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異考三国志  作者: サトウタイジ
黄巾の乱
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13帝都

   13帝都




 季節は立秋を過ぎ、日中はうだるような暑さが続いているが、朝晩は冷涼を感じる事も多くなっていた。


 曹操達は予定を大幅に縮めて帝都に到着した。足を引っ張られたことにスネて、帰京にはユッタリと余裕を持った日程を考えていたのだが、途上に立ち寄った許──長社の南にある比較的大きな町である──で新たな反乱の勃発を知り急遽予定を繰り上げたのだ


 反乱は帝都の南西、山脈に隔てられた、これまで平穏であった益州で起きたという。帝都は混乱に陥っているだろう。急ぎ帰れば再び征戦の命が下ると曹操は期待していたのだが……。


 「なんだ思ったほど混乱していないな。城門がいつも通り開いてる。」


 「アッという間に鎮圧したとかか?」


 「それにしては続報が無いのは可怪おかしいでしょう。」


 曹操は夏侯惇と四屯長を引き連れて帝都・洛陽の城門をくぐった。既に兵達には城外での待機を命じてある。


 「ま、直に判る。取り敢えず河南尹で戦果報告とお預かりしたお前らをお返ししなくてはならん。」




 河南尹の官府には簡単な受け答えで入ることが出来、待つこともなく案内の小役人に連れられ執務室に辿り着いた。


 「おう、長社の英雄のご帰還だ!!おかえり!孟徳!」


 曹操達が扉の開け放たれた執務室に入ると、正面のさほど大きくはないがみやびな装飾の文机の向こうから大きな丸い耳が特徴的な長身の男が歓声を上げ、喜色満面手に持っていた紙の巻物を放り出して立ち上がった。


 「召還の命により、騎都尉曹操ただいま戻りました。おや?本初師兄。河南尹はご在府では……。」


 「おう、色々あってな河南尹は空席だ。元々、何大将軍が急な栄転だったのもあってな、後のが着任するまでの残務整理に何大将軍の腹心である我輩が代理に当ってるという訳だ。」


 本初師兄と呼ばれた男は姓を袁、名を紹、字は本初という。曹操の武術・軍学の兄弟子である。そして、帝国に於いては知らぬ者のない名門袁一族──汝南袁氏と云われる──の最有力後嗣(こうし)の声も高い、気鋭の若手高級官僚でもある。


 英雄と言われることにも慣れてしまった曹操、人事変転じんじへんてんはてを語る本初師兄と呼ばれた男、ともに苦笑を浮かべていた。


 「なんだ、師兄が河南尹になったのではないのですか……、ご両親の喪に費やした六年の空白を一気いっきに挽回したのかと期待したのになぁ。師兄なら本来……。」


 「バカ言え、今の、この国の、恐ろしく複雑な官僚機構で……、だいたい孟徳、河南尹はご在府では?とか言ってただろ。兄弟子を茶化すな。」


 「すいません、でも、師兄なら河南尹でも京兆尹でも司隷校尉でも可笑しくないですよ。うん。」

 


 「ったく、相変わらず調子良い奴だ。まあいい、報告書を貰おう。」


 「はっこちらを。」


 曹操は胸元の紐を解き、袱紗ふくさに包まれた物を袁紹にうやうやしく捧げ渡した。

 袁紹は袱紗をさっさと取り去ると、中の短冊状の木札をまとめた物を見て落胆したような顔で溜息をついた。


 「孟徳……、騎都尉提出の公式文書なんだから、もうちょっと良いものを使えよ……せめて絹帛けんはくだろ、なんで木簡なんだよ?ったく。」


 「急いでいたもんで……仕入れ損ないまして。」


 「どうせ忘れたんだろ、オマエは昔からそうだよな。元譲、そう言う時の為の副官だろしっかりしろ。ったく。」


 とばっちりでじろりと睨め付けられた夏侯惇が恐縮している間に、袁紹は報告書に目を落とす


 「流石だな。最小の損失で最大の戦果、なればこその英雄か……ヨロシイ!承認!」木簡にチマチマと花押を入れる手間を嫌い横に控えていた部下に清書を言いつけてから、再び曹操たちに向き直る袁紹。「曹騎都尉は明日出みょうひのでまえ前に西離宮へ参内せよ。今上御自ら長社の英雄に辞令を下さるそうだ。各屯長には明後日、早速で悪いが大将軍府からの新任務が与えられる。ま、異動だ。今日はゆっくり休め。元譲は、一旦河南尹府に復帰だが……今少し孟徳のお守りをしてやれ、危なっかしくていかん。」


 西離宮とは西邸──皇帝劉宏が建てさせた自分の為の城──の正式名称である。多くの人間は宮殿ではなく嘲りを含んで西邸と呼ぶが。


 「……益州へ行けと言われると思っていました。」


 騎都尉のまま新たな反乱への出動を命じられると思っていた曹操は落胆した。


 「随分帰りが速いと思ったがそれ(・・)が理由か、あちらは規模も小さく京兆尹と涼州刺史が対応することになった。問題ない。……もっと喜べ、次は太守か国相が内定している。騎都尉のような武官なのか文官なのかハッキリしない曖昧な官位ではなく、我輩わがはいより格上だぞ?」


 「この国の有り様を見て知ってしまったら、喜べません。」


 「……。」


 袁紹は曹操が言わんとするところを察して沈黙し、苦虫を噛み潰したような顔になった。


 「あちこちで無人となった、いや、死者しかいない町村まちむらを見ました。辛うじて人が居る所でも火が消えたように荒廃しきって……このままでは国が。」


「そこまでにしておけ。……お前、明日、陛下に今言ったようなことを絶対奏上(そうじょう)するなよ?ったく。コレだからコイツ等を付けるのは不安だったんだ。」


 片手を上げて曹操を制止して、袁紹は嘆息たんそくしつつジロリと棗祗をめ付けた。


 「やはり知っていたのですね?何故です!?現状を……。」


 「聞け!!さきの河南尹が先日、お前と同様の危機感を奏上した……、が、中常侍共にあらぬ讒言ざんげんをされて死をたまわった。いや、お前がいない間に幾人もが諫言して同じ憂き目にあっている。まともな人間にこれ以上死なれる訳にはいかんのだ。」袁紹は暗い顔でうつむき、絞り出す様に続ける。「今、解任され獄に下された盧中郎将共々、助命工作をしている所だ。これ以上面倒を増やさんでくれ……。」


 「ではどうするんですか?現状を座視するのですか?」


 「そんなことは言っていない!大将軍も何皇后陛下を通じて色々模索しておられる!孟徳、お前も自重して欲しい。」


 ドンと文机を叩いて、大きな耳を真っ赤にして怒りを顕にする袁紹。


 「そんな悠長なことで間に合えば良いのですが……。」


 もう、この国はダメなのかも知れない。胸に拡がる絶望感を曹操は抑えきれない。


 「自惚れんじゃねぇ……八年前、お前の暴走が元でご両親と祖父殿がどれだけ方方に頭を下げて回ったかを忘れるんじゃねぇぞ!?命令を復唱してくれ!」


 袁紹は大きな溜息をいた


 「……曹騎都尉。明日出前、西離宮へと参内致します。自重……します。」


 納得は出来ない、出来よう筈もない、それでも命令を復唱して形式だけ整える。曹操とてまだ死にたくはない、生きていてこそやれる事はある筈なのだから。


 「おう、くれぐれも頼むぞ?それと大将軍にも忘れず挨拶しとけよ。預けた部隊は大将軍麾下になっているし、前線の兵達が糧秣の心配なく戦えた、そして戦えるのは大将軍のご采配の賜物たまものなのだから。」


 「は、それでは早速、伺おうと思います。行こうか。」


 曹操は怒りを抑え、夏侯惇と各屯長達は袁紹に一礼をして執務室を辞去しようとしたが。


 「元嗣は残れ、大事な話がある。」


 韓浩だけ呼び止められた。




 「……少し気になることがある、残って探りを入れたいんだが……いいか?」


 「なんだ?……まぁ、いいさ。行って来い。本初師兄にはさとられるなよ?後々《あとあと》五月蝿うるさいから……な。」


 「任せろ!!」


 河南尹を出る直前に夏侯惇が情報収集を買って出た。幾つか気になることが有る曹操としては止める理由はなかったが、自分に付いていろと言った袁紹には遠慮しないわけには行かない為、それだけを注意して夏侯惇と別れた。


 そして、今自分の側に居る者にもっと気になることを確認しておくべき事がある。そう、袁紹が嘆息した視線の先にいた男。


 その男に振り返る、棗祗を。


 「わざと見せたのか?あの地獄を……。」


 「ご明察にございます。」


 「何故、俺に見せた。知らない方が良かった等とは決して言わん。だが、知っての通り俺は官界では鼻つまみ者だ。俺がアレをどうにかしようとしても見ての通りの有様だ……。」


 曹操は自嘲した。国が滅びようとしている時に己が無力をさらけ出す事程情けないことはない。それを突き付けた男に曹操は怒りを感じなかった。ただ、何をさせたいのかを知りたかった。


 「騎都尉にだけお見せしたわけではありません。何大将軍様、袁本初様、一人の兵としてお見せ出来うる方々には、まぁ、あの村ではありませんがいささか詐欺的にでもご覧頂きました。とばりの向こうの方達に現実を受け止めて頂きたかったのです。」


 悪びれもせず棗祗は応えた。その表情は初めて会った頃の軍人のものであり。そこには現実を知り、成し得る限りを尽くそうとする一人の”男”の顔。


 「そうか……。」


 曹操は想像せざるを得ない。棗祗という男にどれほどの懊悩と試行錯誤、失望の積み重ねがあったかを。



遅くなりました。

先週、更新しようとした所、抜け落ちを発見してしまい。

比較的、先の方まで書いてはある為、修正に手間取りました。

前話までのお話には影響ありません。

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