07 王子は前世の人生を振り返る
僕が思い出す限りで、一番始めの前世は、僕が貧民街で暮らしていた世界だ。
小さい頃、生活が苦しくなった両親は僕を捨てて街を出ていった。兄弟もなく、その時から一人だった。
毎日食べ物を探し、ゴミを漁る日々。腹が空いた時は水を飲んで過ごしていた。こんな毎日は変わる事なく永遠に続くと思っていた。だが、15歳の時に女神に会った。
その女神は、バルテレミー王国の女王様。年は17歳だったが3年前に亡くなった王さまの後を継いで、立派に国を治めていた。
女王は市井の様子を見る為に、城から出ては度々庶民の暮らしを見回っていた。
僕達の住む貧民街へも視察に訪れると噂があった。
改革を進める彼女の目標はスラムを無くす事だったようだ。
王女の政策のお陰で、スラムのみんなは少しずつ暮らしが良くなっていると言っていた。
しかし、僕にその恩恵はなく女王には批判的だった。
その日までは・・・
女王が視察の日、見るからに薄汚れた人々や病気で弱っている者は一ヵ所に集められ、女王の目に触れないように役人達によって、隔離されてしまった。
その日病気になって動けなくなっていた僕も、その暗い埃だらけの倉庫に放り込まれていた。
やはり、女王は僕達のような者を目にするのも嫌がっている。
苦しんでいる者に近付くのもおぞましいと考えているのだ。
病気で苦しんでいる弱い者に、さらに追い討ちをかけるこの所業に、悔しさで涙が出た。
今ごろ、綺麗に掃除された街を見て女王様はご満悦なのだろうと思っていた。
だが女王は病人もいない、幼い子供もいないスラムに違和感を感じていた。彼女はすぐに役人を問いただし、僕達がいる倉庫に来た。
艶やかなブルネットの髪は結い上げられ、細い首を出していた。空を連想させる青い瞳は僕達を見ると深い悲しみで潤む。
彼女は綺麗なお召し物が汚れるのも厭わず、膝をついて動けなくなっていた僕に水を飲ませてくれた。
その後、毎週炊き出しが行われるようになる。また、無職の僕達にも賃金は安いが仕事が回ってきた。
僕は女王様の役に立ちたいと、兵士を志願した。
だが、始めは従卒で騎士の世話回りしかなれなかった。
でもそこで頑張っていると兵士に昇格できた。
歩兵部隊だから、女王様に会う事はなかっが、少しでも彼女を守っている気がして嬉しかった。
しかし、こんな平和な日は長くは続かなかった。
隣国が兵士を集めていると情報が伝わってきた時には既に遅く、敵の兵士は国境付近に大挙して詰め掛けていた。
小国のバルテレミー王国はあっという間に城内に敵の侵入を許してしまう。あちらこちらで火の手が上がる中、僕は必死で女王様を探していた。だが、僕が駆け付けた時には女王は自害していた。
傍に寄るとまだ女王には意識があった。僕を見ると女王は私の頬に手を伸ばした。
「我が兵士・・・逃げなさい。祭壇の下に通路があります。城外近くの森に出られます。・・・今度生まれてくる時は平和な国がいいですね・・」
そう最後に言うと、力尽きた彼女の手は僕の頬からずるっと床に落ちた。
僕は温もりが残っている彼女の体を抱き締めた。そして、そのまま彼女が自刃した剣を引き抜いて自分に突き刺した。
今度生まれてくる時は彼女と同じ身分がいいと思いながら・・・
2度目は身分制度もない国で僕の方が6歳年上だった。
彼女の名前は沢下瑠奈。
僕は製薬会社の営業マンになっていた。前世の記憶もなく成績トップで悠々自適の29歳独身を満喫していた。
僕の回りに、女は何もしなくてもホイホイ寄ってきた。
だが、全て遊びだった。
どの女といても退屈だった。
いつも満たされない思いがあって、常に退屈だった。
当時ライバル製薬会社の営業が、可愛い子に代わったと聞かされた。
興味本意で営業に来る彼女を病院で待っていると、現れたのは容姿は全くの別人だったが漂う気品はアルリーナ・モニック・バルテレミー王女だった。
この時始めて前世を思い出した。
しかし、彼女はどんなに話し掛けても僕の事を思い出さない。
元々僕一人が女王様を見ていただけであって、彼女にしたら僕はただの一兵士に過ぎない。
でも、この世界では僕達の間に身分はない。僕は23歳の彼女に接近した。ライバル会社の僕とは社内機密のリークを恐れて彼女は距離を保っていたが、僕のなりふり構わない手段にとうとう付き合う事を了承してくれた。
僕は神様に始めて感謝した。
彼女を・・女王様と会い、語らう事が出きるのだ。
僕は彼女の顔色が悪くなっている事にも気がつかない程、舞い上がってた。
。
その頃の彼女は社畜で休みを殆ど取らずに働いていた。その事に気がついた僕は休みを取るように言ったが既に遅かった。
その翌日、彼女が会社で倒れたのだ。駆け込んだ病院で、息を引き取った彼女を見た。
その後どうやって自分が亡くなったのか分からないが僕も死んでいた。たぶん最後に見たのは自分に突っ込んでくる大きなトラックだったと思う。
それから、領主の息子に転生した僕は、花屋の娘になった彼女に幼い頃に出会った。すぐに女王だと気が付いたが悲しい別れが続いたので私は始め避けようと思った。
しかし、離れようとすればするほど彼女への気持ちが強くなり、我慢しきれずに会いにいった。僕の思いは幼い彼女に持ちきれない程に重いの物になっている。
だから、少しずつ少しずつ彼女を怖がらせない程の分量を、彼女に見せて愛を注いでいった。
その奮闘が実り、また想いが叶って素晴らしい日々が始まった。
だが終わりはあっけなかった。
ある日突然、剣を突き刺されて死んでいる彼女を見ることになる。
その後、彼女の後を追う事もせず、死んだように仕事ばかりの人生を過ごしていた。結婚もせず独身領主のおじさんになった僕の前に宿屋の娘として18歳の彼女が現れた。
もう一瞬でも離れたくないと思い、いきなり彼女の手を取って求婚してしまった。
若い彼女に逃げられまいとドレスや劇場のチケット、宝石等思い付く物は全てプレゼントした。
そして、今度こそ守ろうと必死に頑張った。だが、彼女は毒殺されてしまった。僕は冷たくなった彼女の指に用意していた婚約指輪をはめて、ずっとその顔を撫でていた。
次の時も彼女を救えなかった。
最後に会った時、彼女は私を避けた。あろう事か違う男の手を取ろうとしていたのだ。
いつ転生しても、彼女を振り向かせて自分と気持ちを通じ合う事が出来るのだと、思い込んでいた僕にとっては青天の霹靂だった。
確かに彼女が他の男と結婚をする人生を選ぶ権利はあるかも知れない。
だが、彼女が違った人生を他の男と歩もうとするなんて受け入れられる訳がない。
今起きている事は何かの間違いだ。僕はこの事実を受け入れられず、彼女を責めた。
「ここまで、一緒にいたのは私だ。今さら他の男を絶対に選ばせない」
彼女に訴えると、彼女は顔をひきつらせていた。
なんとか彼女を自分の物にしようと僕は画策していた。
しかし、その最中再び彼女は僕の前から消えた。
そして今、またこうして会っている。
彼女が私に言った『私は何度も死んでるけどあなたはどうしたの?
私がいなくなった後誰かと結婚したの?』
この言葉を聞いた僕は怒りが沸き起こった。
こんなにも愛している人がいるのに、他の人と結婚するわけがない。彼女に僕の愛がその程度だと思われていた事が悔しかった。
しかも彼女に記憶が残っているのにも関わらず、そう思われているのがやるせなかった。
僕の愛の重さを全く分かっていない。
彼女は死の前後の記憶が曖昧だ。そのせいで、僕は犯人のように思われているが、今度こそ絶対に守りきってやる。今度こそ彼女を殺し続けている犯人を捕まえてやる。
そして、絶対に彼女を逃さない。他の男を選ぶなんて許さない。僕以外の男を見るのもダメだ。
本来ならば、王太子という立場を利用して彼女を王宮という籠に閉じ込めたい。しかし今回彼女も侯爵となかなか位が高い家に生まれて、強引な手が打てない。
しかし、どんな手段を以てしてでも、彼女を我が物にする。
いつ出会っても彼女の美しさは変わらない。
ブルネットの時もブロンド、黒髪、どんな時も彼女が近寄れば、僕を誘う色香が強くなる。
今はまだ大人ではないが、既に漏れ出る芳香にうっとりする。
会う度にどうやってこちらを向かせようとワクワクしてしまう。
ああ、明日また会えると思うとそれだけでときめくと同時に苦しくなる。
一度だけでも、君の方から熱烈に求められたい。
そうだ、媚薬を用意しよう。
君のお気に入りの紅茶に混ぜて飲ませたら、君は僕にすがってくれるのだろうか?
ルフィナ、待ってておくれ。
僕の、僕だけのルフィナ。