右に左に頭を揺らしてから、再度減速を感じた俺は、

軽トラのあおりに手をついて、停車と同時に地面に降りた。


目の前には、大きな鉄製の門が軽トラのフロントライトを反射している。


軽トラを追い越し、門の前まで移動したオレは、狡猾に閃き

車内でぬくぬくしている二人に仕返ししてやろうと、

当時オレの持ちネタだった『10円玉拾い』というギャグをお見舞いした。


「あれ大野?そこに10円玉落ちてない?」から始まるそのギャグは、

下品極まりない代物で、その前振りを察したオレが「どこどこ〜?」と言いながら

下半身を露出させたまま、歩きまわり最後に「あった!!」と言いながら

ギャラリーに尻を向け、10円玉を拾う動作と共に臀部に穿たれたブラックホールを見せつけるという

羞恥心のカケラもない最低最悪のショートコント。


ライトアップされた門の前に突如として出現したブラックホールに、

社内の2人はさぞかし戦慄した事だろう。


静まった山道に、怒声(クラクション)が響き渡った。


老人の枯れた咳を彷彿とさせる軽トラのアイドリングに混じった

社内からの糾弾の声を受け流しながら

俺はゴツい南京錠を解錠し、ガラガラとフェンス付きの門を開く。


それに伴い濃い排気をマフラーから噴き出させ

軽トラはゆっくりと前へ進み、門を通過して少し行った所で再び停車した。


それを確認した俺は、押し開いた門を今度は強く引っ張り

しっかりと元の状態に戻してからきちんと施錠する。


一連の様式を終えた俺は、軽トラの荷台に飛び乗ろうと歩みを進めた。


「ほら。鍵貸せよ大野」


と、ヤンキーのコウちゃんが気を利かせた。

社内へ鍵を戻してくれる様だ。


「お。サンキュー」


何の警戒もせず、鍵を手渡した俺に対し

コウちゃんは悪戯っぽく、ほくそ笑むと

バシッと強引に、俺の手から鍵を奪い取り

荷台に乗ろうとする俺を邪魔してくる。


「うぅぇい!!

 ひゅうッ!!

 させねぇよ!!」


「やめっ!!やめろや!!

 あぶねっ!あぶねぇだろ!!

 やめろやぁあ!!」


今年で、18になる俺達だが。

OSは、中学生のままだ。


と、コウちゃんのダル絡みに付き合っていると

それを見た運転手のヒロが、S気を刺激されたのか

軽トラのギアをニュートラルにして、そこへ参加してきた。


やや勾配のある道の上でギアを解放された軽トラが、

荷台へ登ろうと必死になっている俺に向けてグググと下がり

荷台後方のあおりが俺の下腹部にめり込む。


「いててて!!ヒロの野郎!!

 負けるか!!このッ!!」


俺は、心の中に眠る英雄ヘラクレスを目覚めさせ、

彼の剛力の1億分の1でも体現しようと、力一杯で軽トラを受け止めた。


イメージの中では、軽トラを後方へぶん投る気持ちだったが、

図体ばかりで、あまりマッスルではない俺のボディでは、

下がってくる軽トラを受け止める事しか叶わない。


‥‥‥すると。


意に反して、体が前方に引き寄せられる。


「おぉ!?」


マフラーから、むせ返る排気ガスが吐き出され

俺の目に刺激的な流動を浴びせた。


そしてゆっくりと進み始める軽トラ。


「ちょっ!!ちょっと待って!!」


さらにぐんぐんとスピードを上げる軽トラ、

それにしがみ付きながら追従し本気で走る俺。


しかし、自動車の走行スピードに人力で着いて行ける筈もなく

やがて、俺の指は荷台のあおりから離れてしまう。


「待ってくれぇ!!

 置いてかないでくれよぉおおおお!!!」


と、女々しく叫んだ俺を尻目に、

軽トラは前方へ続く坂道を駆け上がり、

暗闇の中で光る真っ赤なブレーキランプは、右にカーブしてやがて見えなくなった。


ちなみに、荷台の上で俺を見ていたコウちゃんの、

ぶん殴りたくなる様な笑顔を俺は今でも忘れない。


「お‥‥置いていかれた‥‥」


暗い山道の入り口に一人。


時刻は12時に迫る。


心なしか視界に映らない草木の向こう側からは、

過敏な自意識が生み出す数多な気配を感じる。



インスタントな絶望がそこにはあった。



「ヒロの野郎‥‥置いていくなんて

 ひでぇ野郎だ!!!」


と、大きな独り言を叫ぶのは、

空元気から勇気を搾り取る為だ。


そして何より、自分がこういう扱いを受けるキャラだという事を、

俺は重々承知していたのだ。


もしくは、唐突な「10円拾い」をかました俺への処刑行為なのかもしれない。


「あ、そうだ!携帯!!」


俺は、ポケットからスライド式のガラケーを取り出し、

人を置き去りにしたクソッタレ共にコールしようと試みたが、

左上の三本線は無情に消え失せ、代わりに【圏外】の2文字が並んでいる。


「マジか‥‥」


この時代の柔らか銀行は、回線が弱い事で有名で、

某社のショップ店員である親の都合で選択肢無く

そこを利用していた俺に非はない。


「‥‥‥」


ふと、辺りを見渡すと暗闇に慣れてきたのか

俺の目には、ある程度正しく周囲の輪郭が写っていた。


一切光源のない山道で、こんなにも視界が確保できたのは、

頭上に煌々と輝く満月のお陰だ。


「ボチボチ‥‥行くか」


よくよく考えれば、いくらなんでもこんな所に置き去りにしたまま

島へ向かうほど、タチの悪いギャグをする奴らじゃない。


となれば、少なくとも海岸に着けば引き返してくれる筈、

それなら、少しづつでも前へ進んで置いて損はない。


月が照らしてくれるお陰で恐怖もだんだん薄れてきた所だ。


普通に考えて真夜中の山道を歩くなど正気の沙汰ではないが、

俺はこの道を安全に進める自信があった。


ここで、この山道について少し詳しく話したい。


先にも行ったが、この山道は、船着場へと続いていて、

現在地である入り口の門から、船着場まではアスファルトで舗装された一本道だ。


その一本道は、山道特有のグネグネ道だが、

木々の生い茂る獣道を進む訳ではないので

舗装された道の真ん中を歩いていればまず安全なのだ。


とは言え、山道を進むということは、

山ひとつ分を超える事に変わり無く

舗装されている道を歩くとは言えそれなりに時間がかかる。


感覚的で、正確性は欠けるが目安として、


車で5分。

自転車で10分。


徒歩なら多分3〜40分程度かかる。


しかし、流石に歩いて船着場まで行く気は無い。

きっとヒロは引き返してきてくれる筈だ。


俺はそう思いながら山道を進み、

目の前の坂道を登り切って最初のカーブを右に曲がった。


「‥‥?」


その時、薄っすらとトーンを落とした視界に、

明らかに自然物とかけ離れた輪郭がぼうっと浮かび上がった。


想定外に流し込まれたその情報に、俺の華奢な心臓がドクんと跳ね、

身体中に冷や汗が噴き出してくる。


「なんだ‥‥これ‥」


瞼を細め、目の前に現れたソレが何なのか

近似したものを脳内で模索する。


「あ‥これ‥お地蔵さんか‥‥」


暗闇に浮かび上がるお地蔵さんというのは、

想像に容易く不気味なものだが、

その時の俺は、恐怖よりもその正体がわかった事で安堵していた。


しかし、それも束の間、

急速冷却する怖気が背筋に走った。


それは微量の違和感を起因とするものだ。


「ちょっと待てよ‥‥こんな場所に

 お地蔵さんなんて合ったか?」


この場所を通るのは1度や2度と言わず

数え切れないほど何度も通っている。


しかし、お地蔵さんなど見た覚えはない。


俺は怖気を発生させた違和感を否定する為の言い訳を探した。


この道を通る時は、いつも軽トラに乗っているし、

大抵馬鹿な話で盛り上がっている。


景色をじっくりと見ながらこの道を進んだ事はない筈だ。


ならば見落としがあっても、別におかしな事じゃないだろう。


「‥そういう事にしよう‥‥ん‥なんだ‥この臭い」


その時、何処からともなく

鼻に馴染まない臭いが鼻腔を抜けた。


例えるなら、動物の死体から出る腐敗臭だ。



脳内に、いつかの記憶が蘇る。



それは数年前みたホラー番組のワンシーンの言葉だ、

幽霊などの物怪の類と遭遇し、心霊体験をする直前には、

嫌悪感を伴う異臭がするらしい。


先程とは比べ物にならない恐怖心が、

全身の毛穴を粟立たせた。


俺はそこから逃げるように小走りで道を進んだ。


そして絶対に振り返ってはいけないと思った。


闇雲に走り出した俺だったが、

次第にリズミカルに息を整え

さながらランニングでもする様な要領で

硬いアスファルトの道をズンズンと進んだ。


道は相変わらず月光で照らされている。


「はぁ‥はぁっ‥しんどぃ‥」


とは言え、俺は普段から運動をするタイプではなく

直ぐに息切れを起こし軽やかなランニングが、

穏やかなウォーキングへと変わった頃、

静まった山道に、フケの悪いマフラー音を聞いた。


間違いなくヒロの軽トラの排気音だ。


ようやく迎えが来たことを悟った俺の心は、

平常時と変わらない程の安定を取り戻し、

安心しきった俺は、再び臆さずに歩みを進めた。



しかし、再び俺の心を不安に駆らせるものと遭遇する。



1分ほど進んだ先で、やけに開けた場所に辿り着いた俺は、

地面に白線で書かれた大きな文字に気付く。


バス。

バス。

バス。


と、地面にはそう並んで書かれていた。


山道でこんなにも広い空間を見た覚えがなく、

加えて地面に引かれた文字にも覚えがない。


俺はまるで熱にうなされた時に見る

何処までも異様で支離滅裂な夢の世界にいる気分だった。


脳裏に浮かぶのは、世界の狭間(はざま)

異世界に迷い込んだ誰かの体験談。


ネットで良くあるネタで、その多くは嘘っぱちの物語だが、

違和感に支配されていると、関連づけて脳内から引き出され

どうにも真実味を帯びてしまう。


それはダイレクトに恐怖心に転化し、

俺はややパニックに陥った。


今直ぐこの場から離れないと、

大変な事になる気がした。


説明のつかない本能的な恐怖が、

俺を再び走らせ、それからはずっと小走りだったと思う。



そして俺は‥‥‥間も無く船着場に到着した。



がむしゃらに走っていたので気が付かなかったが

どうやら結構な時間、山道を進んでた様だ。


体感時間では、10分やそこらだが

恐怖心が感覚を狂わせていたのだろう。


「はぁっ‥‥はぁっ‥‥あっ!!ヒロッ!!!」


船着場の端、砂場の駐車場で軽トラから降りてくるヒロが見えた。


「ヒロ!!この野郎!!良くも置いて行きやがったな!!」


恐怖心から緩和された俺は、ややおかしなテンションで

両腕を上げた奇妙なスタイルで走りながらも

一応、怒りながらヒロに接近したが、

ヒロは謝るわけでもなく、馬鹿にするでもなく

怪訝な顔で俺を見ながらこう言った。


「大野、お前どうやってここまで来たんだ?」


「‥‥え?いや、走って来たけど」


「走ったって‥‥何処を?」


「いや‥だから道をよ」


「嘘つくなよ」


「嘘?‥‥嘘なんかついてないよ」


そう言いながら、俺は筋肉とコウちゃんの方を見る。

すると二人は何か訝しむ様な目でこちらを見た。


「なんだよ‥この空気

 置いて行ったお前らが悪いんだろー!!

 それとも何か!!俺が悪いってか!!」


「いや‥‥だってお前何処にも居なかったじゃないか」


「‥‥何処にも居ない?

 どういう事?」



「だって俺、ゲートまで迎えに行ったんだぞ?」


「‥‥え」



ヒロの言い分はこうだ。


ふざけて軽トラをバックさせた後、

俺が荷台に乗ったものと勘違いしたヒロは、

そのまま船着場まで行き、到着してから

俺が居ない事をコウちゃんから言われて知り

直ぐに引き返して入り口まで戻ったが何処でも俺とすれ違わず

仕方がないから、またとんぼ返りして船着場まで戻ったそうだ。


そして今、丁度到着したらしい。



確かに、それは事実だと思う。



俺も軽トラの走行する音をこの耳で聞いた。


こちら方向へ接近する排気音を懇願(こんがん)していた、

あの状況の俺が聞き間違えるはずがない。


そして、やはりこの山道は一本道で、

少しでも舗装された道を逸れれば気付くだろうし

もしも獣道を進んだのだとすれば、俺もヒロも無事じゃないだろう。



でも、それでも俺たちは出会わなかったのだ。



ヒロは他にも可笑しな点を指摘した。


それは【時間】だ。


最初にも触れたが、この山道を超えるには


車で約5分。

自転車で約10分。

徒歩なら2〜30分ほど掛かるのだ。


それにもかかわらず、俺が門から船着場に向かうまで掛かった時間は、

おおよそ10分やそこら。


つまり、自転車と同等のスピードで走行して来た事になる。


普通に考えてありえない事だ。


「大野‥いや‥お前ら

 俺を騙してんだろ?

 本当は大野は軽トラの荷台に居てさ

 俺にバレないように降りて隠れてたんだろ?」


と、ヒロは訝しんでいたが、筋肉もコウちゃんも、

もちろん俺にも心当たりは無く、

そこには、ただ説明の付かない不思議な現象が、

事実として成立してしまった不快感だけが漂っていた。


俺たちは、恐ろしくなって船に乗り込み

直ぐにヒロの実家を目指した。


水飛沫を弾かせて海路を進む船の上で、

空との境界線を失った暗闇の奥で

タプタプと揺れる水面が不気味に見えて

俺は、寝るまで鳥肌が収まらなかった。


「俺たちさ‥もう死んでるとか‥無いよな?」


と、船上で筋肉がジョークを言ったが、

誰も笑う事ができなかった。


それから島についてから俺達は、

ヒロの家でまったりとした時間を過ごしたが

次の日、全員が目を醒ますまで不安が拭えなかった。


次の日、オレ達は事実を確かめる為に、

明るいうちに山道を歩いてみる事にした。


答え合わせでもしないと、不可解で堪らなかったんだ。



その中で晴れた疑問もある。



まず、大きなバスの文字、

あれはきちんと存在した。


ヒロ(いわ)く、海水浴場が開く時期には、

観光バスが通行するらしく、

その時にバスを停車させる為の駐車場らしい。


明るい時に見れば、恐ろしさは感じず

あの異世界に迷い込んだ様な感覚は、

オレの恐怖心が生み出した幻想だった様だ。



そして、あのお地蔵さん。



あれも確かに存在するものだった。


ただし、存在するのは良いのだが、

異様な事実が判明した。



オレがあの地蔵に会った場所と、

実際に地蔵がある場所とでは辻褄が合わないのだ。



オレが地蔵を見たのは、最初のカーブだったはずなのに、

実際に地蔵があったのは山道の中腹辺りだったのだ。



だとすると‥‥‥。



オレが最初のカーブを曲がった時点で

可笑しな事になっている。


一体あの数歩で何キロ移動した事になるんだ?


翌日、オレ達が歩いた時は、えらく時間がかかり

40分くらい掛かったが、これはふざけながら歩いたからで、

普通に歩けば2〜30で着ける距離だろう。


事実を確かめる為に来た俺達だったが、

この話の奇妙さを更に深める事になってしまった。


この後、何度もこの山道を通ってヒロの家に遊びに行ったが

特別不思議な事は起こらず、これ以降、奇妙な経験をした事は無い。


これで、この話はおしまいで、

真相は未だに分からない。


今ではもう、10年も前の話になるので、

恐怖心も薄れ、実体験の怪談話として

手札に持てるので、初対面の人とのトークで

活躍してくれる小話として消化している。


でも、一応のオチというか

話の締めくくりとして、

後日、ヤンキーのコウちゃんが言ったジョークが、

今でも頭から離れない。



「もしかしたら、あの時のお前はまだ、

 俺たちに出会えずあの山の中で彷徨っているのかもな」

残念ながら、私の行った下品なギャグも実話です。


ここが一番のホラーですね。

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