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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第4章「謎を追う王、支える男」
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独族3

 私の背後からそう声をかけてきたのはウリュウだ。その言葉に、疑問に思って振り向くと、彼は緑色の髪の隙間から思ったよりも鋭い視線を彼女に向けていた。あの薄ら笑いの下に、何処となく険しい空気を感じて、私は思わず疑問を投げていた。

「え……ウリュウ、それってどういう意味……?」

「そのまんまの通り、言葉を封じられてしゃべれないってことさ」

 その説明にハクライがああー、と納得したように手をぽんと打った。

「それでか、やたらミズミが無口なの」

「そゆこと。スティラ様、ちょっといいかな」

 言うが早いが、ウリュウは私達同様しゃがみこんで、彼女の口元に手をかざし呪文を唱えていた。

『呪・解呪』

 途端だった。ミズミは一つ深く息を吸うといつものあの口調でウリュウに笑みを浮かべて口を開いた。

「やはり、お前なら手があると思ったよ。解呪、ご苦労」

「いえいえ〜」

「え……一体どういうことなの?」

 イマイチ状況が掴みきれていない私は、今度はミズミに顔を近づけて問う。茶髪をかきあげながら、問われた女は目を細めて鼻で笑う。

「……メイカの言ったとおりだ。アイツら俺と同じ術を使うだろ」

「ああ、ミズミのあのエンリン術とかいうやつ?」

 驚くように口を挟むのはハクライだ。目を丸くする彼にミズミは一つ頷いて続けた。

「同じ術故にお互い術の弱みも知っている。生憎……俺の方があの言葉封じの術を知らなくてな。それ故に俺が不利になったわけさ」

「成程、それでか。ミズミが前に死にかけたっていうのは……」

 ハクライが納得気味に言うセリフに、ミズミは少々不機嫌そうにまた鼻を鳴らす。そんな彼女に男は首を傾げて言葉を続けた。

「でも……たしかに術は同じだったけど、戦い方、ちょっとミズミと違うね。気配の探り方とかも違う」

 その問いかけにミズミは何処か愉快げに薄っすらと笑みを浮かべ、彼女の代わりにウリュウが口を開いた。

「アイツら、術の使い方は随分と粗雑だね。正直、スティラ様の方が洗練されてるよ〜。気配の探り方、術の練り方、術の精度に至るまで」

「お褒めのお言葉どうも」

 ミズミが少々呆れ気味に一つ口を挟むと、ウリュウは思いがけずそんな主に怪訝そうに首を傾げていた。

「でも……だからこそ気になるね……。あんな粗雑な術でもスティラ様と互角に術を打ち合えるだけの強力な力を秘めているってところがさ」

 その言葉に、ハクライと私は思わずミズミの顔を見ていた。彼女はと言えば、その言葉にさして驚いた様子もなく、ウリュウに静かに頷いていた。

「まさに俺も疑問に思っているのはそこだ。この大陸で魔法を使える種族は少ない。ましてエンリン術は俺くらいしか使えないと思っていたからな……。何故アイツらが使えるのか、そしてそれをあそこまで強力にする魔力……いや、闇の力を、何故この一族が持つのか……そここそが、この独族の攻略には必要なことだろうからな」

 そう呟くように言うミズミは冷静で、敵に対して激しい憎悪を燃やす感情的なものは感じなかった。寧ろこの現実を受け止めて、合理的に勝つ方法を考えている。ミズミの強さはこういうところから来ているのかもしれない。憎しみを感じる相手には激情のまま激しい攻撃を繰り出して容赦はないけれど、一度戦いから離れてしまえば、そこにあるのは感情よりも合理的な理論。それを併せ持つからこそ、ここまで強くなったのかもしれないな、なんてことが一瞬頭をよぎる。

「独族について、やっぱりもう少し調べますかね〜。なんだかさっきの町の異変辺りも、奴らの強さに一枚噛んでそうな気がするしねぇ〜」

 主であるミズミの言葉に、ウリュウは一度肩をすぼめる素振りをした後、ゆっくりと立ち上がった。同じくハクライも立ち上がると、そのままミズミに腕を伸ばし、彼女の手を取って引き上げるように立ち上がらせていた。

「ミズミ、少し疲れているようだけど、体力大丈夫?」

 ハクライの問いかけに、ミズミは瞳を閉じて静かに答えていた。

「ああ、体に施した術も、あの言葉封じの術で全て破壊されたからな。その反動が体に来るだけだ。少し休めばすぐ治る」

「ミズミ、回復しようか?」

 私も慌てて立ち上がると、ミズミは私の目をじっと見て暫しの後、珍しい表情をした。意地悪い、あの口の端だけ歪めるような笑いではない。静かに口元を緩める普通の笑みを浮かべて目を閉じたのだ。

「……たまには甘えておくか。頼むティナ」

 ミズミにしては本当に珍しい態度だった。そう言って微笑む顔は、女性の私が見ても確かに綺麗だなと思ってしまう。彼女の素直なその言葉に思わず私は嬉しくなって、大きく頷いていた。

「たまには素直にそうやって頼ってよ。今、回復するね」

 私が術の準備をしている傍ら、ハクライはといえば、全く違うことが気になっていたようで、うーんと首をひねって考え込んでいた。

「術の破壊……破壊…………あ、そういうことか! 体に施していた術、全部なくなっちゃったんだ。それで接近戦の手刀も敵に獲られたんだね」

「……あ、ああ。そういうことだ」

 一方のミズミは、彼の唐突な理解に呆気にとられていたようで、訝しげに二度ほど瞬きして答えていた。

「じゃあ、あの妙に体術強いのも、あれ、なくなってるんだ」

「……そうだ」

 そう答えてから、ミズミが何処か警戒気味に後退ったことに気がついて、私は術を施しているその両手をそのままに彼女の顔を見ていた。すると――

「そっか、じゃあ試しに」

と、ハクライがミズミに腕を伸ばしたのと、ミズミが咄嗟に私の両手を振りほどいて、一気に距離を開けたのはほぼ同時だった。

「あ、ちょっとミズミ! まだ術は終わってないわよ!」

「ミズミ、なんで逃げるの」

「ハクライ、お前っ……今の俺と力比べする気だろ」

「うん、今ならミズミの抵抗くらい余裕で抑えられるんじゃないかと思って」

「貴様な……またろくでもないこと考えやがって……!」

 私の静止など聞く耳持たず、ミズミは少々慌てた様子でハクライからじりじりと距離を取る。一方のハクライはニコニコと楽しげに彼女を見て、その体制を低くして構えている。この体制は……本気で戦闘態勢取った時の姿……。

……って、本気でミズミに挑む気だ。

 それに気付いて二人が本格的に鬼ごっこを始める前にと思って、私までもミズミに向き直って近づいた。

「な、待ってってばミズミ!まだ回復中〜!」

「ミズミ、勝負。捕まえられたら俺の勝ちね」

「ふざけんな、本気で返り討ちにするぞ」

「今のミズミにできるならね」

「……!」

「待って、ハクライ! 捕まえたら回復するのが先だからね!」

「ティナ! お前までハクライの肩持ちすんな!」

 そんなやり取りの直後、程なくして私達三人の追いかけっこが始まっていた。枯れた大地ではしゃぐように走り回る私達に、ニヤニヤしながらため息を付いているのはウリュウだ。

「やれやれ……相変わらずなんだから〜。これから面倒な相手を探らなきゃいけないって時に〜」

 その言葉に私はウリュウを見た。彼はそう愉快げに言いながらも、その様子がただ笑っているだけではなくて――何処となく重い空気を含んでいるような――そんな暗い表情を一瞬垣間見たような気がして、思わず私はミズミを追うのを止めて立ち止まっていた。

「ウリュウ……?」

 走り回るミズミを見て、彼の表情は本当に何処か憂いでいるように見えた。



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