異変の都1
いよいよだった。独族という未知の一族について調べて十数日。辺境の町を訪ねて、独族に何かしらの異変があって、同族ですら王とその従者たちが殺しているということを知り、王たちが急変した原因を探し続けて、ようやくだ。ようやくヒントを得られそうな町にたどり着いたのだ。
火山の麓にあるその町は、遠くから見ても発展しているのがよく分かった。小高い丘の上から町を見れば、すぐ気がつくのは町をぐるっと囲う頑丈そうな壁だ。その壁の内側に見える立派な建物の数々、町の外へ続く整備された道、その全てが、この町がこの辺りの中心都市であり、ここから辺境の町々が繋がって行くのだろうということが容易に想像できた。
「ホント、大きな街だねー。鬼族の城下町より立派かも」
同じことを思ったのであろう長身の男が、片手をかざしながら遠くの町を眺めて、のほほんとそんなことを呟く。
「畑も……周辺に随分と広がっているな……。成程、火山の地熱もあるから、それに適した農作物を作っていたのか……。荒れた土地だとばかり思っていたが、考えたな」
心底感心したように呟くのは茶髪の美青年風の美女だ。勇ましい男装姿で口元を押さえるその立ち姿は、本当に男前としか言いようがない。また無駄にそんなことを思って、私は彼女を見上げてしまう。
「間違いなく、あそこがあの女術士が言っていた町でしょうねぇ。どうします、もう入ってみます?」
一人岩の上に腰掛けて、気だるそうに町を見るのは闇族王従者の細身の男だ。従者の言葉に主の女は頷いた。
「眺めていても、何も情報は得られん。警戒しながら近付いてみよう」
そう言って彼女はその町に向かって歩きだしていた。
火山麓の町に近づくに連れ、その異様さが徐々に分かってきた。町に続く道を歩いていても、誰とも出くわさないのだ。
「道に轍はある……。馬車や荷車を使って定期的に荷物を運んでいた形跡はあるな……」
「その割に誰ともすれ違わないね。なんだか妙に静かだし」
ミズミとその相棒がそういうのも無理はない。畑の横を突っ切っても、人一人出くわさない。畑を見れば奇妙に伸びた黒い野菜や、果物が実る樹木があるのだけれど、そこで働く人の姿はない。聞こえるのは風の音ばかりだ。
いざ町に入れば、その異常さは更に増していた。
整備された道、立派なレンガ造りの家々、家の玄関や庭や道の脇を彩る花々、立ち並ぶ出店の数々――
町に入った途端の景色はそれだった。それだけ言えば、この町の栄えた様子が伝わるだろう。でもやはり街に人の気配がないのだ。それはまさにゴーストタウンのようだった。
「え……なんだか……明らかに変……よね……?」
半ば恐怖を感じながら仲間に尋ねれば、背後の長身の男もため息交じりに答えていた。
「ありゃりゃ……。これはなんかあったね……」
「え、ねえ、何なの、この町……? なんだか人の気配が……」
「ないね。気をつけて、魔物が出そうだ。この街には魔物よけの結界すらない」
そう私のセリフを引き継ぐのは背後の細身の男、ウリュウだ。彼の言葉に思わず振り向けば、あのヘラヘラした男がかろうじて口の端に笑みを浮かべている程度、目が笑っていなかった。明らかにこの町に対して警戒している様子だ。
「……音がしない……。魔物以外の生き物がいる気配がないな……」
隣のミズミまでそんなことを言うものだから、私は町を隅々まで見回してみた。彼女の言う「音」というのは通常の音のことではない。きっと術故に聞こえる生き物の存在感のことだ。それを感じないということは……。思わず私は固唾を飲んでいた。
家に異変はない。花々も少ししおれている程度で鮮やかに咲いている。出店も……品物が並んでいるようだけれど、よく見れば並べられた野菜たちは妙にしおれて見えた。何処を見回しても人の影が見当たらなかった。どう考えてもおかしい。この町で何かがあったに違いなかった。でも、一体何が起こったのか……それを私達が考えて、答えが出てくるわけは無いのだけれど、問いかけずにはいられなかった。
「一体……これはどういうことなのかしら……?」
不安から零れた声が震えていた。その声に茶髪の美女は一歩踏み出して答えた。
「探るしかあるまい。もし人が残っているようなら話を聞いてみよう。尤も……人が居れば、の話だがな……」
彼女のその言い方に含みを感じて、私は背筋が寒くなった。こんな不気味な町を探索して、本当に大丈夫なんだろうか……。歩き出す彼女を追って私も慌てて後を追った。
「人の気配が本当にないな……。メイカ、魔物の匂いはするか?」
「んー、弱いのはいそうですけど、正直スティラ様達の敵ではないかな〜」
「ハクライ、どうだ?」
「ん、気配探るに多分俺一人でも余裕。ミズミも勿論」
仲間二人の返事にミズミは一瞬立ち止まり、考える素振りを見せた。そして背後の男二人に振り向くと短く指示した。
「手分けして人を探そう。俺はティナと行く。ハクライ、メイカ、それぞれ単独でいけるか?」
その言葉に、私は少しばかり不安が増してしまう。こんな不気味な街なのに……?
「え……ミズミ、手分けしても大丈夫なの……?」
思わず小声で尋ねれば、ミズミは涼しい顔だ。
「心配いらん。魔物の気配も少ない。寧ろ人の気配も無いからこそ、手分けした方が目的の町民探しも捗るだろう」
その間にも、彼らの話は進んでいた。
「え〜、スティラ様、ボク戦うことになると防戦一方なんで面倒くさいんですけど〜」
「じゃあハクライ、一緒に頼めるか」
「了解。合流する時はメイカ、念話頼める?」
「それくらいならいいよ。あれ、ハクライ、念話苦手?」
「んー、呼びかけるの苦手」
「お前、ちゃんと俺を呼べ。俺の気配探しながらブツブツ言ってるだけじゃ俺だって探せないんだよ」
「声に出してミズミ呼んでいいなら余裕なんだけど」
「出すな、敵に見つかる」
「あはは〜、じゃあやっぱりボクが念話担当しますねぇ」
そんな会話をひとしきりした後、男二人は私達と逆方向に進んでいった。