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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第4章「謎を追う王、支える男」
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決心のカタチ2


 そんなやり取りをしていると、程なくして林が開け、目の前に少しだけ夜空の広がる開けた場所に出た。川の流れる水の音よりも、水が激しくぶつかり合うような滝の音が大きく、それが遠くで聞こえる。見れば右側の川の上流に小さな滝があり、短い草の生い茂る川辺でそれを見つめるように座っている人影に気がつく。座ればあの黒い髪が地面につくほどの長髪、髪から飛び出て尖った長い耳――案の定、ハクライだ。

 姿を確認すると、ミズミは一つため息を付いて、暫しの間をとって観念したように歩み寄った。私は彼女の後を追い、少しだけ距離をとって立ち止まっていた。ここは二人で話をした方がいいかもしれない。私はひとまず口を挟まないで様子を見ているつもりだった。

横目で目視できるほどの距離にミズミが近づいても、相棒の男は微動だにしなかった。静かにただ滝を見つめている様子に、私は思わず心配になる。

「…………ハクライ」

 観念したように声をかけるミズミの声には、まだ迷いがあるように聞こえた。

「……飯、食わないのか」

 問いかけに男は無言だった。その様子にミズミは静かに彼の隣に腰掛けた。それでも彼は無言のまま、ミズミの方も向かなかった。彼女も彼の方を向くことなく、視線は目の前の川の流れに向けられていた。

「…………俺の発言……気に食わなかったのか? 理由は何にせよ、お前にとって辛い気持ちを引き起こしたなら、俺が悪かった。……謝るよ」

 少し優しさのある声色に、ようやくハクライがミズミの方を向いた。何処か無表情で、切れ長の瞳はまっすぐに彼女の目を見ていた。その視線を外すことなくミズミが受けていると、彼は静かに目を閉じて、体の向きを変えた。彼女に背を向け、背中を預けるくらいに傾くと、そのままその頭を相棒の膝の上に置いてきた。

「……ハクライ……?」

 戸惑いがちに、でも拒絶はせずに問いかけるミズミに、男はようやく薄っすらと笑った。そして膝枕の状態で彼女の顔を一度見上げて、目線を落とすと静かに口を開いた。

「よく、母さんにやってもらってた。膝枕。小さい時の話だけど」

 急な話の振りに、私だけでなくミズミも驚いたに違いない。何故急に母親の話をするのか、私は困惑気味で様子を見ていた。きっと同じ心境であろうミズミも、目を丸くしているようだったが、そんな彼女にハクライは続けた。

「怒ると怖い母さんだった。でも俺がへこんでる時は優しくて、よく膝枕して慰めてくれた。父さんは無口。でも父さんも優しかった。母さんも父さんも仲良くて、いつでも一緒だった。俺幸せだったよ。一緒に生きていた間は」

 その言葉は即座に嫌な予感を呼び起こしていた。――生きていた間――つまり今、彼の両親はそうではないってことだ。彼の言葉は続いていた。

「父さんは喰族で、本当は母さんを喰べようとして襲いかかったんだって。でも、どういうわけか喰えなかった。父さんは母さんが綺麗で喰べられなかったって、そう言ってた。それ以来、ずーっと母さんのところに現れては襲いもせず、ただずっと通ってたって。流石に母さんもおかしな喰族だなって、怖かったけど妙に思って声かけたんだって。そこからだって。仲良くなったのは」

 そう言ってハクライは、自分を見下ろすように俯く女の顔にそっと手を伸ばした。あのミズミにしては珍しく、静かに伸ばす相棒の手を拒みもせず、何処か悲しげに目を細めて、彼の顔をずっと見ていた。彼の大きな手は、彼女の頬を一瞬だけ触れて、そのまま長い前髪をかき上げるようにして、その耳に触れていた。指で彼女の耳をつまむように触れるその様子に、私はあることに気がついた。ハクライが触れる耳には、キラリと光るものがあった。小さな金属のようなそれはピアスだ。ミズミ、いつも片側だけ髪が長くて横顔を隠していたから気づかなかったけれど、片耳だけピアスをしていたんだ。

「こっちは、母さんがつけてて、こっちは父さんがつけてた」

 そう言うハクライはミズミに触れていない方の手で、あの長く尖った耳の耳元に触れていた。よく見れば彼の片耳にも、相棒の女と同じようなピアスが着けられている。

「共に生きる、の意志なんだって言ってた。本来は何かの魔法アイテムらしいけど、お互いに同じことを思うと、その思いも二倍以上になるって、術の威力もあがるから術を使うのに便利だって、母さんは言ってた」

「……それでか。お前、最初俺にこれつけて、回復の術を使わせたのは……」

 聞いているだけの私は、それがいつの話なのかは分からないけれど、彼らにとっては何か思い出の出来事なのだろう。わずかに驚いた声色で、思い出すように小さく呟くミズミに、ハクライは無言で頷きまた続けた。

「でも……父さんは母さんの目の前で壊れた。……ミズミの先代の王、喰族だったでしょ」

 その言葉に、あのミズミの表情が苦しげに歪んだ。彼女があんな顔をすることは珍しかったからこそ、私は胸がざわついていた。思わず唇に力がこもる彼女とは裏腹に、寝転んだ男はあのままの調子で続けていた。

「アイツが王になったことで、『王の証』は喰族の力を強めた。父さん、激しい喰欲を抑えられなくなって…………母さんを喰ったんだ」

 思わず息を飲んでいた。彼はあっけなく淡々と言うけれど、その言葉から想像される現実は一瞬私の思考を止めていた。残酷すぎる情景が浮かんで言葉が出ない私を置いて、ハクライはまだ淡々とあの調子で言葉を続けていた。

「死にたくなるくらい嫌だったと思う、母さんも父さんも。母さんは体喰われて段々意識なくなっていってた。腕なくなって、片足なくして腹喰われても、それでも、大丈夫大丈夫だからってずっと呟いてて、父さんを責めてなかった。父さんは泣きながら、それでも喰うことしか出来なくて、正直泣いてるのか笑ってるのか、俺見てても分からなかった」

その声は自分の過去話をしているというのに、感情が何も感じ取れない。まるで何処か他人事を言っているかのようで、その無感情さは不気味さすら醸してもいた。

「俺、あんなまま二人放っておけなかった。父さんも母さんも、あの時、あの状態、絶対嫌だって、言われなくても分かった。だから……俺、父さんを殺したんだ。心臓突き刺して。あんな状態だったら、二人共死んだ方がマシだろうなって思って」

 発言とは裏腹に、ハクライの表情は微動だにしなかった。他人事を思い出すように淡々と話す彼の様子は、いつまで話しても感情の色を感じさせない。一方で彼を見つめ続けているミズミが、ずっと苦しげに目を細めて唇を噛んでいた。それはまるで、彼女が彼の苦しさを受け止めているかのように思えた。まるで痛みを感じない相棒の代わりに、彼女が痛みを感じているような、そんな風に見えた。

そう思った時、私はあることを悟った。気付いた事実に背中がひやりとすると同時に、胸を締め付けるような悲しさがこみ上げていた。

 ハクライ――本当は、もう、このことで心を壊していたんだ――

 そう思うと、思ったことを考えもせずすぐに話してしまうのも、妙に彼が表情を読みにくいことも、そしてミズミが、彼の心音こころねは読みにくいと言っていたことも頷けた。きっと彼自身、自分の心の動きに気づけない――いや、きっと――気付くことを止めてしまったんだ。

大好きだった父親が、同じく大好きだった母親を、自分の目の前で喰い殺すなんて、そんな残虐すぎる出来事を目の当たりにして、どうして平気でいられるだろう。その上そんな現実を突きつけられて、彼は自らの手で親を殺す選択をとった。そんな現実をまともに受け止めていては心の負荷が大きすぎて、きっと心が壊れてしまう。だからこそ、自分の感情を感じることを、ハクライはやめてしまったんだ。深く考えることなく、思ったことをそのままに表現する彼の生き方は、彼自身を保つための一つの手段だったに違いなかった。きっとまともに自分の感情と向き合っていたら、彼自身も生きていけなかっただろうから……。

 残酷すぎる話に無言でいる私達を置いて、ハクライは一つ息を吸い茶髪の女を見上げた。まだ彼女の耳に触れている手はそのままで、ずっと彼女に触れ続けていた。

「二人がああなった原因を壊したかった。それに……俺にも喰族の血が流れてる。俺も父さんみたいになるのが怖かった。だからアイツ殺したくて、俺はあの王座の大会に参加してた。でもお陰で……ミズミに会えた」

 ようやくだった。今まで淡々と感情を見せずに話していたハクライの表情にいつもの笑みが戻った。それを見たミズミですら、わずかに表情が緩んで優しくなった気がした。

「今度の王様は俺、好きだよ。王になっても『王の証』は誰も傷つけなかったし。ありがと、ミズミ」

「何故俺に礼を言う」

 ようやくミズミが声を発すると、ハクライは一つ笑みを浮かべ耳に触れていた手を、彼女の頬に移した。頬を覆うように大きな手を広げ――そしてまた真顔で続けた。

「――ミズミ。俺、死んでもミズミは喰わない。……絶対だ」

 その言葉は、淡々と言っていた今までの言葉とは雰囲気が違う。かと言って、あの間の抜けた雰囲気ではない、真剣な決心が込められた低く強い声だった。

相棒のその声に、ミズミの表情が真剣になった。強い瞳でハクライを見つめる彼女の眼差しは、水面から反射される星あかりを受けてかすかに光って見えた。その綺麗な瞳で彼を見つめ、静かに彼女は頷いた。

「……分かった。俺も……お前は俺を喰わないと信じている。……冗談でも……疑うような事を言って悪かった」

「……うん」

 ミズミの謝罪の言葉に、ハクライはじっと彼女を見つめ、寝転んだその体制のまま静かに頷いて見せた。その表情には、いつもの柔らかい雰囲気が戻っていた。

 二人のやり取りに、私はホッとして思わず安堵のため息が零れた。


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