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06  王子は同じ手口を何度も使う


レオトニールはルフィナの祖父母に、大量のお土産を用意していた。


そして、王都にルフィナがいなくて寂しいと祖父母に切々と訴え帰って行った。


お陰で、祖父母はすっかりレオトニールの支持者になってしまったのだ。


あれだけ『領地に滞在しろ』と言っていた祖母でさえ、『レオトニール殿下にお寂しい思いをさせてはいけないわね。ルフィナは早く王都に帰った方がいいわ』と言っている。


人の心を掌握するのが本当に上手い。『ここでゆっくりしたい』と ルフィナが言っても笑って誤魔化され、祖母はそそくさとマリーと一緒になって帰る準備をしている。マリーとはあれ以来一線を引いている。


ずるずると頑張って引き伸ばしていたが、とうとう明日王都の屋敷に帰る事になった。


レオトニールを信じて良いのか決めかねているのに、期限が来てしまった。



眠れない夜を過ごして、一睡も出来ない。だが、夜明けにとびきりの良い案が浮かんだ。


兎に角、レオトニールと無関係で生きる為の『多少不自由でも長生きだけのプラン』を考え出した。


それは王都に着くまでの途中に、

修道院に駆け込むという計画だ。

やはり守ってもらうのなら、神様にお願いするのが一番。


贅沢な食事も、綺麗なドレスも、恋愛だって命があってこそ。

このまま修道院に駆け込んでやるわとルフィナが固く決意した。


朝日がルフィナの行き先の幸運を暗示しているように耀き昇ってきた。




「迎えに来たよ」

レオトニールの声で、ルフィナの計画は一瞬で終わった。


あんなに耀いていた朝日はいつの間にか曇天に変わっていた。

私のこれからを暗示しているのかと恨めしげに雲を見る。


「おはようございます。こんなに朝早く殿下はいかがされたのでしょうか?」

能面のような顔で、レオトニールを出迎えたルフィナ。

それとは対照的に、神々しいまでの笑顔でレオトニールは答えた。


「君が良からぬ考えを起こして、変な場所に寄り道を考えた場合を想定して、わざわざ迎えに来たんだ」


ルフィナの呼吸がヒュッと吸ったまま止まった。

なぜバレている。今回はマリーはおろか誰にも話していない。


「やはり、考えていたんだね。いいかい? 僕は君がどこに逃げ込んでも迎えに行くよ。神様のお膝元でも僕は迎えに行ける。ただ強引な真似はしたくない。だからルフィナも気を付けて欲しい」


口調はとても穏やかで優しい。だが目は猛禽類の目だ。


私は息を止めたまま、ブンブンと頷いた。


「分かってくれて良かった。ルフィナを塔のてっぺんに閉じ込めなくちゃならないなんて、考えたくはないよ」


「・・・それは、勝手な真似をすると閉じ込めると言っているのでは・・・?」

ルフィナは背筋がゾゾッと冷たい物が走った。

これは所謂(いわゆる)『ヤンデレ』では?


ルフィナは祖父母と別れの挨拶をした時も、強張った顔が戻らなかった。

だが祖父母はレオトニールの慈愛に満ちた言葉と態度に感服して、私の変化に気が付かない。


「殿下と幸せになるのよ」と祖父母に送り出されてしまった。

「おばあ様、レオトニール殿下とはまだ婚約者ではなく・・」


私の言葉を遮って、レオトニールが祖母の手を握る。

「はい、ルフィナを絶対に幸せにします」


「おほほ。頼もしいわ。昔のあなたの様だわ」

祖母は祖父を見てうっとりしている。


もう婚約者候補だと訂正する気力もなくなった。


王宮の豪華な馬車は全く揺れない。しかも中は見た目よりずっと大きかった。

「ビックリしたかい? 一番立派な馬車だよ。ルフィナを驚かそうと思って空間魔法が使える馬車を選んだんだ」


本当に驚いた。

ソファーも奥にはベッドらしき物もある。


「凄いわ。こんなに広いなんて外からでは分からないですね?」


あんなに恐怖していたのにすっかり忘れ、ルフィナは奥に入って行く。

ベッドに腰掛けるとフワッと沈む。

気持ちいい。


「ねぇ。無防備なの?それとも誘ってる?」

レオトニールが目の前に立っていた。


(しまった。私って本当にバカだわ)

目の前にレオトニールが立っているせいで逃げ場はない。


自分の考えなしの行動に、悔やんでいるとレオトニールはルフィナの足の横に膝を付いて、さらに顔を近づけた。


目をギュッと瞑って小さく震える。

耳元で「はぁぁぁぁ」と長いため息をつかれて、そのままレオトニールはルフィナの肩に額を乗せた。

そのままぶつぶつと何か言っている。


「いつも僕ばかりが惑わされている。このまま鎖で繋いで離れないようにしたい。もうあんなに辛くて悲しい思いはしたくない。王宮の鳥籠に閉じ込めてずっと眺めていたい。ルフィナをいっぱい甘やかせたい。ルフィナが他の男を一切見ないようにしたい」


恋人に言われて嬉しい言葉と恐ろしい言葉が交互に聞こえる。


さらにルフィナの片耳にレオトニールの恐ろしい言葉が入ってくる。

「やはり、僕だけのものにしたい・・あの方法しかないのか?」

「どういう意味・・」

ガタン・・先程まで全く揺れなかった馬車が大きく揺れた。

その後馬車が止まった。


レオトニールが険しい顔で立ち上がる。

すぐに馬車と並走して走っていた騎士に何が起きたのか確認していた。


馬車の車輪近くの部品が壊れた為に、故障箇所をそのままに走ると脱輪の可能性がある。その部分の修理に暫く時間が掛かるらしいと説明を受けた。


レオトニールが馬車の外で騎士達に警戒体制の指示を出している。


メイドが一人馬車に入ってきて、「待ち時間が長くなりそうなので、お茶を飲んでお待ち下さい」と、とても良い香りのする紅茶を淹れてくれた。


カップとソーサーを持ち紅茶の香りを嗅ぐ。

これはとても珍しい香りがする。

でも、この香りを昔に嗅いだ気がする。どこで嗅いだのだろう?


ルフィナがその紅茶の香りを思い出した途端、恐怖でカップを床に落としてしまった。


(私が毒殺された時に飲んだお茶と一緒の匂いだ)


落としたカップは、ふかふかの絨毯によって割れる事なく無事だった。中身の紅茶はそのふかふかの絨毯に染みてしまった。


メイドが白い布でその紅茶を拭き取っている。


動揺を隠してメイドに謝る。

「ごめんなさい。あなたの仕事を増やしてしまったわ。しかもこんなに美しい絨毯にシミを作ってしまい、殿下に謝らなければいけないわね」


メイドはこちらに少し顔を向けただけで、シミ抜きをしたまま答えた。

「私の事は気になさらないで下さい。この絨毯のシミもすぐに消えます。布巾が足りないので少しお待ち下さい」


メイドは布巾を取りに馬車から出ていった。


ルフィナは自分のハンカチで床の紅茶を含ませる。

そして、自分の荷物の中から小さな瓶を取り出した。瓶の中の液体を数滴ハンカチに垂らす。

その瓶の中には毒物に反応する示唆薬が入っている。だから、毒物だと反応して透明な液は黒く変色する様になっている。

白いハンカチは見る見る黒く変色した。

ティーポットに残った紅茶もこの示唆薬に反応した。


ルフィナは膝ががくがくと震えだす。そして黒く染まったハンカチを凝視し続けた。胸は激しく鼓動し、今にも倒れそうになった。

手の震えを隠して、ソファーに座る。


『やはり、僕だけのものにしたい・・あの方法しかないのか?』

レオトニールの言葉を思い出す。


(あの方法って毒殺だったの?)


その後メイドは新しく持ってきた布巾で、絨毯を拭いていた。


声が震えないように気を付けて何気ない感じで質問した。

「さっき淹れてくれた紅茶は、良くレオトニール殿下も飲んでいるの?」


「いいえ、あの紅茶を殿下にお出しする事はありません。この紅茶はルフィナ様の為に、殿下が特別にご用意した物なんです」


「・・・そうなんだ。殿下がわざわざ用意してくれたのなら、珍しい紅茶なのね? あなたは飲んだ事があるの? もし良かったら・・」


「ええ?いいんですか? この紅茶飲んで見たかったんです」

メイドはルフィナの言葉に被せて今にもティーポットの紅茶を飲みそうだった。


「ごめんなさい。この紅茶は殿下が用意してくれた物だから、やはり私だけが頂くわ。あなたには私のお気に入りの紅茶を今度差し上げるわ」


ルフィナから茶葉を受け取り、メイドは嬉しそうに、礼を言って出ていった。


ティーポットの中にはまだ毒入り紅茶が入っている。つまりこのポットーの紅茶をこれ程物欲しげにしているなら、あのメイドが入れたのではなさそうだ。


『殿下が特別に用意した物』と言った言葉が何度も頭の中を駆け巡る。


(あいつは私が死んだ後、笑って見ていたに違いない。

またレオトニールに騙される所だったわ。

何が『私を守る』よ。

ふん、もう騙されないわ)


ルフィナは毒の香りをしっかり覚えようと、カップに並々と紅茶を注いだ。

うん。やはりこの匂いは前世、おじさんになったレオトニールの領主の応接室で飲まされたのと同じ匂いだ。


カップをテーブルに置いて、色も確かめていた。


ガチャ。


ビクッと肩が跳ね上がる。

車輪の確認を終えたレオトニールが戻ってきた。


そして、紅茶が注がれているカップを見て微笑む。

「飲まないの? 僕が隣国からわざわざ取り寄せた茶葉なんだよ?」


「いえ、今日は紅茶という気分ではないのです」

ルフィナはなんとしても、この場を上手くすり抜けて、両親のいる家に無事にたどり着く事だけを考えた。


「そう言わずに飲んでよ。ほら」


レオトニールが強引に私の口元までカップを持って来た。

恐怖に駆られた私はカップをレオトニールの手から、叩き落としてしまう。


さっきまで甘い言葉を吐いたその顔で、今度は毒を勧めるレオトニールが許せなかった。


「そうやって、また私に毒を飲ませるつもりだったのね? 騙された女の顔を見て笑う筈だったのでしょう? 残念だったわね。今度は騙されないわ」


睨み付けたレオトニールの顔は、滑稽な程に唖然としていた。

ここで殺されるかも知れない。

だが、レオトニールの計画通り騙されず殺されなかった事になぜか優越感が恐怖を上回っていた。


しかし、感情と身体は別なようで、ずっと震えが止まらない。


レオトニールが馬鹿みたいに緩慢な動作でポットの紅茶を確かめている。

「僕は毒は(▪▪)入れていない。君はどうしてこれが毒だと気が付いた?」


レオトニールが立ち上がり低い声で質問しながら近づいてくる。


敵に情報を教える訳がない。

息苦しくなっていると気が付いた時には遅かった。


恐怖で小さく浅い呼吸を繰り返していたルフィナは、過呼吸になっていた。

酸素が吸えないルフィナは、どんどん苦しくなる。


「ルフィナ、ゆっくりと息をしろ!!」

レオトニールの大声でルフィナは意識を失った。

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