変わりよう1
独族の土地に来て数日が経った。独族の王や城に起こった異変を探ろうと、私達は独族の土地の中で北にあるという火山麓の町へ向かっていた。途中魔物やあの黒いエンリン術士には出会したけれど、ウリュウの結界の術で援助をもらうミズミとハクライの敵ではなかった。
この日は、その大きな町へたどり着くまでもう少しというところだったが、ミズミが警戒して町へは翌朝行くことになった。
「何でわざわざ野宿するの?」
正直野宿では背中が痛くてなかなか眠れない私としては、どんな町か分からなくても宿の取れる町で夜を過ごせた方が良かったのだけれど、ミズミは頑として意見を変えなかった。
「言ったろ、念の為だ」
「町なのに、そんな警戒するの? 野宿の方が魔物も出やすいし、うろついてる黒い術士に遭う可能性もあるし、まだ町の方が安全な気がするけど……」
まだ食い下がる私に、茶髪の美女はため息まじりに答えた。
「街があの術士の巣窟だったらどうする。安全に休むどころか敵の拠点に乗り込むようなもんだぞ。夜くらいゆっくり休みたいだろ。俺だって夜通し戦いたくはない」
その発言にはぐうの音も出ず、私は観念した。
「じゃ、ボクは食料調達してくるねぇ〜。じゃ、ティナちゃん、食事の下準備よろしく〜」
野宿となると、大抵食料調達はウリュウかミズミが行っていた。ミズミは例の術で食べ物の場所も探りやすいそうで、ウリュウはと言えば鼻が利くから探しやすいのだそうだ。そうなると、大抵私は野宿する場所で食事の下準備や薪の火起こし、ハクライは寝る場所の準備と、大体の役割は決まってきていた。この日はウリュウが一人で食料調達に出て、ミズミはなれた手付きで野宿の準備をしていた。
「また野宿かぁ……寝心地悪いから嫌なんだけどなぁ……」
思わず本音が漏れれば、私の方を見向きもせずに茶髪の美女がため息交じりにぼやく。
「我儘言うな。命の危険があるかもしれん町に行くよりはマシだろ。それに」
と、ミズミはちらと背後の私を盗み見て少しばかり真顔を見せる。
「野宿でも夢を見られるくらいに眠れるならマシだろ。お前の記憶を取り戻す助けになるかも知れないんだから」
その言葉に、私は久しぶりに見た昨夜の夢を思い出して、あっと大きく声を上げた。
「そう、今朝久しぶりに夢を見たのよ。多分、私の旦那さんの夢……かな……」
「ほう……久しぶりにまともそうな夢だな。どうだった、少しは記憶を取り戻すきっかけになったか?」
私の言葉にミズミは一瞬作業の手を止めて私に振り向くけれど、逆に私は俯いていた。
「でも……なんだか悲しげな夢だった……。あの人……呪われた運命から逃れられないって言って……。なんだか死を覚悟したような、そんな雰囲気だった……。自分を犠牲にして私を逃そうとしてくれてた……」
「……呪われた運命……か……」
今朝の夢を思い出して、私は夢の内容をミズミに説明しだした。話しているうちに、切ない気持ちがどんどん強くなる。緊張で震えていた、あの夢の中での自分の気持ちも思い出す。あんな現実が本当にあったのだとしたら……なんだか辛いな……と何処か他人事のように考えてしまう。きっと、そんな現実があったことを受け入れたくない気持ちもあるんだろうな、なんて思いがよぎる。
そんな事を思いながら話を伝え終えると、ミズミは静かにため息をついて言葉を紡いでいた。
「……お前を逃がそうとしていた……か……。もしかすると……この闇族の大陸に来る直前の現実なんじゃないか。なんとか逃げてきたお前は、この大陸で記憶を失って今に至る……って事かもしれないな……」
その言葉に、私は思わず唇を噛んでいた。
「……だとしたら……私の旦那さんかも知れない人……もしかして……」
そこから先の言葉を言うのが怖くてまた口をつぐむ。その想像される現実を受け入れたくなかった。最初に夢で見た時から、ずっとチラチラと出てくる私の旦那さんかも知れない人……。私を知っていて、私にとって大切な人かもしれない大事な記憶なのに、その人がもしかすると生きていないかもしれないなんて、考えるだけで胸が軋んだ。
そんな私に、思いがけず優しい声が響いた。
「……何処かで生きている可能性は十分あるだろ。お前が一緒に生き延びようと、そう約束したのなら尚の事だ。まだ諦めるな」
顔を上げれば、あの緑色の瞳が強い光を放って私を見つめていた。彼女の言葉は、どうしてこうも胸に響くんだろう。確信も無い筈なのにミズミにそう言われると、なんだかそうかも知れないって、前向きな考えも浮かんでくる。落ち込みかけていた気持ちを、ぐっと引き上げ直すことができる。
「……ありがと、ミズミ……。そうよね、過去の一部かも知れないんだし、彼の死んだ姿を見たわけじゃないんだし……ミズミの言う通り、何処かで生きていて、私を待っていてくれているかも知れないよね……!」
口に出せば尚の事、心に引っかかっていた不安を押しやることができる。私は深く息を吸って手に持った薪を抱きしめた。
「よし、今日も夢見れるようにしっかり夕食食べようっと!」
「気合い入れるのは飯か」
「あはは、でもそれ大事だよね」
私達の話を聞いていたのか、ずっと無言だった長身の男が急に私に同意するものだから、少しばかり驚いて私は目を丸くしていた。目が合えば、相変わらずニコニコと無邪気な笑顔。ハクライにまでそう言われて、気持ちがまた軽くなる。ミズミが彼を相棒として共に行動しているけれど、二人の相性がいいのがなんだか分かる気がするな……なんて考えていると、相棒の美女はまた作業に戻りながら、口の端を歪めていた。
「全く、ティナもハクライも、飯には遠慮がないな。その分準備しっかりしとけよ」
そう言いながら今日の野宿の拠点を整えているミズミが、実は一番働いているかも知れない。そう思って彼女を見ていれば、寝床の準備も焚き火の準備も、あらかた形を整えているのは彼女だ。私は手にした薪を慌ててまとめながら声をかけた。
「それにしてもミズミって、野宿慣れてるのね」
テキパキと手際の良い様子に感心して呟けば、ミズミより先にハクライが答える。
「ホント、頼りになるよ。俺よりうまいもん」
するとたちまち呆れ顔で、相棒の美女はツッコミを入れていた。
「お前は雑派すぎるんだよ。寝場所用にもう少し草を集めておいたらどうだ。薄いとお前背中痛いって朝ぼやくだろうが」
「うーん、寝てる時は平気なんだけど」
「……お前寝るとなかなか起きないからな……。痛いことに気づけないだけだろ……」
そんな二人のやり取りがあまりにお互いをよく知っているような会話なものだから、思わずあることが気になって疑問が口をつく。
「ねえ、ミズミってハクライと一緒によく野宿してたの?」
するとやはりミズミより早くハクライが口を挟んだ。
「ミズミが王になってすぐの頃はよく二人で遠征行ってたから。ね」
「お前が暇だと言ってついてくるだけだがな」
「でも俺がいた方が、ミズミも楽っしょ」
「戦いはな。野宿の準備の時ばかりは役に立たん」
「えー、一応手伝うじゃん」
「お前、力仕事ばかりで、細かいところは全部人任せだろうが」
「うん、ミズミにやってもらった方が寝心地いいし飯美味いし」
「お前な……」
「ミズミ、いいお嫁さんになれるよ」
「誰がなるか」
最終的にはいつもこうしてミズミがツッコミ返していることが多い会話だ。でもこのやり取りだけでも二人の関係性が見えて、私は面白かった。それに呆れたりわざと揚げ足を取るような発言をしたりするミズミだけれど、その表情は心底嫌がっているという感じではない。寧ろ彼とのこういう会話を楽しんでいるように私には思えた。