決心のカタチ3
「……誤解があったけど、ひとまず仲直りかな」
「……あ、ティナ、いたの」
そこで初めて私の存在に気付いたハクライが、目を丸くして私に視線を向けていた。
「もー、ミズミが来た時からずっといたわよ。でも、まあ……ホントは口挟んじゃダメよね。二人きりで居たいところ邪魔したのは、ちょっとごめん」
私の発言にミズミは怖い表情で視線を向け、ハクライはああ、と気が抜けた様子だ。
「あ、ホントだ。でもいいや。膝枕してもらえたし」
と、ハクライはまた向きを変え、改めてミズミの膝の上で深く息を吸っていた。
「ミズミの膝枕、気持ちいい」
「お前な……今ここで川に突き落とされたいか」
たちまち表情険しくなるミズミに、ハクライはまっすぐに視線を向けて答えた。
「でもミズミに疑われて、傷ついたのはホント。膝枕で許してあげるよ」
その発言には、流石のミズミも思わず口を閉じてしまった。その様子に思わず私もハクライもクスリと笑みが零れていた。
見上げれば満天の星空。寒く感じた夜の風ですら、今は何処か心地よく感じた。風にあの細い髪を遊ばれながら、一つため息をついて空を見上げる茶髪の美女に、ハクライはまた手を伸ばし、その耳をつまんだ。それに気付いて少々うざったそうに視線を下げる彼女に、相棒の男は優しい表情で言葉を紡いでいた。
「ミズミ、そのピアスは俺の決心。俺はミズミと共に生きる。そして、俺、どんな状況になってもミズミは喰わない。その誓いだ」
この声に、その発言に、ハクライが過去の出来事から前進した心の変化が感じ取れた。あの残酷な現実を突きつけられてもなお、彼は生きる選択をして、そして自分の生き方を、相棒に誓っているんだ。自分にも喰族という呪われた宿命があるけれど、それには屈しないのだと――。
はじめはうざったそうな表情だったミズミも、その言葉に真顔になっていた。そして一つ深く息を吸うと、彼がしているようにミズミもハクライの片耳に指を伸ばしていた。お互いに同じピアスをしている耳だ。
「……ハクライ、俺の相棒なんだろ。そんな男が俺を喰うわけないだろ。何言ってやがる。俺が背中を預けるんだ。共に居てくれなきゃ困る。……任せるぞ」
「うん」
きっと今のミズミの言葉こそ、彼女が素直に伝えたい彼への気持ちなのだろう。お互いに強い眼差しで視線をかわす二人は、共に戦いの中で生きる者同士の誓いに見えた。お互いを信頼しあっているからこそ、言えるセリフだ。
とはいえ……
「……あーあ、期待してたのとはちょっと違うけど……でも、ま、いっか」
思わずそんなことが漏れる私に、ミズミが顔を向けて訝しげな表情を見せた。
「一体何期待してやがった、ティナ」
「え、まあ……そりゃあ勿論…………え、言っていいの?」
「いや、いい。余計なこと言うな」
私の発言にたちまち険しい表情の彼女に、思わず楽しくなってからかいたい気持ちが湧いてしまう。そう思って口元を押さえていると、今度はハクライが口を挟んできた。
「ん、何の話?」
「お前は黙ってろ。ややこしくなるから」
「え、気になる。ミズミの話なんでしょ?」
「大した話じゃない」
興味津々なハクライのその様子は、いつものあの調子だ。それに気がついて私は嬉しくなった。あんな痛々しい姿、彼には似合わない。いつものこの、のほほんとした空気が、ミズミの刺々しい空気も和ませてくれる。この二人のそんな関係性が、私は好きなんだ。そんな事を思いながら、私は思わず身を乗り出していた。ハクライも私の発言を気にしているようだし、折角いつもの空気に戻ったんだもの。ますますミズミをからかいたくなってきた。
「そーお? そんな事ないよ、ミズミ。だってよく考えて。言うなれば貰っているものってお互いの誓いを立てるものよ。それって言うなれば……ほら、アレと一緒じゃない」
「五月蝿い黙れこれ以上言うな」
「ん? ピアスのこと?」
「そう! それをミズミにあげたってことはよ、当然それなりに意味があるわけでしょ」
「うん、勿論」
「ハク、深く考えすぎんな、おいティナ! これ以上余計なこと言うな」
慌てるミズミを間に挟むようにして、私とハクライの楽しげな声は、暗い林の中不釣り合いなほど明るく響いていた。