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異考三国志  作者: サトウタイジ
黄巾の乱
15/24

14大将軍

   14大将軍




 大将軍と言う職掌しょくしょうは光武中興を挟んだ漢帝国五百年において常設ではない、皇帝独裁を指向した光武帝以後の帝国に於ける宰相や丞相に当たる責任者である三公さんこう──司空|(土木建築)・司徒|(監察人事)・太尉|(治安軍務防衛)という分野毎に分権された──のような専門の執政府は存在しない。しかしながら、その絶大な権限は一度設置されたなら三公を遥かに懸絶けんぜつし、事実上の皇帝に継ぐ軍事の最高権力者である。その恩寵は(皇帝の住まいたる)宮殿の間借りすら不思議ではない。


 しかし、黄巾の乱勃発に直後に河南尹から大将軍に栄達した姓を何、名を進、字を遂高はそれ(・・)をせず、宮殿近くに下賜された自らの私邸を改造して大将軍府とした。これは臨機応変な軍政の実現を目論んだ為であると共に、宮殿内に於いての面倒を嫌った為である。奇妙に人好きのする彼の周囲には若手から中堅の官僚達が集まり、朝廷内の一大派閥を形成していたが、一方で、妹が皇帝の寵愛を受けたが故の商人からの成り上がり者である為、士人出身ではない”外戚”の脅威を許容できないと蔑視・敵対する者達も多かったのだ。




 各地からの士人・豪族達の私邸が集まったお屋敷町の外れに何進の私邸、大将軍府はあった。一見して比較的質素な邸宅の門前と塀の彼方此方あちこちには番兵が目を光らせている。また、門外からでも見て取れる高い物見櫓が建てられ物々しい。


 曹操が来意を告げると年嵩としかさの番兵が畏まった態度で門内に下がった。


 しばしして、門内に招じ入れられるとおそらく大将軍府の幕僚なのだろう折り目正しく装束を着た男が待ってい、二言三言交わし、庁堂に導き入れられた。


 曹操は、


 ──大将軍ともなると面倒くさい事だな。──


 などと迂遠うえんさに歯痒はがゆさを感じ、


 ──自分だったら……。──


 等と、らちもないことを考えてしまう。




 大将軍の執務室へと向かう途中、先客だったのだろう、ゴテゴテと着飾った明らかに商人と思われる者達とすれ違った。


 執務室は開け放たれており、案内の幕僚が曹操の来訪を告げた。


 「さっさと入って来なさい。孟徳殿、アタシと君の仲じゃないか?ホレ、君達も。」


 ニコリと笑って若い頃はさぞモテたであろう、均整の取れた身体と端正な顔立ちの男が曹操と棗祗達を手招きした。その人こそ現皇帝の皇后の兄、大将軍何進である。誰もが何進を見て思うのだ”ああ、この人の妹ならあの(・・)皇帝を骨抜きにしてしまうだろう”と。


 「お久しぶりにございます。」


 曹操にしても何進の朗らかな微笑みに釣られて、つい礼式を忘れ、気楽に返事を返してしまう。片や卑賤の商人上がりの何進、一方の曹操も(子を成せない筈の)宦官の孫、どちらも多数の士人達にとっては敬遠の対象であり、人々の中で”壁”を感じて生きてきた曹操にとってどこか共感を感じるのだ。そしてそれは何進にとっても同様であるようだった。


 「まぁ、皆座り給え。遠征で疲れているだろう?こんなに急がなくても良かったのに、河南尹には寄ったかね?」


 気安い調子で何進は椅子を勧め、早すぎる帰還をねぎらう様に曹操を気遣きづかった。


 「はい、大将軍、袁河南尹代理に報告書を提出し、今後の予定等も伺いました。本日罷り越したのは、お預かりした部隊をお返しする為……ああ、韓元嗣がまだ尹府に留まっていますが……と、鎮定軍へのご高配にお礼をと……。」


 「まぁ、元嗣の事情は聞いている……、まぁまぁ、ご高配ねぇ、仕事だからキチンとやっているだけで礼には及ばんよ。まぁ、こちらを出る時充分に渡せなくてすまなかったね。なにせ急な人事でバタバタしていたんだ。」


 「はい、大将軍。いえ、ご心配には及びません。そこの変人がいろんなモノを食わせてくれました故。」


 「ははは、いちいち大将軍はいらんよ。だからそこの変人をつけたんだ。まぁ、少なくとも腹は減らんかったろ?」


 「粥の中に虫が入っていた時は流石に閉口しましたよ。それも陽翟までで以降は糧秣が遅滞なく届いております、ご安心を。」


 「糧秣は足りていたか?現地で略奪等行われていないね?朝廷はどうかしているよ、あんな命令……苦民から徴収せよなど……。」


 「は、皇甫、朱両中郎将のもとではそのような報告は一切ありませんでした。ただ、それ(・・)を為すだけのまともな町や集落が無かっただけかも知れませんが……。」


 曹操の何処か皮肉めいた返答に言わんとするところを悟ったのか、苦笑を浮かべ何進は棗祗をチラリと一瞥する。


「……本初殿、怒ったんじゃないか?”余計な事は云うな”って。まぁ、アタシもそこの変人に見せられた口でね。なんとかしたいが……国庫はすっからかんだ……それに喫緊きっきんの問題は乱の平定だ。まぁ、時を待ちなさい。」


 何進は部下である筈の袁紹にも敬称を付け、その反応まで予想してみせ、現状を説いて曹操を宥めた。


 最も話の分かる何進ですらこう(・・)なのだ、曹操は歯噛みして更に言い募る事を諦めた。見ればそこの変人・棗祗も何か逡巡しゅんじゅんした顔をしていたが、一つ溜息を吐いて下を向いた。




 「で、だ。残敵掃討に掛かる期間の見積もりを実際に戦ってきた君達に伺いたい。年内でなんとかなりそうかね?」


 話を切り換えるために、何進は再び自分の気にしている事を問う。その割り切って後に残さない態度も多くの若手官僚に懐かれる一因であった。


 はっ(・・)とする曹操。既にかなりの量の糧秣が戦地で消費されている。おそらく”何進の尽力”によって穀倉こくそう──朝廷の管理する非常用穀物倉庫──が開かれ、底が尽きる懸念があるのではないか?


 「敗残の残党に懸念はあるものの、南方及び兗州は問題ないかと。気になるのは北中郎将が解任された敵中枢方面です。半月、いやひと月を無駄にした戦線がどれ程の混乱におちいるか……。ちょっと想像ができません。やはり、穀倉が限界に?」


 「いや、穀倉はまだ開いていない。なにせ陛下が頑固で首を縦に振ってくれん。怯えきっていてな西離宮から出ようともしない、上奏一つに手間取る始末だ。ああ……。」


 では、王允が持って来た数万の兵を四・五ヶ月は楽に養える程の糧秣は何処から、と言う曹操の問いに。


 「何大将軍は帝室の安寧の御為おんため、一族の財を投げ打って乱平定に全てを捧げておられます。」


 先程、曹操達を案内した幕僚が、誰も居ない場所から突然(あらわ)れたように説明した。


 「い、一族のって私財……。」


 驚く曹操、如何に現皇帝の義兄として顕職にあるとは云え、糧秣の量から予想して帝国屈指の大資産家である何進の家でも傾く事は想像に難くない、其処までするのかと思ってしまう。


 「慌てるな、”士”たる者が言ってはならんが、信用に基づく取引が商人にはある。まぁ、昨年は大変な豊作で、今年は穀物価格が地を這い、ダブついていたからな。ちょっぴり高く買い上げて貸しを作ってやったのよ。正直、太平道のバカ共が蜂起したのもその辺だろうな。」


 何進に言われて曹操は先程すれ違った商人達を思い出した。


 何進は続けて言う。


 「君が見てきたような事は商人達も知っているし、嘆かわしい事に一部の者達は好機と考えているようだ。ま、その辺を抑えてこちらに付いた方が得だと思わせられるなら安いもんだ。」


 曹操は、既に朝廷を見捨てた商人がいるという、何進の推察に驚きと得心をせざるを得ない。一方でそのような商人達の算盤尽そろばんづくの考え方には反発も感じてしまう。


 「国が乱れて得をすると言うのは……。」


 「キタナイと思うかね?だが、威張り散らしてのさばる(・・・・)者達が死んで行く中、生き残って今日の銅銭一枚、明日の銀貨一枚、あさっての金貨一枚を追求する、それが商人というものだ。かく言うアタシもそのたぐいの人間だ。だからこそ高位高官をいただく今、朝廷と帝国を全力でお支えするのは利の当然。先ずは叛乱を制して安寧を取り戻す事だ。」


 「では……。」


 「無論、その後に窮民救済()課題なのは重々承知している。皇后からも今上に外に目を向けるよう働き掛けて頂いてはいる。はかばかしくないが……。」


 きりりと端正な顔を引き締めた何進を見て、


 ──ああ、やはり話の分かる人だ。──


 と、曹操は敬意の念を強めた。




 遠征での出来事を語り。出会った男達、特に孫堅の事は地方に埋もれさせるのは惜しいと強く推し、自分が国許から連れてきた兵達の事を頼んだ後、曹操達は大将軍府を辞した。曹操は洛陽城外の自邸に帰る為、棗祗達は大将軍府の許しを得て城内の兵営に兵達を指図して収容する為に。



野心を感じさせず、性格的な圭角もない何進。

温和なラインハ○ト・ロー○ングラム……

三国志演義とか横光版三国志では最も損をしていると思う。(主に容姿で)

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