初恋は叶える
婚約破棄物によくある、ヒーロー視点です
美しく流れる黒髪。しっかりとした姿勢。
小鳥の様に愛らしい声が紡ぐ言葉は、聡明さが伺える。
横目で盗み見た顏は綺麗で、小さく作り上げた笑みは、花が開いたようだ。
恋に落ちるとはよく言うものだ。正しく、足元から穴に落ちた感覚である。
生まれて初めて、一目惚れという言葉を真に理解した瞬間だった。
「これはこれは、ようこそ我が国へ!」
「かの大国、クーヘン皇国が皇太子たるオスカー・クーヘン様にお越しいただいて、我が国も誇らしいです」
クーヘン皇国より離れた、小さな国の王宮。
そこへ足を踏み入れたオスカーを、国王と王太子自らが出迎える。この国の王族特有という、白銀の髪は綺麗に整えられていた。
少しでも印象を良くしたいようだ。それも受け入れた上で、にこりと微笑みかける。
横に流した深緑色の髪に糸のように細い目。
端正ながらも温和に見えるという自分の容姿で微笑めば、大抵の人間は緊張を解く。
例に漏れず、国王もほっとしたようで 胸を撫で下ろした。別にいいが、当の本人の目の前でやる動作ではないだろう。
王太子も同じ意見で、国王に小声で注意した。
「こちらこそ、急な訪問になってしまい申し訳ありません」
完全な余所行き用の笑顔と口調で告げれば、そんなことは無いと善意の笑顔が返ってくる。
向こうとしては、大国と繋がるチャンスだ。余程の事が無ければ断らなかっただろう。
「我々の方こそ、貴族院の卒業式にオスカー皇太子がお見え頂けるとは。本日は後世に残る、名誉ある良き日となるでしょう」
「大袈裟です。国としても個人としても、こちらの国の文化は気になるところでしたので。その宝庫たる学院の行事に参加でき、光栄です」
自分で外交をするに当たり、国の特徴というのは非常に重要な情報だ。
多くの国が似たような品をあげる中、この国は他国と同等の発展をしつつ、独自の文化も築き上げている。
分かりやすい物としては、公侯伯子男の爵位が紫青赤黄灰で示される点、家名を先に名乗る点、高位になる程に名前が長く親しさで呼ばせる愛称を変える点あたりだろう。
そのお陰で貿易できている部分もあり、その所為で遠巻きにされている部分もある。
クーヘン皇国が介入すれば、その隙間を狙って多くの国が殺到するのが目に見える。
故に、気合いの入れ方が段違いなのだ。
挨拶もそこそこに、卒業記念パーティーの会場へ赴く事とした。
王族専用の馬車にオスカーと最も信頼できる配下一人、国王と王太子の四人。その前後に護衛がつき、近くの会場へと向かった。
馬車の中で軽く話した印象として、王太子の方が器が大きい。
「そういえば、今年はご息女が卒業されるそうですね」
「ええ! 親の欲目抜きにしても、あの子は愛らしく場を明るくする事が得意で」
「見た目はいいと思いますが、愚妹は視野が狭い癖に正義感が強いです。オスカー様のお目汚しになってしまうかと、正直不安でなりません」
娘の印象を良くしようとする国王とは裏腹に、王太子は淡々と事実を連ねる。
欲目なしに判断できる所は好印象だ。それに、第一王女の性格に難があるという事は既に調査済みである。
婚姻による血の結びは、国同士を繋げるには有効打。
国王は目先の利を求めて娘をオスカーに勧め、王太子は難ありの妹を目上の妻に送る不利益を理解して避ける。
王太子の方が利のある話ができると、そちらを中心に話しかけた。彼の即位が楽しみになってくる。
会場に着けば、警備の兵士が恭しく頭を下げる。
開けられた道を進みながら、扉の前まで来た。
何やら、中が騒々しい。
首を傾げながらも、自分が入れば落ち着くだろうと国王が扉を開けさせる。
途端、金切り声が響いた。
「ハーヴェスト・フランティクス! 貴女を国外追放としますわ! 二度とこの国の土を踏ませませんわよ!」
その声と目前の光景に、国王と王太子が唖然と口を開く。
それもそうだろう。人の輪の中心で、高らかに叫ぶ少女は身内である第一王女だ。
閉じた扇の先で罪人を指し示す表情は、どこか生き生きとしている。正義感が気持ちを高揚させているらしい。
その背後に立つ、壮年の男女と歳若い男女の四人。少女を守る様に三人が傍におり、王女と共に相手を睨みつけていた。
桃色という珍しい髪色に合う大きな瞳を潤ませ、少女はその立場に甘んじている。
王女が正義の使者役なら、少女はか弱いヒロイン役のようだ。
だが、五人と対峙している者は、たった一人の少女だ。
暴行があったようで、結い上げていた黒髪は乱れ、頬を抑えて膝をついている。豪華なドレスの二人とは反対に、失礼にならない程度の粗末なドレスだ。
何の騒ぎかはまだ分からないが、少なくとも卒業パーティーで起きていい事態ではない。
「何の騒ぎだ! 道を開けよ!」
呆然として動かない国王の代わりに、王太子が毅然とした態度で叫ぶ。その声に反応した周りが、中心部までの道を開けた。
つかつかと詰め寄る王太子に、皇女が一瞬だけ動揺した所をオスカーは見た。
「シェリエンナジーネ。記念すべき卒業パーティーで、何をしている?」
「お、お兄様! この者は青家でありながら、養子に入った従妹のアリアを虐げていたのですわ! それだけでは飽き足らず! アリアの実家、ウェレット領地を我が物顔で出歩いていますのよ!」
「ウェレット領地というと……近年、花の加工品で利益を出している、灰家の所か」
「そうですわ、王子様ぁ。フラン姉様が、あたしには勿体ないって、無理矢理ぃ……」
ヒロイン役のアリアという少女は、わざとらしく言葉を止めて顔を覆う。
それを見た隣の少年が優しく肩を抱いて慰め、壮年の男女はフランティクスと呼ばれた少女を睨む。
「ああ、アリア。なんて可哀想なんだ……」
「本当に、アリアちゃんは健気だわ。それに比べて、フランは……」
「血も涙もない女だ。虫唾が走る! そう思いませんか、王太子殿下」
「…………私は発言の許可を出していないが?」
自分より上の相手には、許可を得てから発言する。
貴族の常識をすっぽ抜かし、国で一番トップに指摘された三人は目線をさ迷わせた。
アリアだけはキョトンとしているので、それさえも知らないようだ。
しかし、オスカーには関係ない。
王太子が通った後を追い、そのまま騒ぎの中心まで行く。
全員の視線がオスカーに向いたが、気にせずにフランティクスの前に膝をついた。
急な接近に、フランティクスが顔を上げる。端正な顔に、殴られたらしい赤みが痛々しい。
指輪の魔法石を使い、手持ちのハンカチを濡らしてその頬に当てた。
冷たさに驚く様も、なんとも愛らしい。
「国外追放なら、今すぐ連れ去ってもいいよね?」
にっこりと微笑むオスカーに、フランティクスは目を見開く。黒の瞳がオスカーを捉え、少しして小さな口であっ、と小さく声を漏らした。
「もしかして……ふた月ほど前に、装飾店でお会いした商人様、ですか……?」
「覚えててくれたんだ〜! 良かった!」
フランティクスの言う通りだ。
お忍びで遊びに来て、たまたま入った店に彼女はいたのだ。
商品について従業員と話す姿に、文字通り心奪われた。熱に浮かされたような衝動のまま、他国の商人と偽ってフランティクスと言葉も交わした。
一挙手一投足、口から出す吐息さえも、目を離せない。
少しの交流だけで、オスカーの恋心は這い上がる気もない底なし沼と化した。
絶対、彼女を射止めてみせる。そう意気込んで、気づけば日が経ち、今日に至る。
久しぶりの再会に心弾む。だが、事態を理解したらしい外野が騒ぎ始めた。
「き、さま! 俺がいながら浮気していたのか!? ふしだらな!」
「なんて気持ち悪い! 不誠実よ!」
「ふしだら? 不誠実?」
フランティクスの手を取り、立ち上がらせる。
そのまま彼女の隣に立ち、外野へ敵意しかない笑みを向けた。
「ボクは一目惚れした彼女と少し会話しただけです。ふしだらとは、婚約者の妹へ贈り物をしては宿屋に泊まったり、妹の言う事を鵜呑みにして蔑ろにしたりする事では?
不誠実とは、義母と同じ髪色だと実子を疎んで放置したり、姪御を正式な養子にして請われるがままに実子を痛めつける事では?」
淡々と述べた内容に、過剰に動揺する婚約者とハーヴェスト夫妻。
反応が事実であると証明しており、周りの人々の視線が冷たくなる。
「ちょっとアリア!? 義姉が貴女の婚約者に横恋慕してから更に虐められたと仰ってましたわよね!? 私を騙しましたの!?」
「王族という絶対権力を持ちながら、何も調べずに大勢の前で民を断罪ですか? 有り得ませんね」
「なっ、このっ、無礼者!」
「お前の方が無礼だ!」
顔を真っ赤に叫ぶ王女の面を、王太子が思い切り張り倒した。
派手な音を立てて床に倒れる王女に、人だかりのあちこちから悲鳴が上がる。
唖然とする王女達に見向きもせず、王太子はその場で直ぐにオスカーへ土下座をした。
床につきそうな程に額を下げる王太子に、周りのざわめきが止まらない。
「一国の王族として有るまじき愚行をお見せして、大変申し訳ありません!」
「お兄、様? 何で、どうして……?」
「この方はさる大国の王太子だ! お前の行動全てが斬首に値する! 父上も! 早くこちらへ来て頭を下げてください!」
「わ、分かっている。だが、シェリーを殴るなど」
「愚妹の名誉よりも国の存続が先でしょう!?」
「もういいですよ。意味もわからず土下座されても困りますから」
曖昧な謝罪などいらない。ばっさりと切り捨てたオスカーを国王が青白い顔で見てくる。縋り付くような視線が鬱陶しい。
やはり、王太子の方が王らしい。
近くに待機していた配下に指示を出し、分厚い資料を王太子に渡させる。
膝をついたまま目を通した王太子は、数枚捲っただけで青ざめた。事態の重さをすぐに理解したらしい。
顔を上げた王太子に不敵に笑いかける。あとは彼が行動する。
やる事は終わったと、オスカーはフランティクスの手を取って微笑みかけた。
「ボク達はお暇しようね、ランちゃん」
「ランちゃん……?」
「ボクだけが呼ぶ愛称だよ。きょとんとした顔も可愛い〜」
「えっと、あの、発言の許可を」
「許可なんか必要ないよ〜。さっきも言った通り、ランちゃんに一目惚れしたの。暗い顔してたから思わず色々調べて、それでどーしても諦めきれなくてね? そんな中でたまたま、国外追放される場面見ちゃったでしょ? それって、婚約も白紙で家のしがらみもなし! だったら、このまま連れて帰りたいな〜って」
好き、大好き、愛してる、可愛い。
目の前の相手に告げる愛の言葉が次々と口から出てくる。
言われ慣れていないフランティクスが、慌てながら顔を林檎のように赤らめていく。その過程さえも可愛らしい。
視線を逸らし、ポツリと小さく言葉を紡いだ。
「その…………慣れていないので、恥ずかしいです………………!」
あまりの愛らしさに、脳内でウェディングベルが高らかに鳴り響く。
今すぐにでもベッドに連れて行きたい。その欲を抑え、他の男に見せたくないがままにフランティクスを連れてその場から去った。
後ろでぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる音がしたが、完全に無視した。
フランティクスがきちんと国境を出たと証明する為に、高価な馬車で道を進む。
御者は連れてきた配下が勤め、後ろには警備の兵士が馬を走らせている。国境を超えたら、持ってきた魔法石で転移魔法を使う予定だ。
オスカーは隣に座るフランティクスをじっと眺めている。張り詰めた神経が落ち着いたらしく、彼女はすやすやと眠っている。
その寝顔も愛おしく、オスカーは彼女の髪を撫でた。
ハーヴェスト・フランティクス。ハーヴェスト家の長女。
侯爵家の一人娘でありながら、彼女の境遇は下手な物語よりも酷かった。
まず、厳粛な先代夫人と同じ黒髪から、生まれてすぐに両親から疎まれた。
聡明な部分が可愛くないと嘆く両親が目をつけたのが、夫人の弟夫婦の一人娘ウェレット・アリアだ。
平民から見初められたウェレット夫人の顔立ちと髪色を受け継いだアリア。
彼女が欲しくなったハーヴェスト夫婦は、事故に見せかけてウェレット夫婦を始末した。
その上で、実子がいるにも関わらず正式な養子として引き取り、親としての愛情を注いだのだ。
アリアは愛されないフランティクスを馬鹿にし、虐げ始める。そうすると、両親も同じようにし始めた。
衣食住の不自由はもちろん、先代も亡くなり誰もいなくなったウェレット領の管理を彼女に押し付け、利益だけを受け取る。
その内、同格の家との婚約が結ばれたが、聡明なフランティクスよりも享楽的なアリアを求め、両親も咎めない。
地味で内気な義姉に陰で虐められる、それでも明るく振る舞う可愛らしい養女。
アリアの役と家族ぐるみの嘘に騙され、王女もフランティクスを疎み冤罪で国外追放とした。
愚か者共は気づいていない。
ウェレット領の利益は、領民のアイディアをフランティクスが開発、流通まで押し上げていたから出た物。
彼女がいなくなれば、たちまち立ち行かなくなる。
そもそも、ウェレット領はフランティクスが当主だ。
先代ウェレット夫婦は、息子が娘夫婦に殺されたと気づいたのだ。
そして、唯一の孫の為、ウェレット家をフランティクスに相続させる書類を作成した。
元平民から召し上げられた息子の嫁が好き者である事。
出産予定日が聞かされていた日よりも短い事。
正しい日数で考えれば、息子が父親でありえない事。
それを伝えたくても、その時だけ身分差を出して聞く耳持たない娘夫婦。
正しい血筋への相続が、フランティクスを守る唯一の手段だった。
簡単に調べられる事を知らず、愚か者共は一当主を虐げ続けた。
爵位のない婚約者や養女にとって、高い地位の者へ無体をしいたことになる。
夫妻は爵位はまだしも、その行いは非難の的だ。
あとは、渡した資料を元に、王太子が正しく処分してくれるだろう。
冤罪で爵位持ちを追い出した王女はもちろんのこと、役に立たない国王もできれば裁いて欲しいところだ。
「にしても、思い通り過ぎて、笑えないな〜」
歯ごたえのなさを思い出し、ため息が漏れる。
酷い境遇の想い人。爵位があるが故に、簡単に連れ帰れない。
正確に言えば、権力で無理やり攫っても、彼女が心開いてくれなければ意味が無い。
愚鈍共のおかげで彼女が好意を寄せる相手はいないが、自分以外を選ぶ可能性は潰す必要がある。
自分の心象を下げないように、自国へ連れ帰る方法。
最善のルートを求め、頭で様々な策を思い描いた。そうして目をつけたのが、あの王女だ。
オスカーがした事は一つ。王女と養女が知り合う機会を与えただけ。
養女と夫妻の嘘吐き癖と、婚約者の不貞による偽りと、王女の盲目な正義感。
この三つが重なれば、ろくに調べずに陳腐な断罪がされるだろうと踏んだ。
卒業式で婚約破棄を叫ぶ物語が人々の間で流行っており、それに乗ると想像できた。
そのタイミングでかの国に赴き、彼女を救い出せばいい。
王女が国外追放を言い渡してくれたので、やりやすかった。
王太子に渡した資料には、膿がなくなれば縁を繋ぎたい旨を記載してある。
次にここへ来る時には、不快な愚鈍共は目に入らない。国の景観がより綺麗に見えるだろう。
突然の求婚にフランティクスは戸惑いつつも、嫌がっていない。今まで求められなかった分、嬉しがっているように見えた。
もう、何もかもが愛おしくて仕方ない。
「大好きだよ、ランちゃん。これからもずっと、ランちゃんだけを愛し続けるよ」
やっと手に入れたフランティクス。額に唇を落とし、オスカーはうっとりとしながら呟いた。
腹黒策士ヤンデレによる計画通りが書きたかった。
この後、愛情に慣れていないフランティクスに愛を囁きまくり、反対する臣下達を一つ一つ黙らせて、外堀をじんわりじんわり埋めていきます。
溺愛する相手の為なら何でもできるヤンデレ好きです。
その際、相手だけには悟らせない策士部分がとても好きです。
フランティクスは首を傾げながらも、オスカーの愛を受け入れます。破れ鍋に綴じ蓋。
「聖女の力は必要ですか?」の二年ほど前の話です。
つまり、二年かけて外堀を綺麗に埋めて結婚しました。
マナー云々も、前作のことが無ければ自分がやる気満々でしたね。
読んでいただきありがとうございました!