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異考三国志  作者: サトウタイジ
黄巾の乱
12/24

11勝利の後

   11勝利の後




 戦いは夕暮れ前に終結した。官軍が黄巾軍の長蛇陣を完全に挟み撃ちにした後は殲滅戦であった。後方にいた本陣の兵達も大半が捕虜となったが、時間が経つにつれ酩酊から覚める者が続出し逃亡した者もかなりの数になり、彭脱は黄蓋麾下の兵達によって討ち取られた。




 「やれやれ、こんなに捕虜にしてどうするのやら……。」


 曹操はボヤいた。官軍とて糧秣に余裕があるわけではないのは把握していた。なにせ帝都で増援を命じられた時、渡されたのはわずか十日分の食料しかなかった。南方本軍に合流した後も充分とは言えず平定した先──町や村──で徴収せよ、と朝廷の威信回復と民衆の鎮撫を担う軍にさせてはいけないであろう命令が、当の朝廷から下される始末であった。正直、棗祗が居なかったらどうなっていたか曹操にも解らない。


 「なに、王豫州刺史が都から大分だいぶ引っ張って来られるようなので心配は無いでしょう。」


 捕虜の捕縛や夜営準備に忙しい兵達の間から、ひょっこりと孫堅が現れた。負傷したのだろう、鎧を外して傷に大量のあて布が巻かれ痛々しい。


 「おお、佐軍司馬、お怪我は大丈夫なのですか?無茶し過ぎですよ。」

 

 「イヤお恥ずかしい。皆大袈裟なのですよ。ちょっと肩当てと小手の内側で擦りむいただけですから。」


 「落馬して暫く動かなかったから心配しましたよ。それにしても公覆殿は鬼神の如しでしたな。」


 「痛みで息が止まってしまって……もう大丈夫ですよ、公覆のヤツそんなに凄かったですか……見たかったな。」


 「それはもう、ちぎっては投げちぎっては投げ。人間というのは此処迄なれるものかと、我が配下に欲しい位です。」


 曹操は、落馬して動かなくなった孫堅のもとに駆け寄りその身を呈して”あるじ”を守った黄蓋の姿を思い出して、孫堅が羨ましくなった。


 「イヤイヤ、もう本職の腹心ですから。」


 ニヤリと孫堅が自慢気に笑った。


 二人は顔を見合わせ笑いあった。そうして王豫州刺史──姓名を王允おういん、字を子師ししと言う──の運んで来つつあるおびただしい糧秣や、引き連れて来た増援の事を話し出す。


 「先程の話ですが、王豫州殿のげんまことなら半年は大丈夫でしょう。これ以上捕虜を取らなければ、の話になりますが、あらかた増援も打ち止めのようですし、まぁ、この乱の平定は問題ないかと。」


 「ふむ、なる程……しかし、気になることが有るのです。」

 

 「なんでしょう?」


 疑念を呈した曹操に、孫堅は話をうながす。


 「敵味方の別無く兵が脆すぎる様に思うのです。先程までは寄せ集めの上に装備も貧弱な賊軍だからではないかと思っていたのですが……、今日の一之陣の脆さは……。」


 「それは功を焦りすぎた者達の失策だと……、自分に跳ね返ってくるのが嫌ですな。」恥ずかしげに苦笑する孫堅。「ただ、順境や攻勢に強く劣勢に弱いのは、この中夏で兵を率いる者ならば必ず翻弄される宿痾ですな、本職も此処に至るまでに苦労させられましたよ。」


 「やはり、中夏の民は兵としては弱兵なのか……。」


 「戦い続ける事に不安が?」


 「いや、……正直、ここまで運で勝ち続けてきた事を否定できないのが、悔しいですね……。」


 「だからこそ、六韜に始まり我が祖先に連なるような戦うという事を究めんとする者達があらわれたのでしょう。まぁ、先ずは兵達から信頼と心服を得ることが肝要でしょうな、それだけで大分違いますよ。」


 「でしょうね。これまで自分は兵書をく修めてきたと思っていましたが自惚うぬぼれだった様です……吮疽之仁せんそのじんと言う偽善の意味がようやく解ってきました……」


 曹操はため息をくようにチラリと孫堅に巻かれたあて布を見る。吮疽之仁と言うのは戦国時代の兵聖の一人である呉起が、負傷した兵の傷のうみを自らの口で吸い出してやるほど兵を慈しみ、兵達の心服を得てその強さを誇ったと言う故事である。この場合は立場が逆であるが孫堅も信頼されているのだろう。


 「や、あれ程まであざとくすることはないと思いますが、ね。同じ物を食い、労苦を共にするのは大事かと。」


 孫堅は曹操の視線に再び気恥かしさで苦笑いしつつ答えた。




  「はぁ~、酷い目にあった。」


 中軍支援に回っていた夏侯惇がトボトボと歩いてきた。余程奮戦したのだろう、鎧を止める帯が外れ、兜が無くなり髪が乱れに乱れ、あざや生傷だらけであった。


 「惇、お前、馬は?」


 曹操は驚いて目を丸くして問うた。


 「……殺されちまった……、あいつら汚え!!ちくしょうが!!堂々と戦えってんだ!」


 余程悔しいのだろう、夏侯惇は地団駄を踏んでわめいた。


 「前に出すぎたんです。お止めしたんですがね……。」


 呆れたような苦笑を浮かべて孫静が夏侯惇の後ろから現れた。こちらは戦塵にまみれてこそいるが傷ひとつなく騎乗している。その後ろに更にこの場での自らの部下達もいる。


 「副官、報告を。」


 孫堅が決まり悪げに孫静に報告を求めた。自分もやらかしてしまったので誤魔化さざるを得ない。


 「は、御下命の通り中軍支援にあたり、敵軍迎撃の上でその撃攘げきじょうを達した事をご報告します。なお、黄蓋殿麾下の遊軍左翼より割かれた郭叔求・程徳謀率いる中軍支援部隊を含め、戦死十五、負傷八百、内重篤の者八十六、不明の者八であります。敵勢に抗しきれず不甲斐なき様……」そこで孫静は一つため息をついて兄・孫堅を見る。もうひとつため息をつき続けた。「誠に無念、また、お側にそえなんだが故の罪、」


 「チッ、もういい!見れば激戦が見て取れるヨ。元譲殿、副官に叔求殿も徳謀も皆も良くやってくれた。この後も使命は続く。それに当たるためにも良く休んでくれ。」


 孫堅は苦笑せざるを得ない。掌をヒラヒラとさせ休息を命じる。おもわぬ苦戦の後の大勝である、上司に掛けあって軍事行動中は禁止事項である酒を呑ませる事も考える。


 「はっ、両中郎将も今日のところは良く休養し明食時前みょうしょくじまえ本陣へ参集との事。」


 「いま一つ、酒樽を配るので手すきの者を寄こすように、と。」


 孫静の最後の報告に加えて夏侯惇が”酒樽を配る”を喜色を浮かべて事更に強調した。


 それを聞いた兵達の歓声が爆発した。哨戒当番の兵から漏れたのは、貧乏籤の嘆きの声ではあったのだが。




捕虜が何人、1ヶ月後に生きているか

ご想像にお任せします

残酷な時代なのです

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